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第五十話 危機に瀕して

 事実上、彼に接近できるのはギニースの駆る緋緋色甲冑のみとなってしまった。


『駄目だ、動かせん』


 指先で糸を繰りながら、カリストは毒づく。

 彼女の糸技は非常に繊細だ。

 この加重下ではまともに操ることなど出来ない。

 鋼糸こそ回収できたが、『不可(ウィアード・)糸技(ワイヤー・ワークス)』達は地に伏せ、行動不能となってしまった。


「これならどうよ?」


 言ってイオは、引き金を引いた。

 轟音を立てて、ブラックウィドウが機関銃が掃射される。。

 弾丸の群れが驟雨となって『ビヒモス』に迫る……が、ある程度の距離まで近づくや、谷を描くように起動が捩じ曲がり、異様な偏差を描いて地へと落ちる。


「『武芸百般(ハンド・レッド)』で修正可能な範疇か?」

「……威力じゃなくて精度の問題だから、少し時間をかけて調整すればなんとか……」


 カリストの問いかけに、蒼金の髪を傾げさせ、彼女は答えた。


「ただこれ、前回もだけど、当たってもちゃんと効いてるのかな。『金』の時は再生させてたから、少なからず消耗はさせてたんだろうけど……」


 土の塊を削ったとて、果たして痛痒はあるのだろうか。


「形の維持とて、ただではありますまいっ!」

「まあ、そうか……ってジェイン君は何してんの?」


 バックミラーに映る彼の姿に、イオは眉を顰めた。

 座席の上で足を組み、どこかで見たような姿勢をとっている。


「瞑想、か? モモイ殿のしていた」

「はい、その通りですっ!」


 カリストの言葉に、ジェインは至って真面目に答えた。


「何故、今為さるのです?」

「小生もまだ、何かが出来る気がするのでっ!」


 ライムの問い掛けに、彼は微笑み、そして半眼となる。

 そしてその数瞬後、ブラックウィドウの背後から突如として光の矢……光の柱が『ビヒモス』目掛けて放たれた。

 ギニースの緋緋色甲冑(ひひいろかっちゅう)を追っていたドートートも、流石にそれを無視する事は出来ず、一部構造を崩してやり過ごす。

 何事かと、カリストとライムは後部を見やった。

 そこに映るのは、『ジェイン』の姿。

 それも十や二十できく数ではない。

 恐らくは百に届くであろう『彼ら』が、一斉に力の弓を放った結果だった。


「何という……ジェイン殿、これは……」


 半ば呆然と、カリストの口から言葉が零れる。


「もっと、出来ると思ったのです……もっと、出来ると思うのですっ! 限界はある、何れ来るっ! でもそれはきっとまだ先で、断じて今では、ここではないとっ!」


 ライムが己の『手』と向かいあうのを見、ジェインはそう、強く思った。

 自分も彼女も、きっと、こんなものではないのだと。

 カリストは、奥歯を噛む。

 自分より年下の少年にそんな事を言われ、後塵に拝する訳にはいかないではないか。

 発奮しない訳には、いかないではないか。

 少し負荷がかかった位で、何だ?

 そんなにか弱い、惰弱な技か?


「……そうではないな、『天網恢恢』」


 指先から迸る暗い赤色のマナが、鋼糸染めていく。


「私も出る。ライム殿、ジェイン殿とイオを頼んだ」

「承知致しました」


 答えるライムに頷きかけ、カリストは両手の糸を繰り、天窓から外へと飛び出す。

 眼前には巨大な土の塊、その周囲を高速で飛び交う緋緋色甲冑、そしてそれを援護するように、最早殆ど全方位より放たれる『ジェイン』の力の弓。

 三名で成しているとは思えぬ戦場に、彼女は一歩踏み出した。

 つつと伸びるカリストの糸が、徐々にしかし確実に、彼の世界に入り込む。


***


『走査』


 『ビヒモス』の周りを高速で飛翔しながら、ギニースはその構造を確認する。

 大部分が単なる土である以上、それ以外の部分を攻撃しなければ無意味に等しい。

 幸いなことにこの緋緋色甲冑には、過剰なまでの探査機構が搭載されていた。

 大部分は落として有るものの、その一部を再起動する。

 緋緋色甲冑の胸部より照射される青い光……断層投影光が、『ビヒモス』を照らした。

 その走査結果が、彼女の目の前、仮想窓へと映し出される。

 構造物の内、周囲の土石以外のものが強調表示された。

 その数は二つ。

 一つは石造りの尖塔。

 そしてもう一つは、緋緋色甲冑同様、人型の何か。

 その映像を、ギニースはブラックウィドウに共有する。

 『ビヒモス』は、一瞬滞空した彼女目掛けて、右腕を振りかざした。

 それだけでは飽き足らず、全身から土を触手の様に伸ばし同様に、彼女を狙う。

 土中の人型に狙いを定めようとするも、流石にそれは叶わず、ギニースは回避に専念した。

 後方より伸び来る土の槍を、それを振り切るべく機体を加速する。

 この緋緋色甲冑に、内蔵された兵装は殆どない。

 熱風の照射機構と、両腕に搭載された手甲剣だけだ。

 その手甲剣を展開し、ギニースは急停止と、急展開を敢行する。

 通常であれば首の外れかねない蛮行であるが、『機操展改』の影響のもとでは些細なことだった。

 迫る土の触手を掻い潜り、或いは切り裂いて、彼女は『ビヒモス』の胸元へ、中枢たる人型へと、迫る。


土の央(つちのおう)!』


 ドートートの言葉と同時に、『ビヒモス』の姿が歪んだ。

 ギニースが突き立てるべく振り上げた刃、その打点へと構造物たる『土』が集まっていく。

 引き歪み、傍から見ればもはや人の形を成していない異様な出で立ちとなっているが、当の彼女にはそれを確認する術もなかった。

 そしてその刃が、土の巨人に突き立つこともなかった。


 部分的に密度を増した土の体に、刃は通らず阻まれる。

 だがギニースはそれを無視して、刃を横へと滑らせた。

 同中央部から外側に行くほどに、『ビヒモス』の硬度は下がる。     

 徐々に切っ先が食い込み、深く抉れ、そこへ同時に熱風を放射した。

 断たれた土を吹き飛ばし接合を阻み、切り裂いていく。

 彼女の斬撃を追って、『ジェイン』の力の弓が放たれた。

 だがいかな魔道具とはいえ、異常な重力地帯の影響は皆無とは言えない。

 目算は狂い、切り口の周囲への着弾となるが、さりとて無視できるほどに微弱なものでもなかった。


土天蓋鳴(どてんがいめい)!』


 その言葉と共に、『ビヒモス』の頭部が爆発する。

 より正確に言うならば、爆発したかのように、天へと土をまき散らしたのだ。

 脚部より地面を取り込み、間断なく土石を振り撒いていく。

 『ビヒモス』から分かたれた土は、最早ドートートの作り出したもの……被造物とは言えない。 

 『(かしづ)く害悪』の影響を受けた土くれは、超高速で雨の如く降り注ぎ、『ジェイン』の放った光の矢を次々と叩き落としていく。

 そしてその影響は当然にギニースへも、文字通り降りかかることとなった。


『~~~!』


 超重量の雨を全身に受け、緋緋色甲冑の高度が瞬く間に落ちていく。

 彼女は空へと手を翳し、熱風を照射した。

 気流の壁が、落ち行く土を逸らす。

 ……眼前の仮想窓が赤く点滅し、警鐘を響かせた。

 マナ貯蔵器、残量三割七分。

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