第四十九話 理念をぶつけて
『『七曜』が『土』のドートート・トールートだ……糾弾とは、また物騒なことだね、ギニース君。我々は初対面だと思うのだが』
緑光を放つ緋緋色甲冑、その搭乗者にドートートは大仰に言う。
『……するつもりだった、って言った? ギニちゃん』
『そう』
『糾弾する、じゃないんだ。あんだけドーさんの設計理念に、文句言ってたのに』
言ってマリエンネは、ちらりとドートートの、土の巨人の様子を伺った。
『私が、というか、マリーさん以外が、これに、乗っている、ことに、彼は、動揺していた、から』
『……だから、なんだと?』
『良心の、呵責が、ある』
『……』
挑発するように言う彼の言葉、それへのギニースの返しに、彼は沈黙する。
『だから、聞きたい。だからこそ、聞きたい。それが、あるのなら、何故、と』
『……』
彼は、答えなかった。
『貴方の、技術は、早すぎる。生き、急ぎ、過ぎている。人を、機械の、部品と、しかねない、行き過ぎた、技術』
『……』
彼は、答えなかった。
『そうでなく、出来るはず、なのに。もっと、優しい、もっと、健やかに。病む無く、明るい、ものとして、貴方は、出来る、筈なのに!』
『……』
彼は、答えなかった。
『何故!』
『……これは、糾弾ではないのかね?』
熱に溢れる彼女の言葉に、ドートートは、絞り出すように言う。
『ドーさん、知らないの』
ようやくの返答に、マリエンネは賢しらに高説を垂れた。
『これは、義憤っていうんだよ』
『……ジェインさんが、言っていた。大いなる、力には、大いなる、責任が、伴うと。貴方の、それは、正に、大いなる、力』
『俺が、責任を全うしていないと』
『マコトさんが、言っていた。お天道様が、見てると。自分の、何時、如何なる時の、全ての、行いを、誇れるようにあれと』
『俺が、己の行いを、恥じていると』
『ドーさん』
繰り返す彼に、言い聞かせる様に言う、彼に。
咎めるでもなく、マリエンネは呼びかけた。
『マリエンネ』
『うん』
『俺は、非道を行った』
『うん』
『ギニース女史の駆るそれは、聖痕を持つお前ですら、廃人となりかねん代物だった』
『そうらしいね。あたしがすごかったから、大丈夫だったみたいだけど』
お道化た調子で言う彼女に、ほんの少し、ドートートは笑ったようだった。
『だがこれを、無責任な行為であるとも、恥ずべき行為とも、俺は思っていない』
『……そういうことに、しておこうか。じゃあ、それは何でなの』
『時間が、ないからだ』
『何の時間?』
『世界の時間。……そしてあの方の、時間が。時間は残酷すぎる。偉大なるあの方と、凡人たる我ら、いずれにも平等に流れてしまうのだから!』
何への怒りか、彼は声を荒らげる。
『足りない! すべてが遅すぎる! 人は怠惰で低きに流れ、歩みは遅く、緩慢だ! 時は止まらず、なれども道は、行かねばならん! そして俺は! あの方の行く艱難辛苦の茨の道の、ありとあらゆる障害を! 叩いて潰して平にする! その為に我が両腕の聖痕を、拝領したのだ! だからぁ!』
その言葉と同時に、土くれの巨人が急変した。
大地を吸い上げ、何かに狙いを定めたかのように急速に伸びあがっていく。
虚空を、土石の槍が貫いた。
「ちっ?! 何故……!」
それに右足を取られ、思わず声を上げたのは、マコトだ。
上空で『隠身歩通』にて姿を隠しつつ、爆撃の頃合いを見計らっていたのだが、その目算は崩された。
『隠密術でも行使していたのか少年! だが甘いな、我が『ビヒモス』の全方位波動探知機構の前では無意味な技よ!』
「機械探知か!」
ドートートの言葉に、彼は歯噛みする。
生物の五感に干渉をする『隠身歩通』は、機械経由での監視には働かない。
