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第四十三話 異界の地にて見栄切って

「大将! 北壁門の部隊の矢玉が尽きそうだと!」

「用意してある! あるだけ持っていけ!」


 白けた長めの金髪を一括りにした、大将と呼ばれた青年は大量の籠を指差し、そう指示を出す。


「大将、正規軍の奴らが負傷兵の治療を依頼してきてやがりますが……」

「少し待て! 選別札を先につけさせろ! 色は覚えてるな?!」

「はい! 重度別に赤、黄、緑っすね!」

「上等だ! 行け!」


 忙しなく指示を出しながら、濃い緑色の鎧下にくすんだ同色の金属製部分鎧を身に着けた彼は、手にした果実を模した鈍色の彫刻を、目の前のそれに掲げる。

 それは大破した呪痕兵だった。

 手にしたそれが徐々に金色の光を帯びていく。

 それとは反対に、白の地の呪痕兵の色が、彼の手にしていた彫刻と同様の鈍色に色褪せていった。

 一つ息を吐き満足げにそれを見、しかしすぐさま声を上げる。


「他の鹵獲品はまだか?! 相当数破壊しているはずだろ!」

「それが……倒しても次から次へと湧いてくるもんで、中々回収までは……」

「これ一つで百人単位の負傷者が治療できるし、矢玉も作れる! 正規軍の奴らに言ってやれ! 怪我なら治してやるから何としても回収しろと!」


 立ち上がりながら薄紅色の瞳をぎらつかせ声を張る彼に、男たちは頷く。


「了解しやした! 大将はどちらへ?」

「負傷兵の治療に行ってくる。精々恩を売るさ」


 口の端を釣り上げて言う彼に、男たちは下卑た笑みを浮かべて頷いた。

 足早に、文字通り戦場と化した街中を、青年は駆け抜ける。

 すれ違う者たちが彼を見るなり次々と頭を下げ、彼は手を上げてそれに応えた。

 しばらくして、青年は目的地たる簡易の野戦病院の天幕へと辿り着く。


「大将!」


 先ほど識別札について指示を受けていた男が、彼を見るなり駆け寄ってくる。


「待たせた、状況は?」

「よくはないっすね。負傷兵は増えるばっかりっす。城壁からの弓撃が主なんで、赤札は少ないっすけど。倒した端から湧いてくるんで、先が見えんす」

「援軍は?」


 彼はその場のもう一人、正規の武装をした兵に言葉を向ける。


「無論、要請している。だが、単に援軍が到着しただけでは意味がないのだ」

「そういえばそんなことも言っていたな。なんでだ?」

「要は敵兵はこちらの数……重量に応じた数出現可能、であるらしい。単純に援軍が来ただけでは、その分敵の数が増えるだけなのだ。入れ違う形で住民の避難が出来なければ……」

