第六十二話 今を歩いて
「弟分として見ていた少年の成長と成熟が、自らのあずかり知らぬところで進んだことが、慚愧に堪えないのではっ?」
「……それを、成長と言っていいのか? 戦いに慣れて、麻痺していく感覚が?」
「戦場に携わるものとして、当然のものかと思いますっ! そしてそれを後ろめたく思うのであれば、それは彼に戦うを望んだ我らの責任でしょうっ!」
「……ジェイン少年の言う通りだな。俺に反論の余地は、ねぇよ」
ヘルムートは、空を見上げた。
その通りだ。
エウロパや、カリストから彼の話を聞き、ヘルムートは自覚したのだ。
自分たちが、一人の少年の人生を壊したのだと。
身勝手な、外様への戦力の外注によって、一人の人間の生き様を汚したのだと。
ただの少年を、戦場の臭い漂う非日常の世界へと誘ってしまったのだと。
そう、思い知らされてしまった。
正に、お天道様に顔向けできない。
「ヘルムート様……」
「そして彼に負い目を感じるのならば、彼に誠実にあるべきかとっ!」
故に、今の彼の原動力である彼女の事を、包み隠さず話すべきだと。
「ただ……」
「……ただ?」
珍しく言い淀むジェイン。
それを不思議そうに、ライムは見つめる。
「……いえっ! ともあれ、小生は小生の考えを述べましたっ! しかしながら小生は傍流に過ぎず、判ずべきは本流たるヘルムート殿であるかとっ!」
「いちいち、その通りだ」
苦笑を浮かべて、ヘルムートは頷いた。
「出過ぎた真似、失礼いたしましたっ!」
首を垂れるジェインに、やめてくれと彼は頭を振る。
「さて、と。そろそろお話、しに行くか」
大きく伸びをして、ヘルムートはそう嘯いた。
空は変わらず、青く澄んでいる。
「では私めも……」
「ライム殿っ、もう少しお話よろしいでしょうかっ!」
「え、しかし」
逡巡し、ライムはヘルムートを見た。
「これは俺の仕事だな。ジェイン少年、ライムを頼むぞ……いや、逆か。ジェイン少年を頼むぞ、ライム」
「えっと、頼まれました……?」
「……」
彼は後ろ手で二人に手を振り、ブラックウィドウへと歩いていく。
その背を見送り、やや困惑気味にライムは隣の少年を見た。
彼は大きく息を吐き、閉じていた目を見開く。
「ジェイン様……?」
「……悲劇など、ない方がいいっ、それは当然のことですっ! しかしながらっ! 火王国が壊滅し、木王国へ逃れることが無ければ……今この時もなかったでしょうっ!」
「ジェイン様……」
「小生は……騎士失格やもしれません」
懊悩する彼を見るのは、初めての事かもしれなかった。
ライムはジェインの俯く顔を、上目遣いに覗き込む。
「ジェイン様の祖国は、これから取り返せましょう。私めの事は……」
言って彼女は目を伏せた。
「……申し訳ありません、ライム殿……今しばらく、隣にいては下さいませんか」
「はい、勿論」
そして彼女はそっと、肩を寄せる。
***
「ただいま戻りましたよーっと」
気安い口調と共に入ってくる彼に、一同の視線が集まる。
ヘルムートは、気取った風に改めて礼をした。
「おっと……ヘルムート・ハーゼンクレファ。マコトのツレだ、よろしくな?」
「おかえりなさい、ヘルムートさん。話は聞きましたよ。沙汰が軽くてよかったですね」
「全くだな」
マコトからの労いの言葉に、彼は軽く笑う。
「ねーねー、あんたがライムちゃんの……えーと、なんだっけ、コーケンニン?」
「後見人というか、身元引受人というか……まあ雇い主みたいなもんだな」
明け透けと尋ねてくる青と白の盛装を身に纏った、紅い髪の少女……マリエンネに、彼はそう答えた。
それが? とヘルムートは彼女へ目で問う。
「いや、ジェインちゃんと何の話をしてたのかなーって」
「ああ、ジェイン少年か。あいつはいい男だな。それでいてちゃんと少年をしてる。ライムにはもったいないくらいだ」
「ライムちゃんだっていい子だよ。ねぇ?」
言って彼女は両隣りの二人……イオとギニースに話を振る。
姉妹は各々、頷いた。
「好かれたもんだな。ありがたい話だ。ライムはなかなか、人に恵まれない奴だったからな。これからも、仲良くしてやってくれ」
嬉しそうに笑いながら、ヘルムートは言う。
「で、だ。マコトよ」
何故かうんうんと頷いているマコトに、彼は表情を改めて視線を向けた。
「何でしょう」
「お前の『昔話』は大体聞いた」
「……はい」
「俺からしてみれば、ほんの十日ぶりの再会なんだが……お前にとってはどうなんだ」
言われて彼は、少し考えこむそぶりを見せる。
「そうですね……大体三歳、年を重ねる位ぶりでしょうか」
ややあってマコトは、そう答えた。
「答えがあいまいなのは……故郷が無くなって、時を数える術がなくなったからか?」
「そうです。そこまで、聞いていたんですね」
「彼女らを、責めてくれるなよ?」
「そんなつもりはありませんよ、元よりヘルムートさんには、伝えるつもりでしたから」
そう言うマコトの表情に、陰りは無い。
「お前は……」
「はい」
「恨んではいないのか?」
「何をです?」
「俺たちを。数多の異世界からの呼び声を」
「何故僕が、それらを恨むと?」
「そんな呼び声に聞く耳持たなければ、こうはなっていなかったと、思わないのか?」
呼ぶ声に、応えなければ、当然異世界に誘われることなどなかった。
学校に通い、日常を謳歌する、そんな相応の人生を歩んでいただろう。
「それできっと、故郷と一緒に赤土に埋もれることに、なったでしょうね」
「……呼ばれたからこそ、かもしれないぞ」
「水掛け論でしょう、そんなもの」
「そうかも、知れんが……」
「過去には戻れません。僕は自分の選択した結果を、後悔していませんよ。もし……」
言って彼は、馬鹿げているとばかりに笑う。
「もしも今の記憶を持ったまま、最初の呼び声を聞いたときに戻れたとしても」
マコトは言う。
真摯な眼差しで。
「応えるよ」
躊躇なく、彼は答えた。
「応えてもう一度、彼女に逢いに行く」
「マコト……」
「起こってしまったことの後に、その後に。沢山の思い出を、大切なものを得たんです。得ていたんだと、わかったんです。それを塵のように捨てる事なんて、もう出来ない。そう思うようになったんです。思える様に、なったんです」
だから、やることは変わらない。
望まれるように、あり続ける。
英雄で、あり続ける。
「お天道様が、見ていますから」




