第五十四話 敵打ち倒して日は暮れて
本来ならば『ビヒモス』……ドートートとそれを連れ去ったセルゲイのU.F.O.の所在を気に掛けるべきなのだろうが。
エウロパの視線は、夜空を覆い尽くす光に、光の掌に釘付けとなっている。
念話にも一切の思念が通わず、ただ静謐な沈黙があった。
暫くして、光が引いて行く。
星々の輝く夜の帳が戻ってきた。
『ダーメだ、やっぱり追い付けなかった!』
『無念』
マリエンネとギニースの言葉が響き、はっと彼女は我にかえる。
彼女らの念話がなかったのは先の光景に目を奪われていたからではなく、逃げ去った彼らを追っていた為だったようだ。
なまじ渦中にいたお陰で、ドートート達以外に気が回っていなかったのだろう。
本来なら一歩引いた位置にいた自分達が、その判断をしなければならなかったのだが……
『……不覚だったな。すまないギニース、マリエンネ』
『すまないって、ドーさん逃がしちゃったんだけど……』
『そういう意味じゃない』
カリストの念話に、苦笑が混じる。
『最大の目標である結界の維持装置は破壊したんだから、よしとしましょう』
『悪鬼螺鈿の義腕』で念入りに粉砕された石の塔の先端を見下ろして、エウロパは言った。
『そうだね、これで三つ目だもんね。これで霧の結界は解除される筈』
『事実上、私達だけで三本折ったようなものですね』
イオの台詞に、彼女は首肯する。
『……ところで』
白い頭巾の端から、未だ言葉の無い、男二人をエウロパは見た。
『さっきからどうされたんですか、お二人とも』
彼女の声に、マコトとヘルムートの意識は、ようやく現世に戻ってきたようだ。
『いや……』
『何だったんだ、あれは……』
『……え?』
予想外の返答に、エウロパは怪訝そうに言う。
『何だも何も、あれがライムちゃんの『右手』なんじゃないの?』
『それは、そうなんだけど。いや、そうなんだろうけど……』
『ああまで巨大なあいつの『手』を、俺だって見たことがないぞ』
ライムの精神性から、そもそも自らの『手』を曝すことは少なかったが、ヘルムートにしてみれば、彼女が己の背丈に倍する『手』を操るを見たのは記憶に新しかった。
しかしあれほどの、空を席巻するほどのそれを見たのは、初めての事だ。
『それはやっぱ、あれじゃないの?』
『うん』
『あれ?』
マリエンネの言葉をギニースが肯定し、ヘルムートは訝しむ。
『愛のチカラ?』
『……おおう』
赤髪の少女の言葉に、マコトが唸った。
『それで当の二人からの返答がないわけなんだけど!』
妙に楽しそうに、マリエンネは言う。
確かに、ライムは兎も角、ジェインは何かしら言ってきそうなものだが、未だに応答はなかった。
だがそんな彼女の様子とは裏腹に、エウロパの表情が強張る。
『イオ、ジェインさんとライムさんの所に急行して!』
『え? ゆっくり行ったほうがいいんじゃない?』
『馬鹿なこと言ってないで! 多分二人とも意識がない!』
『!! 了解!』
『……どういうこった?』
慌てた様子で運転席へと戻っていったであろうイオとは裏腹に、ヘルムートは努めて冷静に傍らの白い魔法使いに問うた。
『念話の魔法は未だ接続しているのに、お二人の思念すら感じられないんです。精神の起伏が何もない。つまり、意識が不明ということです』
『……ヘルムート殿も見たことがないような大規模な使用だったのだ、本人に何らかの負荷があったとしてもおかしくはないのではないか? 』
『ジェインちゃんも不通なのは?』
『彼も彼で、今までに見たこともないほどの結晶体を生み出していた。無理をしていたようには見えなかったが……』
悔恨混じりの苦い口調で、カリストは歯噛みする。
『地面に還元するつもりだったが……』
淡い黄金色に輝く『知恵の実』に視線を落とし、ヘルムートは呟いた。
『やっぱ、街の連中にはごめんなさいするしかないな』
可愛い妹の従者の為だ、治療が必要なのであれば、精髄は留めておくほかない。
『付き添いましょう』
ぼやく彼にエウロパはそう進言する。
ヘルムートは眉を上げ、ふと笑った。
『ありがとよ』
『いた!』
イオからの念話が、皆に届く。
元々、彼らを降ろしてからそれほどに移動はしていなかったのだ。
程なくしてブラックウィドウの夜行用照明に照らされる、二つの影が発見される。
『様子は?』
『ちょっと待っ……』
気遣わしげに言うマコトに応え、イオは大慌てで降車する。
『ギニちゃん、行こ』
『うん』
戦闘車両の光に目掛け、誘蛾のように飛翔した。
『……』
イオからの追伸はない。
『イオ?』
『……』
『イオ、どうした?』
『……あー』
姉二人の呼び掛けに、彼女は何とも言えない、歯切れの悪い返事をする。
『……うん、まあ、大丈夫そうだよ? 二人とも寝てるだけ? みたいだし』
『……』
イオの、ふわふわとした微妙に要領を得ない言葉に、カリストは眉根に皺を寄せた。
そうこうしているうちに、ギニースとマリエンネが現場に到着する。
『だい……あ』
『ああー』
『おい?』
状況を確認しての二人の第一声に、カリストは剣呑な声を上げた。
『大丈夫、本当に、眠って、いるだけ』
目を反らしながら、それでもヒヒイロ甲冑で律儀に二人の生体走査をし、ギニースは答える。
『まあアレだよ。ジェインちゃんがライムちゃんに膝枕してるってだけだよ』
伸ばした左足に彼女の頭を寝かせ、右足は折り彼自身は身を倒さず俯き。
二人は眠りこけていた。
『……は?』
『緊急事態だとやきもきした僕らの心配を返して欲しい』
尤もな事を言ってマコトは天を仰ぎ、安堵の息を吐いた。




