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第五十六話 荒くれを守りて

「た、隊長! あれを!」


 部下の一人の慌てたような報告に、(あおぐろ)で装いを固めた女性が、足を止める。


「どうした」

「見てください! 街が! シャコルナクが!」


 なおも狼狽した風な部下を一瞥し、彼女は……リアナ・ブラックモアは振り返った。

 城塞都市上空に、立体映像が浮かび上がる。

 類似した状況から火王国の滅亡が知らされた為、非常に不吉なものを感じるが、それは杞憂だった。

 浮かび上がった人物は、よく知ったそれではないが、見知ったそれではあったためだ。


『あー、絶賛避難中のシャコルナク住民の諸君! 俺だ!』


 護送中の住民たちから、誰だよ、との言葉が漏れる。

 尤もではあった。

 虚空を指差し、足元から無数の照明に照らされる男……ヘルムートの巨大な幻像に、彼女は痛くもない頭を抱える。


「何のつもりだ……奴がしゃしゃり出て、こちらのいい方向に転んだことなぞ何もないぞ……!」


 彼の無駄に立つ弁舌に先導され、内乱同然の事態になったのは記憶に新しいところだ。


『霧の結界塔の特選部隊の殿、ヘルムートだ! 結論から言う! 城塞都市シャコルナクを襲撃した指揮者は敗走した! 俺たちの勝利だ!』


 唐突な、だが確かな福音に、避難民たちからどよめきと、そして喝さいの声が上がった。


『とはいえ予断は許さないからな! 故に俺たち六千名の部隊はしばしシャコルナクに逗留し、警邏に当たる! 安心して帰還してくれ! 以上だ! あとは頼むぜ、愛しの隊長さん!』


