第六十三話 間隙は何もなくて
「……そうか。俺の中じゃ、光るものはある、年相応の未熟な英雄、だったんだが」
眩しいものを見る様に、ヘルムートは目を細めて彼を見る。
「男子三日会わざれば刮目して見よ。況や三年をや、ですよ」
「……そんな成長著しい英雄殿になら、伝えても大丈夫か」
「と、言いますと?」
首を傾げて言うマコトに、彼は一つ咳払いした。
「我が妹、クラリッサ・ハーゼンクレファは、現在行方不明だ。目下のところ、原因は不明。その捜索中に、俺はこの世界に呼ばれた。ライムもだ」
「……そうじゃないかと、思ってました。ライムが探す人なんて、リッサ以外ありえないですから」
「すまない」
「ヘルムートさんが、謝る事じゃないでしょう……終わらせたら、探しに行きましょう。一緒に」
言って彼は、エウロパを見る。
「例のライムの帰還術式、分かりそう?」
「まだ途中ですが……このあと数日は待機で時間が取れそうですから、頑張ります」
こと術式の解読に関して、彼女の実績は大きい。
ぐっと構えての彼女の返答に、マコトは頷いた。
「すぐにでも、探しに行きたいところじゃないの?」
「そんな無責任なことしたら、彼女に何を言われるかわかったもんじゃない」
イオの指摘に、彼は首を縮める。
「それに案外、ばったりここで会えるかもしれない。そうでなくても、もう二人も再会できているんだから」
「……かもしれんな」
彼の努めての楽観に、カリストは和えかな敢えての笑みと共に頷いた。
***
「お時間取らせてしまい、失礼致しましたっ!」
謝罪の言葉と共に、ジェインがブラックウィドウへと戻ってくる。
彼の背後からは、ライムがぺこりと頭を下げた。
「いや、ちょうどいい時分だよ、ジェイン殿」
頭を振り、カリストは答える。
「ならばよいのですがっ! では今後の方針は決まったということでっ?」
イオら三人からは好奇の視線を向けられているが、気付かぬふりをして彼は言った。
ジェインの言葉に、エウロパは頷く。
「はい。これから私たちはシャコルナクにて逗留します。各国の斥候部隊が本日以降、旧火王国の内部調査を開始し、遅くとも三日後には情報共有、進行経路の確定を図る予定です」
「士官宿舎を一棟、提供してくださるとのことだ。あちらの準備が整い次第、連絡が入る予定だが……」
「それは大変そうだけど……それくらいしないとあちらさんも面子が立たないか。名ばかり野営でもいいんだけどねぇ」
カリストの言葉に、イオはそうぼやいた。
なまじ邸宅を貸与されている為、そんな感想を抱くのも仕方のない事ではある。
事情を知らないヘルムートは、
「いや、野宿よりよっぽどいいだろう?」
などと言っていたものだが。
そんな彼らの会話を見透かしたかのように、ブラックウィドウの通信機が着信を知らせる。
連合国の共用周波数からだ。
カリストが通話機を取り上げ、二言三言言葉を交わし、それを置く。
「ギニース」
長姉の呼びかけに彼女は頷き立ち上がると、運転席へと着席した。
城塞都市シャコルナク、その西門は既に目と鼻の先だ。
音を立てて開くそれを、黒塗りの大型戦闘車両が、通過していった。
***
二棟ある高級士官の内東側の宿舎は、現在使うものがいなかったらしく、ただ維持管理はされていた為、一同は問題なく入室をした。
流石にスカイア女王から貸与されていた邸宅ほどの豪奢さはないが、十分な広さと家具の個室である。
旅塵を払い椅子に腰かけ、マコトは大きく伸びをした。
この世界を訪れて以来、連日目の回るような日々だった。
初めて落ち着いた街が、召喚を受けた国でなく、全くの他国であるというのがなんとも言えないところである。
そんなことを考えていると、扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
失礼します、という声はエウロパのものだった。
マコトは別段気にすることもなく座り直し、開かれる扉を見る。
だが室内へと歩を進めてくるその人影に、彼は思わず立ち上がった。
普段被っている白い頭巾付きの外套、その頭巾を後ろに脱がされている。
露わになった髪は三つ編みに編まれ、その色は金ではなく白く染まり。
その肌は透き通るほどに白く、暗緑色であったはずの双眸は、幻想的なほどに赤い。
「今更悪趣味かなとは、思ったんですが」
鍵を模した杖を後ろ手に持ち、伺うような面持ちで彼女は彼を見た。
