第四十一話 一夜が明けて
カリスト・カリエインの朝は早い。
朝食の準備の為だ。
家と比べて用意する分が増えはしたが、やることに変わりはない。
数種類の野菜を刻み、一旦大きめの深皿にまとめ入れ、調味油を回しかけ、塩を振った。
湯を沸かしていた鍋に酢を加え、棒を差し入れかき回して渦を作り、そこへ卵を落とす。
黄色がかった透明が白く染まっていく。
頃合いをみてそれをお玉で掬い、それを人数分繰り返した。
平行して火をいれていたかまども、十分に温まったようだ。
丸く形を整えた生地を鉄板にのせ、そこへ差し入れる。
昨夜のうちに仕込んでいた、根菜と燻製肉の汁物を温めなおそうとしたところで、背後から視線を感じ、振り返った。
「早いな、ライム殿」
「お早う御座います、カリスト様」
「ああ、お早う」
「その……昨夜は申し訳御座いませんでした」
頭を下げる彼女に、カリストは首を捻る。
「特に心当たりが無いが」
「夕食の際顔を出さず、失礼を」
ああ、とその言葉に彼女は得心した。
「マコトからそれとなく、話は聞いている。事情は誰にでも有るものだ、気にすることはない」
「有り難う御座います」
「今朝も、上げさせようか?」
再び頭を下げるライムに、彼女は殊更何でもないように、軽く言う。
彼女の気遣いに、しかしライムは首を振った。
「いえ、ご一緒させて頂きたく」
「そうか……皆喜ぶだろう。勿論歓迎する」
「重ね重ね」
「気にされるな。次の鐘の音で朝食になる。それまでは自由にしていてくれ」
「はい、承知致しました」
その言葉に彼女は素直に頷き、そして踵を返す。
その背を見送り、カリストは 朝食を仕上げるべく、改めて腕をまくった。
ぼーん、ぼーんと定時鳴る鐘の音が、朝食の合図だ。
夕食は旅程の都合、時間は不定だが、朝は逆に旅程の都合で定時となる。
その音とほぼ同時に入室してきたのは、ジェインとライムだ。
「お早うございますっ!」
と、元気もよろしく挨拶し、その横でライムはぺこりと頭を垂れる。
そしてそのまま、彼女は一番端の席へと座り、その隣にジェインが並んだ。
次いでエウロパが席に着き、マコトがそれに続く。
そしてどたどたと、ほぼ同時にイオ、ギニース、マリエンネが入ってくる。
「騒がしいぞ」
「ごめんごめん、四方山話に花が咲いちゃって。あ、ライムちゃん、おはよー」
目敏く彼女を確認したイオが、そう気安く声をかけた。
「お早う御座います、イオ様」
「かたいなぁ」
「も、申し訳御座いません」
「いや、謝る事じゃないけどさ」
軽く笑って、彼女も卓へ着く。
四姉妹の対面に、他四名が並ぶ形だ。
頂きますと手を合わせ、それぞれに朝食に手を伸ばすが、その意識は食卓の一番端に向けられている。
拘束服姿の少女が座り、その傍らに一人の少年が現れた。
『ジェイン』はライムの前に置かれた金属製の匙を手に取り、半熟の卵を割り掬い、彼女の口元へと運ぶ。
ややぎこちないながらもライムはそれを受け入れ、咀嚼した。
おおー、とどよめく室内。
「何でしょうかっ!」
「いや、素晴らしい力の使い方だと感心していた」
「そうですねっ! もしかすれば、小生はこの為に生まれてきたのやもしれませんっ!」
「流石に過言でしょ……それでいいの、特務騎士?」
呆れた風に言うイオに、ジェインはきっぱりと首を振る。
「民の為に力を尽くすのが、騎士の本懐ではありましょうっ!」
ですよね、とばかりに彼は、自分以外では唯一の騎士に視線をやった。
「あ、ああ、その通りだ」
「姉様……」
ジェインの目の力に押され、思わず同意するカリストに、エウロパは情けない声を上げる。
当事者のもう一方であるライムはと言えば、ジェイン越しにマコトからの視線を受けていた。
「マコト様、どうして私めを見るのですか? 私めが給仕を受ける様など、見慣れたものでは」
「そうだけど、それをそんな顔真っ赤にして言われてもな……」
口調と表情こそ平静を装っているが、肝心の顔色が全く誤魔化せていなかった。
「顔は赤くないです」
「え、でも」
「いつも通りに御座いますれば」
「えーと」
「変わりは御座いません」
「……はい」
「弱っ」
端で聞いていたマリエンネが思わずそうこぼすも、彼に反論の余地はなかった。
岡目にそれらを見ていたギニースが、微笑んでいるのを、気付く者はいなかった。
それでいいとも、彼女は思った。