 言いたいことだけ言って、異世界人の幻像が消える。


「やってくれたな、あの男……!」


 額に手を当て、リアナは呻いた。

 彼の思惑は明白だ。

 何が何でも、恩赦兵たちの身の安全を確保したいということだろう。

 なまじ督戦兵たちとも共闘している手前、彼の宣言もあって当初通りの対応は難しい。

 街の住人達からすれば、どちらも都市を守った英雄に等しいからだ。

 また予断を許さないというヘルムートの言葉も、無視できない事実ではある。


「どうしますか、隊長」

「……この事態に、無駄な色気を出した上層部のミステイクだ。こちらで尻拭いする義理はない」

「では……」

「ああ、あの男の思惑に乗ってやろう。シャコルナクに戻るぞ。街への誘導へ切り替えろ」

「了解!」


***


「よっしゃ、こんなもんだろ。助かったぜ、エウロペさん」

「何よりです」


 礼を言うヘルムートに、彼女はにこりと微笑む。

 一刻も早く戦勝報告する必要がある、という彼の主張にエウロパが答えた形だ。

 幻像投影による勝利宣言。

 夜を押しての避難行は勿論危険だが、ヘルムートが何よりも案じていたのは恩赦兵の身の安全だった。

 それを一挙に解決するための手段が、先の演説である。


「隊長殿は察しはいいからな。大丈夫だろ。見つかったらぶん殴られるかもしれないが……」

「それは甘んじてください」

「さっきは一緒にごめんなさいしてくれるって話じゃなかったか?」

「同伴が必要ですか?」

「……」


 言われて彼は、憂鬱気に溜息を吐いた。


「もう、街に戻らなくていいんじゃないか?」

「そうはいかない」


 泣き言じみたことを言う彼に、カリストはにべもなく言う。


「結界塔の破壊は完了した。以降は結界の消失を確認の後、内部調査になる。我々は一時休止することになるが……いつまでも壁外に居座る訳にはいかないだろう」

「ごもっともで……」


 彼女の弁に、ヘルムートは諦めたように顔を上げた。


「ブラックウィドウの帰還を待ってシャコルナク入りしたいところだが……流石にこの時間では城門は開かないだろうな」

「少し離れて野営しますか?」

「そうだな」


 マコトの言葉に、カリストが頷く。

 次の瞬間、彼らの背後で何かが軋むような重い音が響いた。

 振り向けば、開きつつある城門が目に入る。


「……え?」


 そして門が開き切るのも待たず、体を捻じ込むようにして幾つもの人影が飛び出し、全力で駆けてくるではないか。


「何だ?」


 エウロパ達を庇う様に、マコトが前に出る。


「いや、あれは……」


 ヘルムートが呟き、彼もそちらに向かって駆け出した。


「ヘルムートさん?!」

「おーい! お前ら―!」


 手を振りながら呼びかける彼に、城内からの兵士崩れの男たちは、口々に大将と叫びつつ彼に向っていく。

 彼はかわるがわる背を叩かれ、もみくちゃとなり、一瞬にして人波に消えていった。


「これほどに……」


 最早どこにいるのかわからないほどに人に囲まれた彼を見、エウロパは呆気に取られた声を上げる。


「随分と、慕われたものですね。この短期間に……」

「ヘルムートさんのカリスマかもね。次男坊とはいえ、中位貴族の出だし」


 彼女の感想に、マコトはそう注釈した。


「……避難が進んだ城壁内部にこれほどの恩赦兵がいるとなると、勘繰りたくなるところはあるが」


 目を細めて物騒な感想を零すカリストに、


「まあ、ヘルムートさんの薫陶が利いていたってことにしておきましょう」

「……そうだな。でなければ、さっきの彼の演説が無駄になるというものだからな……」


 胴上げをされている彼を眺めて、彼女はそう言い目を伏せた。


***


「よう、隊長殿」


 兵隊崩れたちを引き連れ入城した彼を出迎えたのは、リアナとその副官だった。

 ヘルムートは背に背負っていた袋を、彼女へと押し付ける。


「これで皆をねぎらってやってくれや、構わんだろ?」


 それはもともと、リアナが彼に押し付けた金貨袋だった。


「……使わなかったのか」

「ああ」

「……いいだろう」


 言って彼女は、傍らの副官にそれを渡す。

 受け取った彼女は頷き、そしてヘルムートに視線を向けた。


「オーリー、ちょっと仕切ってくれや、当面このお嬢さんに従ってやってくれ」

「かまいやせんが……大将は?」

「俺はちょーっと野暮用だ。済ませたら合流するさ」

「……分かりやした」


 言われてオーリーは、手を振り後続へ前進を促す。

 既にお祭り騒ぎだった一同は、そのまま彼と副官に続いた。

 残ったのはヘルムートとリアナ、そして白頭巾の魔法使いだった。


「お初お目にかかります。ユピタール木王国所属、エウロパ・カリエインと申します」

「……セレナード月王国特務部隊隊長、リアナ・ブラックモアだ。貴国の援護に感謝する。……随分と、抜かりなく立ち回っていただいたようだ」


 大分気安い距離の二人を、品定めでもするように見る。


「それは我が国で召喚した異世界人と、こちらヘルムート様が既知のご関係でしたので、隔たり無く」

「……そうなのか?」

「ああ、こんな偶然あるもんなんだな」


 リアナからの重たい視線を、ヘルムートは軽くかわした。


「……現場判断は、私が権限を持っている。その上で確認だが……今後、どうなさるおつもりだ?」


 視線の強さは変わらず、標的は隣のエウロパへと移る。

 その言葉に、彼女は微笑んだ。


「隠し立てするつもりはありませんが……木王国、水王国が管轄した塔の防衛網は、共に崩壊しています。夜明けを待って、塔の処理状況を確認し……火王国内部の確認の部隊を派遣することとなるでしょう」

「シャコルナク襲撃の首魁は敗走したとの事だったが、結界塔の状況は分かっているのですか?」

「その指揮者が、塔を抱えて進撃して来たわけだからな、目の前でそれの破壊は確認したぞ」

「はぁ? 塔を抱えて?」


 ヘルムートの台詞に、リアナはあからさまに疑り深い声を上げた。


「あの巨大さだぞ、塔の一つや二つ抱えてても不思議じゃなかったろ」

「二つは多いと思いますよ、ヘルムート様」

「そうか?」

「ともあれ、捕虜からの証言も得ています。まず間違いありませんよ」

「……承知した」


 余りにも自然体で交わされる彼らの言葉に、リアナも邪なものはないと判断するほかない。


「ではこの後、どうされますか? 士官宿舎はご案内できますが」

「いえ、今夜は壁外へ戻ります。正規の訪問でもありませんし、明日、本国へ確認の後お声がけください。ヘルムート様を介していただければ、進捗は円滑です『宜しくお願いします、ヘルムート様』」

『ああ、分かった』


 二人の不可解な視線の交錯に、リアナの表情は怪訝なものとなるが、無理矢理納得したようでただ頷いた。


「じゃ、一旦御開きってことでいいな? 行こうぜ隊長殿、酒だ酒!」


 ばんばんと彼女の肩を叩き、ヘルムートは歩を進める。

 リアナは相当嫌そうな顔となるも抗う口実もなく、視線でエウロパに別れの挨拶をし、そのまま彼に背を押され消えていった。

 ややあって一人残された彼女は微笑みを消し、無表情のまま踵を返してシャコルナクの街を後にするのだった。

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