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第五話 物言わぬ者に戦火を交えて

「素晴らしい走行ですねっ! 軍用駄獣では比較にならないほどの速度ですっ!」


 高速で流れていく窓の外の風景を見ながら、ジェインが称賛の声を上げる。

 確かに速く、そして振動も少ない。

 一般車両用の舗装された石畳の街道に並走する形で、未舗装部分を走行しているにもかかわらず、である。

 重量故、石畳を破壊しかねない為、致し方ない処置ではあるのだが。


「懸架装置、異常なし」


 操舵装置と変速機構を適宜操作しながら、ギニースは車体の状況を確認する。

 それを聞いてか聞かずか、興味津々に車内を見渡す特務騎士。


「天窓もありますねっ! ここから屋根部分には出られるのですかっ?!」

「出られるが……走行中は危険だぞ」


 ジェインの質問に、カリストは当然の懸念を示すが、


「いざという時には、必要な行動ともなりましょうっ! ではっ!」


 とそれはそれで尤もなことを言って、彼は窓を開け、危なげなく屋根へと登って行った。


「……そういえば一つ、聞きたいことがあったのですが」


 ジェインを見送った後、シンはそう発言する。


「何でしょう?」

「お相手はドゥルスの王、と名乗っていましたが……ドゥルスとは何ですか? 国名?」

「ああ……」


 エウロパは頷き、指を立てた。


「ドゥルスとは、種族名です。アルジアス大陸には、主に三つの種族が存在しています。一つ目が我々、ファン族です。七王国の築き手ですね。二つ目が森林、山岳地帯を生活領域としているエルゥ族。そして最後の一つは、地底に都市を形成しているダーナ族となります」


「では、ドゥルス族は希少な種族であると?」


「その通りです。それぞれの氏族の子孫として、非常に低い確率で生まれる、いわば突然変異種と言ってもいいかもしれません。肉体は強靭、マナに溢れ、形体、本数は不定ですが輝く角を持つ、有角の種族です。前述の通り個体数は非常に少なく、王、を擁するような共同体が確認されたことはありません」


「そんな希少種族の王を名乗るのには、何か理由があると思うのですが」

「……一つは、攻め手にドゥルスを参加させない為だろうな」


 彼の疑念に、カリストが応える。


 特に一で以って千を討つ、という今回の作戦方針に、ドゥルスという強靭な種は非常に合致したものではあるが、敵方がその王を標榜する以上、戦力として見積もることは出来なくなる。単純に強力な戦力が使えないというだけでも痛手だ。


「また、国によっては被差別的に扱われている為、そういった人員を傘下に招こうとしている可能性はある」

「特に日王国では、その傾向が強いと聞きますね」

「なるほど」

「……力、知恵、いずれにつけ強さに重きを置く火王国では、祝福の子として尊ばれておりましたがっ!」


 見学が終わったのか、軽い落下音と共にジェインもそうと応じる。


「シン殿におかれましては、何か懸念がおありですかっ?」

「どちらかというと、抱ける懸念がそれくらいではあるんですよね。何しろこの世界にきて、まだ二日目ではありますし」

「……暇も忙しもないこと、申し訳なく思っています」

「別に不満があるわけではないですよ?」


 俯きがちに言うエウロパに、彼は大仰に手を振った。


「巧遅より拙速、という言葉もありますし、何より時間制限が相手方からの提示ですからね。当てに仕切るのも問題です。時間は想像以上にないと見たほうがよいでしょうし」

「同感です」

「ただ……昨日の僕の『お披露目』は、確実に『動き』として捉えられたはずです」


 各地の上空にに映像投影などという芸当ができた以上、何かしらの探知手段があってもおかしくない。

 そしてそうであれば、昨日の騒ぎも既知のものとなるはずだ。


「もっと秘密裏に行うべきだったのでは? そもそも召喚に失敗していたら、どうするつもりだったのです?」

「……その場合には、陛下自らが『召喚』されるおつもりでした」


 思いがけない答えに、シンは両眉を上げた。


「あれは、必要な催事だったんだよ。民衆の内に募る不安と不満には、希望が必要だった」


 第一次行軍は何らの成果も出せず敗退、予告された終末の日は刻々と迫る。

 先の見えない鬱屈とした日々に、民の不満は爆発寸前だった。

 目に見える光明が、必要だったのだ。


「そういう意味では、大分上手い事してくれたよ、君は」


 愉快そうに、カリストは言う。


「そもそも異界からの召喚という、大規模なマナの変動は隠しきれるものではありません。召喚という事実を伏せたとしても、こちらが動きを見せた、という事実は筒抜けでしょうね」


