第四十四話 巨人の背中に追いついて
「何だあれは……」
前方に見える奇怪な巨影に、カリストは唖然とした声を上げる。
奇妙な地面の痕跡を追ってシャコルナクまで目と鼻の先となった時分、真っ先に目に入ったのは歪な巨人だ。
手足は不気味なほどに長く、胴体部分は厚い。
背に尖塔を背負い、首と頭の形は明確という、恐らく造形の心得がない物が作ったとしか思えない、不出来な泥人形の様だった。
「気持ち悪」
ぼそりと、ギニースが呟く。
「辛辣……まあ分かるけど」
助手席のイオが、身も蓋も無い末妹の意見に頷いていた。
「あれが、動いている、という、事実が、嫌」
「言いたい放題! で、どうする? 撃ってもいいの?」
「まず間違いなく敵だと思いますが……ちょっと待ってください」
望遠機能で拡大した映像を、エウロパは自らの前に投影する。
「……呪痕兵による防衛術式が構築されているのを確認しました。標的です。撃って良いでしょう」
「了解。……でも流石に射程外かな、もうちょっと寄せないと」
イオの言葉にギニースは無言で頷き、車両を加速させた。
だが、彼我の差の縮まり具合は、思ったよりも遅い。
「速い。あの、造形で」
不満を隠そうともしない運転手を、助手席の姉はまあまあと宥めた。
「射角調整……発射」
そして溜飲を下げるべく、機銃を調整し、斉射する。
『機操展改』と『武芸百般』によって強化された弾丸は、長距離をものともせず、巨影の背へと命中弾を浴びせた。
どれほどの被害を与えたかは不明だが、それの足が止まり、頭部がこちらへと向けられる。
その様子を確認して、マコトが立ち上がった。
「マコトさん?」
「出会い頭だし、一発かましてみる」
言って彼は、天窓より屋上へと上がる。
そこには既に『ジェイン』が先客としていたが、彼を確認すると、一つ頷き姿を消した。
マコトは右足を一歩前に出し、両腕を振り上げる。
「来たれ『断界剣』」
彼の頭上に、蒼い霊気を立ち昇らせる巨大な剣が構成される。
それは、巨大の一言では筆舌に尽くし難いほどに『巨大』だった。
魔導要塞ガデドラードの城門を破壊した、標的との距離が離れるほどに刀身が伸び、厚みも重さも増すという伸縮自在の魔性の剣が、歪な巨人へと振り下ろされる。
圧倒的な迫力で迫る巨大な刃、それを不出来な土人形は、何の予備動作もなく、横に身を捌いて回避した。
「……は?」
思いもよらない軽い挙動でそれを躱され、マコトは思わず呆気にとられた。
まるで機敏な人間の様な動作。
およそあんな図体の巨人に、為せるような動きではなかった。
振り下ろした『断界剣』を、彼は今度は横薙ぎにする。
その斬撃に合わせて、土人形はそれを飛び跳ね、躱した。
ただのそれであれば、明らかに全身が崩壊するような動きにもかかわらず、何の痛痒もない様子だった。
「……気持ち悪い。吐きそう」
「ギニースちゃん気を確かに?!」
悪夢のような挙動が耐え難かったのか、ギニースが内心どころか内容物すら吐露しそうになる。
「……」
遠距離からの斬撃を諦め、マコトは車内へと戻った。
もともと遠く離れた、動かないけれど堅い物……城や固定砲台など……の破壊に特化した武器である。
あれほどの機動性とあっては、当てることは難しかった。
「何だあの動き……あの巨体で出来ていい動きじゃないだろ」
座席に着くなり、彼は頭を抱える。
「正直、こちらの攻撃は必中だろうと高を括っていたのだが、当てが外れたな」
「……どういう効果かは不明だけど、あれドーさんの混沌領域だね」
色眼鏡を外して、眇める様に前方の巨影を見、マリエンネは言った。
「その、ようですね。私にも確認出来ました」
「ただ、思ったより側脈の密度が低いね。それほど厳密な規則は設定して無さそう」
「どういうことですかっ?」
「混沌領域の設定は、やろうとすることが多かったり複雑だったりすると、それ相応に緻密に側脈を設定しないとダメなんだよ。ドーさんのあれの側脈密度を見るに、かなり単純そうなんだよね。もしかしたら専用設定すらないかも」
「専用設定って……混沌領域の術者にしか、その効果が適用されない、みたいなですか?」
「そう。あたしのなんかはもろにそうだったでしょ」
エウロパの言葉に、彼女は肯定する。
「その、専用設定をしない利点は、何かあるのですか?」
「恐らく処理の簡略化でしょう。魔道具でも、特定の人物にしか使えないようにすると、その分必要な導線が増えますし」
ライムの疑念に、エウロパはそう答えた。
「作業を軽くして、その分の処理能力を他の事に回してるのか……自分の領域に、ただ乗りされるかもしれないのに」
「或いは単純に、マナばっかりあって、それを処理するだけの能力がドーさんにないだけかもしんないけど」
それだとちょっと悲しいなぁ、とマリエンネは独り言ちる。
「それはない。あれは、他人には、意味の無い、行為を、是とする、混沌領域、のはず」
彼女の言葉を、ギニースは言葉少なく否定した。
「……なんでわかんの、ギニちゃん」
「……」
後写鏡に映るギニースの顔が、渋面になる。
「効率と、合理性に、偏重してるから」
「んーと?」
「ちょっと、待って」
いまいち分かりかねているマリエンネに、彼女は思考をまとめ、それを念話に流した。
『情報処理特化型緋緋色甲冑の構造を鑑みるに、この造り手は重度の効率性、合理性への偏重傾向がうかがえる。そしてそれの使い手にも、それ相応の処理能力を想定していると言える。技術が使用者を、機械が人を補助するのではなく、使用者を、人を、技術の、機械の部品と看做した運用を最上と考えているきらいがある。私にしてみれば、それは本末転倒で、私の理念と相反している。技術も機械も、それが特別でなく、すべての人が分け隔てなく恩恵を享受するべきものだと考えている。機械あっての人でなく、人あっての機械であるべき。それを唾棄した設定。それ故この混沌領域は、汎用性の一切ない、自身の効率のみを追求したものであるはず。そうでなければ、それを軽くするはずがない』
「わかった、わかった! よくわかった! ギニちゃんがドーさんの作品の事になると、なんか当たり強い理由もよく分かった!」
「実際、限界実験でもするんでない限り、ギニースさんの哲学に基づいて作った機械の方が、利用者としては絶対にいいよね」
「全くです」
マコトの感想に、エウロパは頷く。
「ただ研究目的としては、アリな考え方だとは思うんだけどな」
『戦争末期の後が無い様な状況ならともかく、最前線でやるべきことではない。後方で試行錯誤すべき』
「わかったってば!」
長くなりそうなギニースの念話を、マリエンネは慌てて遮った。