なまじパメラの分体に有効だったための、油断だった。
囚われた右足に、強烈な圧力がかかる。
数瞬で圧壊する、そんな危機を救ったのはカリストの鋼糸だ。
ブラックウィドウより放たれた長距離斬撃により、伸び上がった部分が切断される。
その後を追う『不可糸技』の鳥獣たちが、土石の接合を阻もうと体当たりを敢行している。
緩んだ地盤を左足で蹴り上げ、マコトは拘束から脱した。
だがただでは逃さぬと、伸び上がった土の巨人は彼を地に叩きつけるべく、お辞儀でもするかのように伸長部位を振り下ろす。
それに押され、マコトの体は錐もみしながら、そう遠くはない地面へと落下していった。
『移風同道』で風を蹴る暇はない。
「来たれ『六夢鏡協の傅符』!」
あらゆる衝撃を吸収し零とし、それを白い凝集光へと変ずる鏡面体を、咄嗟に落下地点に敷設した。
猛烈な勢いで落着するも、その身に衝撃は無い。
即座に体を側面に転がし、そして『六夢教協の傅府』が土の巨人へ凝集光の反撃を放った。
だが、熱と指向性を伴った一撃は、その表面を焼くに留まる。
そして雨の様に降り注ぐ大小の土石を躱しながら、マコトは再び空へと駆けあがった。
「火刃炎製!」
一拍遅れて、マリエンネが動く。
生み出した炎の剣で、巨人の首を落とさんと横薙ぎに振るおうとした。
『混沌領域『大いなる世界』、進展拡張『傅く害悪』』
「んあ?!」
ドートートの言葉と同時に、空を舞う彼女の体が落ちる。
平衡を崩すも、何とか空中で体勢を整えるべく身を捩った。
だが墜落こそ回避したものの、
「重い! なにこれ!』
矮躯にかかる重圧に、最早飛行はままならず、着陸するのが精いっぱいだった。
だが着地予定の地面が蠢き崩れて、泥濘へと変じる。
そしてそれは、マリエンネの半身が没すると同時に硬さを取り戻し、その身を拘束した。
「ちょっとー! なにこれー! ていうか重い! 体が重い!」
『領域の変更をしただけだ、マリエンネ。お前はそこで見ているが良い』
「なによそれ! 混沌領域って、そんなにほいほい変えるようなもんじゃないでしょ!」
『俺からすれば、応変しないという考えがわからん』
そう言い捨て、彼は同じく落ちたであろう緋緋色甲冑を探す……
猛烈な熱風が頭上より照射され、背の土くれが吹き飛ばされた。
押されるように、体勢が崩れる。
『何だと?!』
探査機能は、緋緋色甲冑が未だ空中にあるを示していた。
『馬鹿な、何故墜ちない?』
『迂闊なのは、貴方』
言いつつギニースは、脊髄の様に伸びる石の尖塔へ蹴りを放つ。
そうはさせじと土の巨人……『ビヒモス』は大地を吸い上げ、その身を更に巨大にしていく。
『『大いなる世界』、自重で、潰れず、稼働で、崩れず。『傅く害悪』、貴方の被造物、以外への、加重。違う?』
『……貴様は』
『こんな、混沌領域前提の、兵器。予め、用意なんて、出来る、はずがない。だからこそ、後付け、出来るだけの、余裕がある』
『……』
そして彼女は、緋緋色甲冑の胸元を叩いた。
『これも、貴方の、被造物。流石に、自分を、仮想敵とは、想定して、いなかったのね』
『……その、ようだな。俺としたことが』
そう、ドートートの混沌領域『大いなる世界』は、『如何なる大質量の物体であっても自壊しない』という大方針があり、状況に応じて効能を追加するというものだった。
彼女の言う通り、こんな馬鹿げた法則を前提とした兵装を、備えた手合いなどいるはずがない。故に恩恵を受けるものを縛る必要がなかった。
そして空いた処理能力で、『現場の対応』を行うのだ。
『だがそれでも、俺の有利は動かん!』
そう気炎を吐き、ドートートが、『ビヒモス』が、動く。




