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第五十八話 心に一人の四方山を話して

「お茶目な方ですねっ!」


 何となく落ちた沈黙を破ったのは、ジェインだった。


「第一印象からはかけ離れた様相を呈してはいるかな……」


 当初の冷静沈着、という印象は完全に払拭されたマコトは、そう言って頷く。


「まあ……聞いた通りだ。一旦この場に留まり、小休止とする。各人、自由にしていてくれ」


 賛否は示さず誤魔化すように、カリストはそう宣言した。


***


 携帯食料を齧りながら窓の外を眺めていたエウロパの、眉が上がる。

 城門脇の通用口が開き、幾つかの人影が現れたからだ。


「姉様」


 残りの糧食を口の中に放り込み呼び掛け、窓の外をを指差した。

 カリストは頷き、立ち上がる。

 エウロパもそれに続いた。


「話をつけてくる。皆はこのまま待機していてくれ」

「はーい」

「はい」

「もう少し良いものが食べたい」

「承知しましたっ!」

「はい」

「了解です」

「……マリエンネはもう少し我慢してくれ」

「んあーい」


 苦笑混じりに言うカリストに、彼女は気の抜けた返事をする。

 それを背にして、二人は車内を後にした。


 城内へと向かう二人の背を見送ったマコトは、ブラックウィドウ内部に視線を戻す。

 側脈構築の練習に、とエウロパに渡された編み機で何やら悪戦苦闘しているマリエンネ。

 瞑想の構えを取るジェインと、それに並んで同じく構えるライム。

 そんな光景を、彼は片肘ついて眺めていた。


「なに黄昏れてるの、マコっちゃん」


 座席の上から覗き込んで言うイオを、彼は見上げ、そして笑う。


「黄昏れてる、か。まあ、似たようなもんかな。ちょっとノスタルジックになってた」

「のすたるじっく?」

「望郷の念、てとこかな」


 首をかしげる彼女に、マコトはそう補足した。


「赤土の荒野が恋しいの?」

「人の心とか無いのか、お前は」


 編み物を棚上げしていれてくるマリエンネの茶々に、彼は微苦笑を浮かべて言う。

 彼女はきゃらきゃらと笑っていた。


「遠くにあって、思いたくもないもんね。見えないところで、どうぞお好きにしてて、って所だもん」


 相も変わらず、マリエンネの日王国への想いは一貫している。


「でも、ジェイン君とライムちゃんを見てのそれなら、そっちの話じゃないんじゃない?」


 イオの言葉に、彼女はん? と疑問符を浮かべた。


「ライムちゃんの雇用主……マコっちゃんの彼女さんの事を思い出してた、って話じゃないの?」

「あー、羨ましいってハナシ?」

「お前な……」

「違うの?」

「……」


 返ってきたのは、沈黙。


「どんな、方?」


 運転席から立ち上がり、車両後部の席に座り直しながら、ギニースは言う。


「昔話で、さわりは、聞いたけど」


 具体的な人物像は、聞いたことがなかった。


「お、ギニちゃんもそういう話に興味あるんだ?」

「人並みには」


 茶々気味なマリエンネの言葉に、彼女は臆面なく頷く。

 そしてマコトは、三者から注がれる視線に、さも嫌そうな顔を返した。

 だがそんな事で、今更彼女らをかわせる筈もない。

 彼は大きく、溜め息をついた。


「……クラリッサ・ハーゼンクレファ。ハーゼンクレファ家の長女で、ヘルムートさんの妹」

「彼は次男って言ってたから、クラリッサさんは三番目?」


 イオの確認に、マコトはそうと頷く。


「黒地の服を、趣味と実益を兼ねて何時も着ていて、同じ色の日傘を常に差した、体力貧弱な女の子だよ」

「実益、とは?」

「白い髪、白い肌、赤い瞳」


 ギニースの問いに、彼はそう答えた。


「彼女は『白き者』なんだ。日の光に敏感でだから、その照り返しのない黒が都合が良かったらしい。彼女の好みでもあったし、実際似合っていたしね……」