 それを押してでも希望の演出が必要なほど、民衆心理はひっ迫していたということだ。

 無理からぬ、ことではあるが。


「……そこまでのお考えがあるのであれば、僕が口をはさむ余地はないですね」

「常に臨戦の心構えであれば、不測の事態などありはしませんっ!」


 右手を胸に当て、気を吐く特務騎士のその様は、頼もしい限りであった。


***


 ブラックウィドウが急加速する。

 既に街道を完全に離れ、まばらに木々の繁る道無き草原での走行でも碌に振動すらなかったのに、突然のことだった。


「ギニース?」


 座席に押し付けられる感覚に顔を顰めながら、カリストが声をかける。


「警戒警報」


 彼女がそう告げてから一瞬遅れ、耳障りな音と共に車内灯が赤く発光した。


「探知機に召喚反応多数あり! 数、およそ800!」


 ギニースの隣で、地図と報告書を引っ切り無しに確認していたイオが、それを放り出して計器に取り付きそう報告する。

 エウロパは慌てて窓から外を確認した。

 車両前方ではなく後方から、円形魔法陣を幾重にも重ねた、柱状の光芒が林立するのが見える。

 そしてその光を突き破り、禍々しい白い素体……呪痕兵が姿を現した。

 およそ人体では成し得ぬ素早さで、それらは猛然とブラックウィドウを追走する。


「張られて、いた」

「数は想定内ですが、場所は想定外です……! 会敵地点まで、まだ丸一日ある想定だったのに!」

「動きを見せすぎましたかね」


 歯噛みする彼女に、シンはそう呟いた。

 やや時間をおいて、今度は前方に、無数の光の柱が立ち上がる。


「ギニースさん、速度を上げて! 頭を押さえる!」


 シンの言葉に、彼女はブラックウィドウを更に加速させる。

 それとほぼ同時、衝撃に車両が揺れた。

 横手の魔法陣より召喚された呪痕兵が、弾けた発条の様な挙動で左右の窓に張り付いたのだ。

 窓枠を両腕で押さえ、それを突き破るべく頭部を打ち付ける。

 打ち付けようとしたところで、それらは突如として地面に叩きつけられた。

 なす術もなく車両後方へと転がり、追走する数体の呪痕兵を巻き込んでいく。

 それに追い打ちをかけるように、光の矢が車体上部から打ち込まれた。


「あんな兵装積んでたか、ギニース?!」

「わたしじゃ、ない」


 カリストの問いかけを、運転手は否定する。

 想定外の様相を呈しているが、彼女のすることは変わらない。


「……」


 小さな呟きと共にギニースの全身から翠緑の光が迸り、それが車体へと駆け巡った。

 再び車両に取り付こうとする呪痕兵の手を、今度はあっさりと振り切るほどに加速する。

 前方の魔法陣から呪痕兵が結実する前に、その全てを置き去りにしたのだ。乗員にそれと感じさせることすらなく。


「なんだ……?」

「ギニースの魔法です」


 車内に脈打ち奔る翠緑の光を見やりながらの呟きに、エウロパが答えた。

「『機操展改(ザ・マニュピレーター)』……彼女の操縦、あるいは操作する機体の性能を向上させます。一般的な車両であれば足回りや速度、加速性能が、ドローンであれば機動性が……そして武装車両であれば」

