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第六十話 彼我の距離は隔たって

「合同会議の結果、貴君らはシャコルナクに逗留していただくこととなる」


 シャコルナクの庁舎の一室で、リアナ・ブラックモアは木王国からの来訪者たちにそう宣告した。


「では、情報共有できたということで相違ないと?」


 用意された座席に座って、カリストはそう確認する。

 彼女は頷き、


「木王国、水王国内の結界塔の破壊を確認しました。それに既に、月王国の結界塔の破壊を報告されていたようですね」

「ええ。それがあっての、緊急会議だったのでしょうが」

「……その通り。既に両国から、火王国への内偵、斥候の部隊が派遣されているものの、霧が散り切っておらず、潜入できるのは恐らく明日からになる模様です。……これで我が国も出遅れずに済むと言うもの」

「誰が出るんだい?」


 長卓に肘をつき、軽い口調で言うのはヘルムートだ。

 その様子にリアナは渋面を作る。


「私たちだ……他人事の様に言うが、本来は貴君もその一員となるはずだったのだがな」

「……はずだった、ということは?」

「上の判断で、貴君はその任からは外された」

「そりゃ賢明」


 言って彼は、肩を竦めた。

 内部不和を起こしかねない人員など、正に百害あって一利なしということだろう。


「で、それなら俺の去就はどうなるんで?」


 薄い金色の前髪をくるくると指で巻き、ヘルムートはリアナを横目で見る。


「カリスト殿、エウロパ殿、卿らの部隊に水王国由来の異世界人が所属していると伺っている」

「ええ、相違ございません」


 白い頭巾を揺らして、エウロパは同意する。


「聞けばこの者と同郷の者だとか?」

「はい、それも間違いありません」


 半信半疑に問う彼女に、宮廷魔術師は隠すことなく頷いた。


「そもそも()()を預かることになったのは、我が国にて召喚した異世界の英雄殿と知己だったというところもありますが」


 カリストの付け足しに、リアナは口元に手を当てる。

 そんな彼女の様子を見、エウロパはにこやかに言った。


「ですので、差し支えなければ、彼の身柄を引き受けたく思うのですが」


 彼女らの応酬に、ヘルムートは苦笑を浮かべる。

 月王国としてみれば、彼の身柄はさっさと手離れさせてしまいたい。

 既に負の実績を作り出している、内患となりかねない人材だからだ。

 詰まるところ、エウロパの……木王国の提案は渡りに船ではあるのだが、月王国にも面子と体面がある。


「……どの道その者は国外追放となる身故、ご随意になさるのが宜しかろう」

「内乱の首謀者だ、死罪じゃないのか?」

「異世界出自としての、特赦だ」

「そりゃ慈悲深いこって」

「五日、猶予を与える。それまでに退去されよ」

「へいへい」

「……と、いうことで宜しいか?」

「ええ、異論はありません」


 リアナの視線を受け、エウロパはにこやかに頷いた。

 五日もあれば、火王国内の状況もある程度把握できるはず。

 もとより出立の時分となるはずだった。


「では、後はよしなに」


 リアナは戸口へ右手を翳し、退室を促す。

 カリストは頷き、立ち上がった。


「ご連絡をお待ちしています」

「ええ」

「気を付けてな、隊長殿」

「もう、貴君の隊長ではないがな」


 彼女の素っ気ない返事に、ヘルムートは楽しそうに笑う。


「おっと、そうだったな。では改めて……気を付けてな、リアナの嬢ちゃん」

「……」


 眉間に皺を寄せ、リアナは忌々し気に右手を振った。

 その様子に、彼はひらひらと手を振り会議室を後にする。

 カリストとエウロパは一礼し、その背を追った。

 一人残されたリアナは、大きく一つ、息をつく。


「……言われるまでもない」


 そう呟いて、彼女は立ち上がった。


***


「心配ですか?」


 庁舎を抜け、西門への通りを歩きながら、エウロパはヘルムートを流し見る。

 昨日今日襲撃を受けたばかりの街中は、当然ながら人影はなかった。


「いや?」


