第四十六話 打開を目指して
焦燥と共に、マコトは『断界剣』を振り上げる。
ブラックウィドウへと投擲される土石の塊を阻もうと、それを振り下ろすが……
間に合わない!
彼がそう判じる数瞬前、城壁上空に巨大な黄金の正三角形が浮かび上がった。
正確には無数の光点が集まり、それを形作っていた。
そしてそれは、正に光の如き速度で、一瞬にしてブラックウィドウに迫る泥塊を射貫き、分解する。
美しくも物騒な光景。
そして懐かしい、光。
見覚えのあるそれに、マコトは息を呑んだ。
咄嗟にライムへと声をかけようとするが、今はそれどころではないと思い直す。
大味過ぎる『断界剣』だけでは決時間稼ぎも難しいと判断し、彼は『不可糸技』達を引き連れ、土塊の巨人へと進行を開始した。
「……来たれ『ジニアス』」
空を駆けながらやや逡巡し、天才とは名ばかりの、馬鹿げた口径の携帯型対物機関砲呼び出す。
彼の身の丈のほどはある銃身を、一射毎に交換しなければならないという構造だが、ほぼ反動は無くその一撃は山をも崩すいう化け物じみた武器だった。
空にて嘲笑する魔王、イカタ・イスカンディアを撃ち落とした異界の銃であり、あの土塊の巨人ならば、掠めただけでも半分は吹き飛ばせるだろう。
問題はその法外な威力であり、都市を背にした標的を狙うわけにはいかない。
やや南側へと回り込むように進路を変えつつ、位置を調整する。
滑るように地に降り立ち、マコトは『ジニアス』を構えた。
急所は不明だが、当たれば吹き飛ぶ確信がある。
彼はそれの胴中央を狙い、引き金を引いた。
旋回加速された弾丸が、真っ赤な光となって放たれる。
『断界剣』とは全く異なる速度で飛翔する弾丸を、まともに回避するのは不可能だし、多少土を盛ったところで凌げる様な生易しい威力でもない。
さあ、どう出る?
試すように見るマコトの前で、弾丸が当たるまでもなく、巨人は崩れ去った。
「は?」
一瞬にして崩壊し、ただの土石の山となり、その麓には石造りの尖塔が転がる。
そして白く輝く人型の何かが。
その上空を『ジニアス』の弾丸が通り過ぎていった。
小山の頂上を多少揺るがして、それは彼方へと飛んでいく。
それを見届けると、再び土石の山が一帯を取り込み、人の形を取り戻した。
巨大な敵に対して特効の武具を使っているにもかかわらず、未だに決定打がない。
埒が開かない。
マコトは歯噛みすると、ブラックウィドウへと念話を飛ばした。
『エウロパさん、ちょっと派手にやるから注意を』
***
カリスト達が通信機でなにやら通話しているのを余所に、マリエンネは床に横たえられたギニースへと近づく。
己より頭二つは高い長身痩躯を何とか抱え、前抱きにして座席に着いた。
「マリエンネさん?」
「マナ欠乏症でしょ。マナのことなら、あたしがいれば大抵何とかなるよ」
色眼鏡をちょいと額に上げ、彼女はエウロパに笑いかけた。
マナ欠乏症とはその名の通り、本来存在の維持に使われるべきマナが不足することによって発症する病、というよりも生理的な現象だ。
存在そのものの維持のため、能動的な行動が一切行えなくなる……要は昏倒してしまう。
治療方法は、自身の生み出すマナによる解消か、或いは外部からのマナの供給のみ。
マリエンネの全身が燃えるような橙色の、彼女のマナの色を立ち上らせる。
それは中空に塊として滞留し、砕けるように、解けるように、色を失っていった。
陽炎の様な揺らぎとなった純粋なるマナが、ギニースの体へと注がれていく。
他者へのマナの譲渡。
理論上は可能だが、現実的には難しい。
生み出したマナは本来、生み出したものを存在させるために使われる。
言わば己に最適化した『色付き』のマナだ。
他者へそれを譲渡するためには、何物でもない色無きマナとしなければならない。
そしてその蒸留過程で、九割がたのマナは失われる極めて非効率的なものであった。
だか、聖痕から無限にマナの供給を受けるマリエンネならば、その非効率を無視できる。
「……聖痕からの色無きマナを、直接供給はできませんか」
「それは出来ないんだよね。聖痕からのマナは、あたし自身のものにしてからでないと、使用できないの。正直緩い条件だと思うけど、これが聖痕から供給されるマナの代償なんだろうね」
言って彼女は、ギニースの頭を撫でた。
浅く早かった呼気は落ち着いたものとなり、青ざめていた顔色も赤みを帯びる。
ひと段落と、マリエンネは溜息を吐いた。
「意識が戻れば、あとは大丈夫でしょ。それまでは、後ろで寝かせといてあげて」
言って彼女は立ち上がる。
「マリエンネさんは?」
「ちょっと、ドーさんと『お話』してくるわ」
「……気を付けてね」
エウロパの言葉に、マリエンネはにっと口の端を持ち上げた。
そして彼女が、天窓を開けようとするのと同時に、マコトからの念話が響いた。
『エウロパさん、ちょっと派手にやるから注意を』
***
『ライム? ライムか?! 我が妹の付き人の? 『無何有』のライム?』
「その呼び方はお止め下さいと何度申し上げれば!」
「どのような意味がっ?」
よくわからない二つ名で呼ぶ『ヘルムート』の言葉に、ジェインが疑問を呈す。
「……私めの『左手』で触れたものが何処かへ消える為、マコト様が、天国に行ったんだろうなどとおっしゃった為、ヘルムート様まで面白がってこのような……」
「マコト殿の発案でしたかっ!」
『……お前が自分から『手』の事を口に出すとは……ん? ちょっと待て。少年はマコトを知っているのか?』
「失礼、口をはさんでしまいましたっ! 知っているも何も、今巨大な剣を振り回していたのがマコト殿ですっ!」
『はあ?! マコトまでいるのか? じゃあここがチキュウのニホンか? 聞いてた所と大分違うが……』
「……その話は追々。今は目下の危険への対処を」
『おっと、そうだな』
カリストの冷静な物言いに、ヘルムートも我に返ったようだ。
『正直、こちらの設備であれに突っ込まれたらどうしようもない。城壁の外で仕留めるしかないな……ものは相談なんだが』
改まって、彼は言う。
『そこら辺に散らばってる、呪痕兵を集めてこっちに届けちゃくれまいか。あればあるほどいいんだが……』
「修理して戦力とするつもりか? 流石に迂遠では」
先のギニースの手腕を思い出すも、カリストはそう指摘した。
『いや、そうじゃない。ライム』
「呪痕兵に、それほどの『価値』が?」
『ああ』
「……承知致しました。カリスト様、何とかご協力いただけませんでしょうか」
言われて彼女は思案するも、何か確信のある二人の言葉に、ややあって首肯した。
「……わかった。片手間になるが、私の針金細工達で届けさせよう」
『助かる。こっちはこっちでしばらくはなんとかする。……頼むぜ。通信終わり』
通話が途切れ、車内が一瞬静まり返る。
カリストが口を開こうとしたところで、マコトからの念話が響いた。
『エウロパさん、ちょっと派手にやるから注意を』