「標準」


 ギニースの呟きと共に、車両後部の機銃が火を噴く。

 転倒し、また謎の光の矢を受けていた一団は、只の一発の銃弾でひとたまりもなく爆散した。


「とんでもないな……」


 目の前の光景にシンは目を見開くも、当然ながら今の射撃で倒せたのはほんの一部、他無傷の人形たちは一切の動揺なく、ただ機械的に追跡を続ける。


「振り切らないで、ギニース! ここで全滅せないと!」

「何か解析できたか?」

「魔法陣の術式……というか術式の識別子に第一次、が冠されているのを確認しました。ここから先、複数の防衛線があるのは間違いないです。間隔は判りませんが……」

「挟撃は上手くないな」

「はい」


 姉二人の会話を後ろに聞きながら、ギニースは愚直に最短距離で間合いを詰めようとする呪痕兵たちに、銃弾を雨と降らせた。

 先ほどの威力を鑑みれば明らかに過剰な弾幕であるし、高速で追跡してくる相手への迎撃射撃である。

 避けるどころか、その素振りすら取ることは出来ないだろう。

 相手が只の人間であれば。

 先頭の数体に風穴を開けることには成功するものの、後続は左右に分かれ、あろうことか回避行動をとって見せる。


 また地を駆けるものだけではなく、飛翔する個体すら現れた。足裏、腰部、肩部から噴出する炎で、空へと浮かび上がる。

 ……上がろうとした呪痕兵へ、光の矢が突き刺さった。


「あれは何なんだ、さっきから。ブラックウィドウの装備ではないとすると……」

「あ、あれは小生ですっ!」


 カリストの疑念に手を上げて応えるのはジェインだ。

 あげられた右の手には、大弓が握られている。

 反対の手は、何やら独特な律動を刻んでいた。


「小生を屋上に三名ほど配置しましたっ! お気になさらずっ!」


 面妖なことを言ってくるが、内容を問い質す暇は、今はなかった。その間にも呪痕兵の群れは接近しつつあるし、光の矢は飛び交っている。


「イオ姉さん、火器管制を、お願い」


 人間離れした、動きの読めない呪痕兵に自動標準での射撃では効率が悪いと判断し、ギニースはこと武器の取り扱いには全幅の信頼を置く『武芸百般』にそれを委ねた。


「はーいよっと!」


 言うや否や、イオは操作盤の一部を開き、専用の銃把と眼鏡型の出力装置を装着する。


「カリスト姉さん、鳥を。上を、取られたく、ない」

「わかった」


 カリストは、袖口から糸を引き抜いた。

 極細いそれを慣れた手つきで折り曲げていく。

 瞬く間に、彼女の背丈ほどもある、猛禽を思わせる鳥獣の輪郭……針金細工が作られた。

 一度に十数体生み出されたそれらは、まるで生きているかのように羽ばたき出す。


「ええ?」

「『不可(ウィアード・)糸技(ワイヤー・ワークス)』……行け」


 彼女の言葉に応じて輪郭だけの鳥達が空に舞った。

 天窓をすり抜け、それらは飛翔する。

 大きく左右に分かれ、挟み込むように呪痕兵たちの只中に飛び込んでいった。

 爪を擬した針金細工の一撃は、強烈な握力で呪痕兵の素体を掴み、砕く。

 羽ばたく翼に打ち据えられた脚部は両断され、嘴からの突進が腹部に大穴を開けていく。

 そしてその隙間だらけの胴体をすり抜けて、ブラックウィドウからの銃弾が呪痕兵の集団を蹂躙していった。

 針金細工の猛禽たちにけん制されているということもあるだろうが、旋回式機銃の精度が尋常ではない。

 一射必中の様相で、滑らかに標準が合わされてく。


「押し切れる……?」


 エウロパのその呟きは、さすがに甘いようだった。

 呪痕兵たちが一斉に片腕を上げ、ブラックウィドウに狙いを定めた。

 その手首が外れ、歪な拳は炎を噴出して装甲車両に突撃してくる。

