第四十五話 金の光が煌めいて
「僕は一旦、ここで下車します。注意は引いただろうし、牽制するから、北側に陣取ってくたさい」
「いくら何でも、単独行動は危険ではないですか? あれだけでなく、呪痕兵の召喚式もあります。恐らく都市内も防衛線内のはず、いつ出現するか……」
「『不可糸技』を護衛につける。好きに使え」
エウロパの懸念に、カリストは予め用意していたらしい針金細工たちを取り出し、それらに生命を吹き込む。
数十の鳥獣と牙獣が、声なく嘶いた。
「助かります。では」
天窓を開け、マコトは空を足場に外へと飛び出す。
それに続く、針金細工達。
「私めらは……」
「マコトの言う通り北側を押さえよう。東側は都市の防衛部隊便りだな、我々が入るわけにもいかん」
「それよりもドーさん、どっちに向かうかな。マコっちゃん、流石に気を引きすぎたんじゃない?」
マコトの『断界剣』を回避した土石の巨人は、どちらを標的とするか迷うかのように佇んでいたが、元凶が車両を離れるのを見、標的を彼に定めたようだった。
「イオ姉さん、使って」
「え、いいの?」
姉の確認に、ギニースは頷く。
喜色満面にイオは操作盤を叩いた。
それに応じ、車両後部の屋上部分が開き、何かがせり出す。
「地対地集束式爆裂飛翔体、発射!」
実に楽しそうに、彼女は真っ赤な釦を人差し指で押した。
腹に響く音をたて、流線形の物体が飛び立つ。
それは、捕捉した異形の巨体の目掛けて高速で飛翔した。
目標の頭上に到達するとそれは炸裂し、無数の榴弾へと分裂した。
巨人の周囲に物騒な雨と降るそれらが、一斉に炸裂する。
だか爆発の直前、巨人の体が膨れ上がった。
同時にその足元の地面が、急速に抉れていく。
「周囲の大地を取り込んでいる?」
エウロパの呟きと共に、肥大化した土石の塊を爆裂する光が穿つが、それはその表面を削るのみだった。
寧ろ体積と歪さを増し、泥の巨像は悠然と屹立している。
「うわー、腹立つ! 二発しかない取って置きだったのに!」
「だが、気は引けたようだぞ」
否応なしに足を止めさせられたのが気に入らなかったのか、巨人の頭部がブラックウィドウへと向けられた。
そしてそれが、こちら目掛けて手を振りかぶる。
切り離された巨大な泥玉が、砲弾のように放たれた。
それは一発のみならず、忙しなく腕を振り、山なりに一直線にと、ブラックウィドウの進行を遮る様な軌道で立て続けに放られる。
ギニースは物言わず、回避走行しながらも『きそうてんかい』で更なる加速を試みた。
「っ!」
だが突如として奔る頭痛に、彼女の顔が歪んだ。
そして今まで感じた事がないような揺れが、車内を襲う。
「ギニースちゃん?!」
「だい、じょうぶ」
イオの言葉にそうとだけ返し、彼女は傍らの水筒の中身を呷った。
「マナの欠乏か……! 済まないギニース」
連日時短の為、思えば相当な強行軍を強いていた。
その負荷が表に出たとて、全く不思議な事ではない。
それが、最悪な状況で露となってしまった。
間断なく続く頭痛に顔を歪めながらも、ギニースは必死にブラックウィドウを制御する。
『マコトさん!』
『どうしたんだ? 動きがおかしい』
『ギニースに無理をさせ過ぎた。デカブツをしばらく、お前で何とかしてくれ』
『了解!』
無茶ぶり以外の何物でもないカリストの言葉に、彼は即答した。
「これだから……」
エウロパは思わず苦笑する。
念話の終了とほぼ同時に、右側ぎりぎりに着弾した土塊の衝撃に、ブラックウィドウが揺れた。
がたがたと暴れる操舵装置を、ギニースは何とか押さえこもうとする。
しかしそれは、ついに彼女の制御から外れた。
車輪が地面を噛みきれず、滑る。
くるくると回転し、翻弄される車体。
横転こそしのいだものの、ブラックウィドウは完全に停止した。
横に倒れそうになる末妹の体を、イオは咄嗟に抱き留めた。
顔色を青ざめさせたギニースを床に横たえ、彼女はそのまま運転席に飛びつく。
窓の外に視線をやれば、マコトの『断界剣』が再度振り下ろされ。
そして土石の弾丸が、今正にブラックウィドウに降り注がんと……
黄金の輝きに、車外が染まる。
あるべき衝撃は未だになく、ただ『断界剣』が大地に突き刺さる振動だけがあった。
眩しさに手を翳し、それでもイオはブラックウィドウを発進させる。
「状況は?!」
誰とはなしに、彼女はそう問いかけた。
「何かは分かんないけど、前の城壁から金色の光が……」
言いかけたマリエンネの言葉を遮る様に、今度は通信機が着信音を響かせる。
「何だ、木王国からではない……連合軍の共有周波数から?」
眉をひそめながら、カリストは端末を操作した。
『……これで繋がったんだな? わかった、ありがとう。ここはもういいから、あんたも脱出しろ。……あー、聞こえてるか? こちらは西門指揮所だ』
「聞こえている」
聞き覚えの無い声に訝しむも、彼女はそう返答する。
『あのでかいのに襲われてた、黒い車両で間違いないか?』
「間違いない」
『そうか、危なそうだったから手を出しちまったが、余計な世話だったか?』
「先ほどの黄金の光は、貴君のものか。いや、助かった。礼を言う」
『ならよかった。……聞くが、味方ってことで大丈夫だな?』
妙な事を尋ねてくる発信元に、カリストは怪訝と、ややあって納得の表情を浮かべた。
「……この周波数に繋がるのが、その証左だが。名乗りが遅れた。我々は木王国から派遣された部隊だ。察するに、貴君が月王国の異界からの来訪者か」
『話が早いね、おい』
「こちらも、似たような人材を抱えているのでな。……内乱の首謀者と聞いているが」
『耳が痛いね』
カリストの指摘に、男は苦笑する。
「……だが、今は指揮所の通信を握っていると言うことは、事態は終息したと考えても?」
『察しが良いね、惚れちゃいそうだよ。ま、敵の敵は味方ってこった。俺たちがたてこもってる間に呪痕兵とやらが襲撃してきてな、一致団結ってわけだ』
「なるほど」
『今、軍の奴らはここの住民を逃がすことに注力してる。入れ替りで援軍がくるらしいが……』
「もうしばらくすれば日が暮れるぞ。無謀では?」
『あのデカブツのせいで、尻に火が着いちまった。誘導に人を取られて、ここの戦力は俺だけだよ』
「……無謀では?」
『かもしれんがね、顔見知りの英雄が言うんだよ。お天道様が見てるってな』
「……え?」
聞き覚えのある台詞に、彼女は声をあげる。
そして割って入る様に、拘束服姿の少女が通信機の向こうへと声をかけた。
「ヘルムート様?!」
『ん? そうだが……名乗ったか? いや、さっきまでの人と声がちがうか?』
「ヘルムート様!」
安堵と喜色が綯い交ぜとなった言葉が、こぼれ出る。
「私めです、ライムです!」