 白頭巾の少女の問いに、彼は肩を竦める。

 後に纏めた白けた金髪が、揺れた。


「隊長殿……もとい、リアナの嬢ちゃんはかなりの手練れだよ。決起する時、わざわざ嬢ちゃんが離れた時を狙う位には、な」

「ほう、あれだけの事が出来る御仁がそこまでいうとは」


 黄金の驟雨を脳裏に浮かべつつ、カリストが口を挟む。


「あれはあれで制約があるんだが……ま、部下も練度は高いし、ぽっと出の俺がいなくても、何とかなるだろ」


 気楽そうに伸びをして、彼はそう結論付けた。


「それよりもマコトだよ。まさかこんなにも早く、我が義弟殿に再会になるとは思わなかったぜ」


 ヘルムートの楽しげな、しかし彼女らにしてみれば奇妙な物言いに、姉妹二人は顔を見合せる。


「ん? 何か変なこと言ったか?」


 彼女らの様子に、彼は訝しげな表情となった。


「ヘルムート殿、貴方が元の世界でマコトと別れたのは、どれ位前の事だ?」

「俺がこっちの世界に喚ばれて五日目だから……更に五日で十日前ってとこだな」

「それはどう考えても、辻褄が合いませんね」


 ヘルムートの答えに、エウロパはそう言葉を返す。


「どういうこった?」

「先の戦闘で、城壁の上での事ですが」


***


『やっぱりそうか! また会えて嬉しいぞ! ……ん? 何か顔立ちが変わったな? それに背も伸びてるような……』

『お久しぶりです。そりゃ背ぐらい伸びますよ』

『え? 十日も経ってないのにか? ニホンジンは成長が早いんだな』

『え?』

『ん?』


***


 どこか噛み合わない、二人の会話を思い出す。


「マコトさんは、ヘルムート様達との冒険が、最初の冒険と言っていました」

「ああ、そうだな」


 それが? とばかりに首を捻る彼に、エウロパは逡巡し、姉へと視線を向ける。


「彼に話さない選択肢は、ないだろう」


 頷いて言うカリストの様子が、ヘルムートをますます困惑させた。


「一体全体、何の話をしてるんだ?」

「……マコトさんの話です。彼曰く、この世界は」


 一つ息を吐き、エウロパは彼を見る。


「二五六番目の異世界、だそうです」

「……は?」


 あまりにも突拍子もない彼女の発言が、ヘルムートの困惑に拍車をかけた。


「彼は私達に、『昔話』をしてくれました」

 

 最初の冒険を終え故郷に戻った後も、別世界からの召喚を受けたこと。

 異世界からの召喚、帰還を繰り返す内に、突如として彼の故郷が滅んだこと。

 それでも異世界からの呼び出しは止まず、助力を続けたこと。


「ちょっと待て、何だそれは」


 額に左手を当て、彼は思わず右手を突き出し話を止める。


「信じられませんか?」

「……嘘にしちゃ悪趣味過ぎるし、すぐそこにマコト本人がいるんだ、簡単にばれる嘘なんてつく意味がない。あんたら二人が、あらかじめ口裏を合わてたようにも見えんしな……信じる、信じはするんだが」


 それが事実だとして。


「あいつは何を考えてるんだ?! 他所様に構ってる場合かよ! 先ずは自分の、自分の故郷の事を考えるべきだろ!」

「お天道様が」

「あ?」

「……お天道様が、見ているそうで。助けを求める声を、無下にすることなど、出来ないと」

「……そんな馬鹿な」


 愕然と、ヘルムートは呻いた。


「それはそんな言葉じゃ、ないだろうがよ……」

「ヘルムート様……」

「挫けそうな時に、歯を食いしばって前を向く時の言葉だ。悲しいのを我慢して、無理矢理笑うための言葉じゃ、ないだろうが」

「……彼の胸の内は、私にはわかりません。そしてそれは貴方も、そうでしょう? ヘルムート様」

「……ああ、その通りだな。俺にとっては数日前の出来事だが、あいつにとってはそうじゃない。おとぎ話の妖精郷に迷い込んだ子供みたいな話だが、随分と『距離』が開いちまったみたいだ。しっかりお話、しないとな」


 彼の言葉に、二人は頷く。

 いつの間にか、西の通用門は間近となっていた。

 ヘルムートの脳裏にその声が響いたのは、その時だった。

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