第四十八話 面影を見て頭を振って
ギニースの駆る緋緋色甲冑が宙を舞うと同時に、ブラックウィドウ内部に無数の映像窓が浮かび上がる。
その何れにも、破壊された呪痕兵が映し出されていた。
彼女曰く、受信機の数を減らし、機体自身の処理能力を向上し、搭乗者の負担を低減する改造を施したとのこと。
その上で、この仕事の速さである。
彼女が危惧していたことを肌で感じつつ、エウロパはそれらを、流れるように確認していく。
「姉様」
ややあって、彼女はカリストに視線をやった。
彼女は頷き、通信機を立ち上げる。
「ヘルムート殿」
『おう、何だ?』
「城壁からこちらに、手を振ってもらえるだろうか」
『……念の為に聞くが……大事なことか?』
「無論だ」
胡乱げに問うてくる彼に、彼女は大真面目に答えた。
『……少し待て』
それに応じて、エウロパは天窓から屋上へと上がる。
強風に靡く白頭巾を押さえ、彼女は前方を見やった。
暫くして、何やら棒切れを振る、全体的に緑色をした人影が城壁上に現れる。
『おーい、これでいいかー?』
少し遅れて、通信機からそんな声が響いた。
それを背に受け、エウロパはその人物の足元、城壁の石材を標的に、出力を極度に抑えた『引き寄せ』を行使する。
本来ならば彼女の手元に現れる筈の石材だが、低出力での行使によりそれが叶わず。
逆にエウロパが石材の元に、城壁の元に『引き寄せ』られることとなった。
対象が視界内にあることが前提の、裏技のような使用方法である。
「うおっ?!」
突如として目の前に現れた白い外套の少女に彼、ヘルムートは思わず身を仰け反らせた。
「突然の訪問、失礼します。私はエウロパ・カリエイン。貴方様がヘルムート様で間違いございませんか?」
冷静な挨拶に、彼の驚愕は一時のものとなった。
「ああ、相違ない。あんたがあの戦闘車両からの使者……!」
だかヘルムートは、また別種の驚愕を感じることとなる。
半端な所で途切れた言葉を怪訝に思うも、エウロパの暗緑の瞳が目の前の青年の表情を確認するや、得心したように頷いた。
「……似ていますか?」
言いつつ彼女は、頭部を覆う白い頭巾を後ろに外した。
彼女の金色の髪が露になる。その色は天頂に行くにつれ、白けたものとなっていくようだった。
「……マコトに言われたのか?」
そう問う彼に、彼女はただ、微笑んだ。
「いや、今はそれどころじゃないな」
「はい、その通りですね。ご所望のもの、この辺に積んで宜しいでしょうか」
雑念を落とすように頭を振って言うヘルムートにエウロパは頷き、かつては何か物資が積まれていたであろう敷物を指差す。
「そりゃ構わんが……手ぶらに見えるが?」
彼の疑念に応えるように、彼女は手にした杖で石の床を突いた。
光と共に現れるのは、積み上がる、呪痕兵の大小の残骸の山。
「すごいな。あんた……エウロパさん、空間魔法の使い手か。だからさっき、あんな登場の仕方をしたんだな」
「これで、足りますでしょうか」
曖昧に笑うエウロパに、彼は薄紅色の瞳を細めて頷く。
そしてヘルムートは、左手に握っていた鈍色の果実を天に掲げた。
それと同時に、残骸の山を中心に金色の方陣が浮かび上がる。
宮廷魔術師たる彼女も見たことがないそれは、何を意図したものか即座に判ずることは出来なかった。
だか目の前で、呪痕兵の色が褪せていくのは解る。
純白に禍々しい朱の呪痕が奔るそれが、彼の掲げる果実の色に、鉛の色に変じていった。
「これは……?」
「錬金術って、知ってるかい?」
「……はい。主に、薬学の一流派として扱われている学問ですね」
「主じゃないのは?」
「詐欺の代名詞です」
その言葉に、ヘルムートは笑声を上げた。
「手厳しいね。だがまあ、そんなもんだろう。錬金術は等価交換、なんて言われちゃいるが、あくまで錬金術の観点からの等価交換だからな。経済的に見りゃ、およそ受け付けられんだろ」
例えば、と彼は続ける。
「金を作るのが錬金術の命題の一つだが、それを作ろうとした場合、どれ位の量の銀が必要になるか、分かるか?」
「……作ろうとする金の量の、十倍くらいでしょうか」
「残念、二万倍だ」
文字通りのけた外れの量に、エウロパは目を丸くした。
「だからまあ、真性の錬金術師が詐欺師扱いされるのも、むべなるかなって奴だ」
錬金術的見地から等価であったとしても、経済的見地からすれば非効率の極みでしかない。
そしてその言葉が締めであったかのように、山と積まれた呪痕兵の残骸は、すべてが鈍色へと成り果てる。
「よし」
それと入れ替わる様に、ヘルムートの手にした果実模型は眩い黄金の輝きを宿していた。
「結局これは、何を為されたのですか?」
彼の手元をしげしげと見やり、エウロパはそう疑問を呈する。
「『価値無き物』を『価値有る物』に成り上げるのが錬金術なら、その逆もあるってこった。『価値有る物』を『価値無き物』に成り下げ、その差分を己のものとする。あらゆるものを最底辺たる鉛に変じる、言うなれば錬鉛術士って奴だな、俺は」
「そういうことですか……」
納得したとばかりに、彼女は頷く。
「さ、俺はこれで負傷者を治療してくる。それが終わったら……大物狩りだな」
「あ、少々お待ちを」
駆け出そうとするヘルムートを呼び止め、彼女は指先から金色の鎖を生み出した。
振り向く彼の胸元に、それは沈んでいく。
「……これは?」
『こういうことです』
耳からではなく脳裏に、目の前の金色に髪を染めた少女の声が響いた。
驚きに目を見開く彼の内に、声は続く。
『貴方にお声がけたい方が、他にもいらっしゃいますから』
『それは……』
『ヘルムートさん』
『ヘルムート様』
義弟予定の少年と、家付の侍女の声。
『……おう、久しぶりだな。ちょっと待ってろ直ぐに行く』
それに応えて、彼は改めて詰め所を抜け、駆け出した。