「なら比較的手薄な東門から突破するしかないか……そもそもそんな原理原則があって、よく今まで都市が無事で済んだな」

「攻め込まれる、という状況が、今回が初めての事で……」


 俯く兵に、彼はがりがりと頭を掻く。


「言ってもしゃーないな。俺はとりあえずここの負傷者の治療をする。なんとかその、呪痕兵とやらの残骸を回収してくれ。最悪何かしらの貴金属でもいいが……」

「その話は聞いている。分かった、何とかしよう」

「頼むぜ」


 兵は頷き、伝令を呼ぶべく戸外へと飛び出した。

 そうしている間にも、負傷者が運び込まれてくる。

 青年は、赤札を腕に括られた者たちの区画に赴くと、手にした果実の彫刻を掲げた。

 鈍く輝く金の光が解け、負傷者たちへと降り注ぐ。

 どのような業か、途端に出血は止まり、腫れや熱が引いていき、苦痛に呻く声が安らかな吐息へと変じていった。

 そして手にした果実模型は急速に光を失い、鉛の様な鈍色へと戻る。


「大将?」

「ネタギレだ、あとは軍医達に何とかしてもらうしかない。俺は壁上の詰め所に戻る。なんかあったら知らせろ。……尤も補充がないと、俺も何ともできんがな……」

「大将!」


 口惜し気に言う彼に、休む暇もなく何者かが天幕へと駆け込んでくる。


「今度は何だ? 悪い話なら間に合ってるぞ!」

「それが悪い話っす! それも飛びっきりに!」

「……勘弁してくれよ。どうしたってんだ」


 こめかみに親指を当て、青年は報告に来たごろつき風の男を見やった。


「すぐ、上に戻って下さい! 早く!」


***


「……なんだあれは……」


 城壁上から西を望み、目に映る光景に茫然と呟く。

 巨大な人型が、地響きをたて進軍していた。

 彼我の距離は未だ相当に離れているはずだが、目視できるほどの巨体は城壁の高さを優に超えている。

 土を土台に大小さまざまな石が埋め込まれた、不格好な人の形。

 背からは尖塔が伸び、脚と腕は妙に長く、見るものを不安にさせる均整となっていた。


「何であんな不細工な造形で歩けるんだ? 意味が分からん……」

「いや大将、そこじゃないっすよ!」


 青年の疑念に、兵隊崩れの恰好をした男は雑に突っ込む。


「まあ、そうだな……あんな化け物、ここの設備じゃ抑えきれんだろう。……おい、住民は全員避難所に集めてあるんだよな?」


 同じく茫然と壁外を眺めていた正規兵に、彼はそう声をかける。


「あ、ああ。八区画それぞれの避難所に、全住民は集まっている」


 我に返った兵がそう答え、彼は頷いた。


「それなら順次、東門から脱出させろ。ここは俺だけでいい。ほかの兵を北と南に振って、ぎりぎりまで時間を稼げ。……あと隊長さんよ」

「……」


 何時の間にやら傍らにいた、青ずくめの格好をした女にそう呼びかける。


「あんたらで東門の先陣を切れ。精鋭部隊なんだろう? 何とかしろよ」

「貴殿はどうする?」

「はあ? 言っただろ。俺がここで時間を稼ぐ。辺り一帯鉛まみれになっちまうだろうが、勘弁してくれ」

「いや、無茶っすよ大将! 逃げましょうって! そもそもあんた、この国の人間じゃないんだろ! そこまでする義理はないでしょうよ!」

「そりゃ義理は無いがな……この国どころか、この世界の人間でもないし」


 青年は笑って、左手の鈍色の果実に視線を落とす。


「知り合いに英雄がいてな。次会う時は俺の義弟になる予定なんだが……そいつが言ってたんだよ、お天道様が見てるってな」

「何の話っすか!」

「見られて恥ずかしくない行動をしろってこった。そして残念なことに、俺にはそんな綺麗事ができるだけの力があるんだよ。適材適所ってやつだ。お前はもう、恥を晒した後だろ。やれることやって挽回して見せろよ、オーリー」


 突然名を呼ばれ、兵士崩れの格好をした男……オーリーが絶句する。


「あんた、名前を……」

「覚えてるに決まってるだろ、一緒に蜂起した仲じゃねえか」

「……わあったよ! こっちはこっちでできることをやったらぁ! 事が終わったら酒飲むぞ! 忘れんなよ!」

「応ともよ、一番いいのを頼む……住人たちを頼んだぞ」


 オーリーは頷き、壁下へと走り去っていく。


「……窃盗の一つで失うには、惜しい奴だよ」

「罪は罪だ」


 その背を見送っての感慨に、彼女は正論をぶつけた。


「へいへい。で? 清廉潔白な隊長殿は、いつになったら動いてくれるんだい」


 皮肉気に視線を流す彼に、彼女は鼻を鳴らし、袋を一つ押し付ける。


「あん?」

「報酬だ、好きに使え」


 ずっしりと重いその中身を覗き込めば、中には無数の金貨が詰め込まれていた。

 思わず彼女へと視線を上げるが、既に踵を返している彼女の表情は伺えない。


「行くぞ。脱出の援護に向かう」


 六名の部下にそう声をかけ、彼女らの姿も壁上から消え失せた。


「ま、これで一息つけるか」


 手にした袋を放りつつ、彼は言う。


「さ、あんたらももう行け。手遅れになるぞ」

「い、いや、ちょっと待ってください!」


 壁外を監視していた一人の兵が、そう声を上げる。

 見れば巨人の更にその後方から、何かが光り、それは巨人の背中へと吸い込まれていく。

 衝撃に小さく揺らぐも、それは倒れず、しかし頸部を捩じって後方へと頭部を向けた。

 城壁へと迫りつつあった呪痕兵達も足を止め、巨人に合わせて反転する。


「何だ、援軍か? あんな方角から? ……なんにせよ好都合だ。今のうちに脱出しろ。急げ!」

「……承知しました。幸運を」

「ああ、あんたらもな」


 気安く手を上げ、青年はそう返す。

 これで西の城壁、最前線には彼一人だ。


「でもお前でも、こうしたよな……マコト」

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