「隙あらば惚気る!」

「聞きたがったのは君らだろ」


 マリエンネの茶々に、マコトはため息交じりに返す。


「まあ確かに……」

「『白き者』はファルファニア王国では『幸運の子』とされていて、縁談は引く手あまただったらしい」

「それなのにマコっちゃんを選んだの?」

「引っ掛かる物言いだな……」


 彼女の言葉に、彼は歯噛みする。

 イオとギニースは、何を思うのか顔を見合せていた。


「貴族の子女に生まれた以上、政略婚は覚悟していたそうだけど」


 『白き者』、『幸運の子』という分かりやすい記号を持ちたがるもの達の、欲に塗れた浅ましい眼差しに、辟易としていたそうだ。

 両親もいかに娘を高く売るかに腐心するばかりで、鬱屈とした彼女の胸の内を知りもしない。

 貴族の習性としては、全く正しくはあるのだが。


 当時彼女が心を許していたのは、ヘルムートだけだった。

 家を継がぬ身の彼だけが、お貴族様の権謀術数の枠の外の存在だったから。

 身軽で行動力のある彼について回り、厄介ごとに首を突っ込むを繰り返す。

 叱責を受ければ、『幸運の子がこんなことで失態を犯すとでも?』が決まり文句で、そんな騒ぎの中で、ライムを拾ったと言う。

 そして。


「隣国である魔族の国ゾゴド・モムラの一方的な国交破棄、宣戦布告」


 戦端が開かれ、危機感の足りなかった王国は瞬く間に劣勢となる。

 窮地に追い込まれたその時、『幸運の子』は福音をもたらした。

 それが。


「異世界からの、英雄召喚?」


 マリエンネの言葉に、彼は頷く。


「正直、期待外れだったと思うよ」


 呼ぶ声に応え、突然の異世界召喚に狼狽え戸惑う輩など、失望に値して当然だとも思う、理不尽な話ではあるが。

 だか彼は、一目惚れした少女の為に見栄を張り、大立ち回りをしてみせた。

 『幸運の子』の恩恵を賜れば魔王討伐など容易いと、そして『幸運の子』に魔王討伐という、英雄という、更なる箔をつける絶好の機会であると。

 そう弁をふるい、彼女の差し出した抜けずの黒刀を抜き放ち、同道の権利を勝ち取ったのだ。


「あれで何とか、挽回したと思いたいね」

「やるじゃん」

「必死だったからな……」


 彼女の称賛に、マコトは遠い目になる。


「それでまあ、なんやかんやあって、両想いとなりました」

「すっごい端折った!」

「流石に詳細は勘弁してくれよ……」


 不満げに口をへの字にするマリエンネに、彼は苦笑を返した。


「……じゃあ、どんなところが好きなの?」


 ようやっと、イオが会話に入ってくる。

 マコトは少しばかり考え込む仕草をして、ややあって言った。


「可愛い」

「最低」

「いや、一目惚れから入ったって言ったじゃん!」


 ギニースの鋭い言葉に、彼はそう弁明する。


「じゃあ、他には?」

「義侠心に厚いところ。情にも厚いし、それでいて思慮深いところ。最初は距離を感じる言動が多かったけど、心を許した相手には寄り添って、甘えてくれるところ。口数は多くないけど、一緒にいて沈黙や静寂が苦にならず、寧ろ心地よく感じるところ。ふとした時に目が合って、こちらに微笑んでくれるところ。あとは……」

「いや、もう、いいです」

「僕を好きになってくれたところ、かなぁ」

「もういいって、言ってるのに……」

「はっはっは」


 辟易とした様子の彼女に、マコトは朗らかに笑った。


「ねえねえマコっちゃん」

「ん?」

「みだらなことはしたの?」


 あけすけとしたマリエンネの質問に、イオとギニースが噴き出す。

 マコトから笑声は消え、しかしにっこりと笑った。

 そして言う。


「想像に任せるけど、想像するなよ?」

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