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第六十一話 愛しくて、切なくて

『ヘルムート様』

『……ライムか。どうした?』

『ご相談したい事が』

『内密な話か?』

『できることなら……』

『……そうか。だが無理だな。こっちの二人に、もう気取られてる』


 急に歩みを止め、こめかみを押さえる彼を、カリストとエウロパは怪訝に見ていた。


『ヘルムート殿っ』

『君は……確かジェイン少年か』

『はいっ! まだまともに面通しも出来ておらず恐縮ですが、話の擦り合わせがしたくっ!』

『……マコトの話か?』

『はいっ!』

『カリスト嬢とエウロパ嬢から、あいつの『昔話』は聞いた』

『その上で、クラリッサ殿の件ですっ!』

『……ライムから聞いたのか』

『はいっ!』


 ヘルムートは少し考え、目の前の二人を改めて見る。


「ヘルムート殿、どうされた?」

「タイミングが良いのか悪いのか……」


 ヘルムートはとんとんと、頭部を指でつついた。


「念話が届いた。ライムと、ジェイン少年から。……我が妹について、だ」


***


 通用門が開き、三つの人影が現れる。


「結構戻りが、早かったね」

「多分、決定事項の伝達だけだったんでしょ。ブレアさん、話が早いし」

「……あの人、内政官じゃなかったっけ?」

「……」

「いや何で自慢気なのギニちゃん」

「内政官であり、陛下の右腕であり……要するに、鋼のようなお人だよ」

「味方としてなら、この上なく心強いな……」

「……」

「だから何で得意気なのギニちゃん」


 とても下らない話をしている間に、姉妹二人が車内へと入ってくる。


「只今戻りました」

「おかえりなさい……あれ、ヘルムートさんは?」


 エウロパに挨拶を返しつつ、マコトはもう一人いたはずの同伴者の行方を尋ねた。


「ああ、彼なら……」


 カリストが、車両後部の窓の外を指差す。

 そこには彼を並んで出迎える、ジェインとライムの姿があった。


「どういう取り合わせだ……?」

「それはもう、アレでしょ」


 訝しむマコトに、マリエンネは得意気に言う。


「『娘さんを小生に下さいっ!』」

「別にヘルムートさんはライムの親でもなんでもないけどな?! しかも声真似が全く似てない!」

「でも、保護者というか、後見人みたいなものじゃないの?」

「……そう言われれば、まあ……」


 イオに冷静に言われ、彼も落ち着くが、何やら納得はいっていないようだ。


「いやでも、今の状況で、あのジェイン君がそんな浮わついたことを言うとは思えないんだけど」


 洒落は解するが、基本真面目な少年である。


「……まあマリエンネの物言いは極端だが、ライム殿のことではあるのではないか? あの取り合わせだと」

「ライムさんの拘束服のこともありますしね」


 カリストとエウロパの付け足しに、マコトはようやく納得の表情を浮かべ、改めて窓の外を見た。

 だから、赤黒の騎士と白頭巾の魔法使いが顔を見合せる姿を、見ることはなかった。


***


「……とまあ小生がお二人の間に入れば、恐らくはそういう方向に話が流れると思いますので、クラリッサ殿のことと勘繰られる事はないかとっ!」

「……」


 特に照れるでも隠すでもなく、いつもの如く言うジェインに、ヘルムートはライムを見、彼女は俯いてその視線をかわす。


「ライム?」

「……何で御座いましょう」

「よかったな?」

「……い、今はその様な事より、マコト様とクラリッサ様の事が肝要で御座いますれば」

「そうだな、あの二人もなれ初めは旅の途中だったな」

「ですから!」


 いや懐かしいとばかりに感慨深げな彼に、ライムが食って掛かる。


「まあまあライム殿っ! ヘルムート殿も、そろそろ本題に入りましょうっ! クラリッサ殿のことですがっ」

「……そうだな」


 彼の言葉に、ヘルムートは表情を改めた。


「ジェイン少年は……我が妹の状況を知っているんだよな?」

「はいっ! ライム殿から伺いましたっ!」

「……半ば察されていた様で御座いましたが」


 付け足された彼女の言葉に、ヘルムートは腕を組む。


「となると、マコトもある程度予想はしているんじゃないか」

「『人を探していた』という言葉に、どれ程の逼迫性を感じ取れたか次第であるかと思いますがっ!」

「ジェイン少年はそれを感じ取っていたと?」

「いえっ! 小生も当初は捜索対象がクラリッサ殿なのだろうと考えただけですっ! 状況の重篤さを察したのは、ライム殿から相談を受けた際にですっ!」

「そうか……」


ヘルムートは空を見上げ、しばし黙する。


「……正直な話、我が妹の所在が手に届き得る所なら、何の迷いもなく打ち明けるんだかな。一も二も無く、あいつは救出に動くだろ」


 問題は、クラリッサの所在が全くの不明であるということだ。

 しかも彼らが現在いるのは、祖国でもない異界の地。

 彼女を探し出す手立てが、何一つ無いのだ。

 ライムが危惧した通り、いたずらにマコトの心を乱すだけなのではないか。

 ならば自身が良心の呵責を覚えるに、とどめておくべきなのではないか。


「ジェイン少年は、伝えるべきだと考えているんだな?」

「はいっ!」

「それは何故だ?」

「ひた隠し、何かの拍子に露見すれば、マコト殿の不信をかうこととなるでしょうっ! ならば最初から、打ち明けるべきかとっ! それに小生が思うに、それで彼の心が千々に乱れるとは思えないのですっ!」

「……英雄、だからか?」


 思うところがある様子で、彼はその言葉を呟いた。


「はいっ! そして彼は、今まで為してきた、手段としての英雄が、目的を成就しつつあると考えるのではないでしょうかっ!」

「……目的」

「再会ですっ!」


 彼の言葉に、ヘルムートは軽く俯く。


「ジェイン少年は……随分とマコトをかってるんだな」

「ヘルムート殿は違うのですかっ?」


 意外そうに、ジェインは首を傾げた。


「いや、俺だってあいつのことは信頼してる。結果として俺たちの国を、世界を救った英雄にすらなったからな。ただ……」

「ただ?」

「それでいてあいつは、見た目通りの等身大の、単なる少年でもあった」


 突如としての異世界召喚に狼狽え、煌びやか宮廷にしり込みした。

 血に戦き、怪我に怯んだ。

 弓矢に震え、剣に臆した。

 そんな普通の、少年だった。

 それでも挫けず、思いは一貫し、彼は刃を振るった。


 そう述懐するヘルムートの様相には、どこかもの悲しさがある。


「……ヘルムート殿は、後悔しているのですねっ」

「……」


 唖然とした様子で、彼はジェインを見た。

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