 機銃掃射が、その物騒な飛翔体を次々と打ち落とし……その全てが爆散し、噴煙をまき散らす。

 互いに高速移動しているため、視界の阻害は一瞬だったが、イオは煙幕めがけて容赦なく銃弾を叩き込んだ。

 露わになるのは風穴だらけの人形たち……ではなかった。

 失われた手首の先から赤い光の力場を形成し、それが銃弾を受け止めている。

 恐らく2、3発も命中すれば破壊できるだろう。

 だがそれを察してか、4体の呪痕兵が集まり、それぞれ左右の腕を合わせ、力場を合成させた。一際強く、力場が赤く輝く。


 それならばと、一塊となったそれらの背面を狙い、針金の鳥が回りこもうとする。

 だが空いた背面を庇う様に、別の4機が張り付き、人形らしい挙動で、ぎりぎりと首と腕を回転させ、背面に向けて同様の力場を発生させる。

 空いた逆手は、細かな立方体へと分解され、次の瞬間長大な刃状に再構成された。

 一直線に飛来する隙間だらけの猛禽を、白の剣閃が切り払う。


 最前線を走る呪痕兵たちは同様に壁となり、銃弾の雨から後続を防御、その間に後続は両腕を変形させて砲口とし、お返しとばかりに赤い光の弾丸を発射した。

 操舵装置を操作し、ギニースは回避行動を取る。急激な切り替えしにも拘らず、乗員への負担は殆どない。


「浅知恵!」


 砲口を下方に向け、放たれた銃弾は呪痕兵たちの膝を、脛を、甲を砕く。

 数体の機体が転倒するが、歩調の乱れこそあれ、巻き込まれるものはいない。明らかに反応の精度が上がっていた。力場を上下へと分離し、足元への銃撃と『ジェイン』からの射撃に対応してくる。

 撃破の速度が遅れる

 ブラックウィドウを囲むべく、後続の呪痕兵たちは速度を上げ、包囲の輪を押し上げていった。


「『世界(ワールド・ワイド・)断糸(ワイヤード)』」


 カリストが、指を蠢かせた。

 途端、前線を走る呪痕兵たちの首が飛ぶ。

 彼女の指から延びる極細の鋼糸が、窓枠の隙間を伝い伸び、防御をすり抜け切り飛ばしたのだ。

 一斉に力を失い、崩れ落ちるも、後続は狼狽えることもなく飛び退る。ある種の恐怖映像と言えた。


「……来たれ、『悪鬼螺鈿の偽腕』」


 シンの言葉に、車内に影が差す。

 それが明るくなると同時に、跳躍していた呪痕兵が一斉に吹き飛ばされた。

 窓の外を見れば、宙に浮かぶのは巨人の腕とでも言うべきもの。

 漆の如く黒光りする、ブラックウィドウの全長にも匹敵するほどの、二の腕まである巨大な手甲。

 黄金と、虹の如く煌めく螺鈿に縁取られたそれが一帯を振り払ったのだ。

 それを免れた呪痕兵たちに、動揺はやはりない。

 腕を上げ、光の弾丸を照射する。


「避けなくていい」


 ギニースにそう声をかけ、シンは右手と左手を組んだ。

 巨大な偽腕もそれに倣い、ブラックウィドウの後部を包むように手を合わせる。

 着弾する光の驟雨。

 黒き偽腕の表面を多少削るものの、決定打には程遠い。


「これくらいあればいい? 『天網恢恢』、『武芸百般』?」


 僅かに顔を顰めつつ、組んだ指を少しばかり広げ、隙間を作る。

 挑発的な物言いに、カリストははにやりと口の端を上げ、イオは、


「まーかせたまえよ!」


 当然とばかりに、叫ぶ。

 彼の手と同様に開いた偽腕の隙間から、射撃体勢の呪痕兵達を銃弾が狙い撃ち、鋼糸が切り裂く。

 再び防御陣を組もうとするも、漆黒の腕がそうはさせじとそれを叩き払った。大雑把な動きなれど、その大きさと重さから振るわれる一撃は、受けきることができるほど生易しいものではない。

 かくして。

 800の命無き先兵達は、地に沈んだ。


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