「今でないともう、晒す機会もなくなってしまうかと思いまして」
立ち尽くす彼に、エウロパはやや申し訳なさそうに、笑う。
「どうでしょう、少し外を歩きませんか? 外出許可証は用意しましたので」
彼女の言葉にマコトは、やや呆然としたまま、しかし頷いた。
***
「……どういうこと?」
最早何時もの通り、目深に頭巾を被る彼女と並んで歩きつつ、マコトは言う。
シャコルナク庁舎から真っ直ぐに伸びる目抜き通りは、昨夜の避難騒動もあり、開いている店はそう多くはなかった。
「故郷の村では、『赤雪』と呼ばれていました。狩りの豊穣を意味する、縁起物とのことなのですが」
エウロパは困ったような、申し訳ないような、そんな笑顔を浮かべた。
「これのせいか内効系魔法も使えず、他の姉妹とも似つかない容貌があまり好きになれなくて」
気まずそうに、上目でマコトを見、
「髪は染め粉で、肌は化粧で、瞳は緑色の接眼透鏡で、誤魔化していました」
彼女はそう言った。
やや決まりが悪そうなのは、彼の良人を鑑みての事だろう。
「似ていますか?」
「……うん」
エウロパの問いかけに、マコトは何とも言えない表情で、しかしはっきりと頷いた。
「貴方の思いの強さを改めて伺って、晒してしまって構わないだろうし……その機会も今しかないと、思いまして」
「まあ……そうだね」
「ですから他意はありませんので、悪しからず」
「……了解」
言って彼は、大きく息を吐く。
「……君を見る度に、背徳感を覚えそうだ」
「信じてますよ?」
「わかってるよ」
益体も無い会話の応酬。
不覚にも、楽しいと思ってしまった。
そんな彼の足が、止まる。
少ないながらも開いていた、贈答用の花を扱う店舗の前。
「どうしました?」
「いや。宿舎が殺風景だったな、と思ってね」
「お好きだったんですか?」
「……そんなにわかりやすいかな、僕」
嘆かわし気に、マコトは肩を落とした。
そんな彼へエウロパは悪戯っぽく微笑みかけ、
「すみません」
何やら作業中の店主の背へと声をかける。
億劫そうに振り向く初老の男に、彼女は懐から取り出した金色の宿舎鍵を見せた。
途端店主は愛想よい笑顔を浮かべ、既製の大きな花束を一つ、エウロパではなくその隣のマコトへと手渡す。
なんだか分からないままに、彼はそれを受け取った。
「ありがとうございます」
彼女はそうにこやかに言い、マコトの背を押し花屋を後にする。
「いいの、これ?」
「後で半分こにしましょう」
しばらく歩いてそう聞けば、答えになっていないことを、エウロパは返した。
「いや、そういうことじゃなくて」
「金鍵、銀鍵は高級将校、あるいはその候補生の証ですから。見せれば基本、シャコルナク持ちです。乱用するつもりはありませんが……」
これくらいなら良いでしょう、と彼女は笑った。
そういうことなら、と彼も肩を竦める。
「それで、どの花がお好きだったんですか?」
「この、黄色い花かな」
さらりとしたエウロパの問い掛けに、マコトも何でもないように答えた。
「モノクロが好きだったけど、明るい原色系も好きだったよ。理由は強そうだからって」
「分かるような、そうでもないような……マコトさんは何色がお好き何で?」
「紫。赤と青が好きだから、その二つが合わさればそりゃもう大好きになるよね」
「どんな理屈ですか、それ」
珍妙な答えが琴線に触れたのか、彼女は吹き出した。
そんな様子を、マコトは眩しいものを見るように、目を眇める。
「エウロパさんは、何色が好きなの」
「私は、薄紅色が好きですね。ほら、愛らしくないですか?」
「それは、分かるな」
同意の言葉に、エウロパは嬉しそうに笑った。
そして言う。
「ね、違うでしょう」
杖を後ろ手に持ち、マコトを覗き込む。
「何の話?」
「無理に目を背けなくても、妙な呵責を持たなくても良いですよ、と言う話です」
悪戯っぽく歯を見せて、彼女はまた笑った。
「……」
「別に『私を通して彼女を見てる!』、とか言い出したりしませんから」
「……一番心臓にクる言葉だからな、それ」
「そうでしょうとも」
苦々しげに言う彼を、彼女は楽しげに笑い、背と腰を伸ばす。
「まあ、元よりだよ。彼女は、そんないい性格はしてなかったし」
「あー、止めて下さい! 比較は止めて下さい!」
皮肉っぽく言うマコトに、エウロパはわざとらしく憤慨し。
顔を見合せ、二人は同時に、笑い出した。




