第四十話 本音を話して
「貴方のお話が聞きたいです」
エウロパの言葉に、彼は顔を上げた。
ジェインのついでに用意してもらった茶を飲むマコトの隣に、彼女は腰を降ろす。
「なぜ急に?」
拒絶するではなく、ただ純粋な疑念から、彼はそう問うた。
「ライムさんと再会される前のマコトさんには、聞き難かったです」
「……そうかな?」
「ええ。厭世的というか、根底に自棄があるというか……死んだ英雄がいい英雄、生きて戻るつもりはない。冗談めかしていましたけど、あの言葉、半ば本気でしたよね」
「……」
彼は答えず、視線を泳がせ茶を啜る。
「そんな人に、話を伺うのは、憚られましたが」
「……今は、そうでないと?」
彼の問い掛けに、エウロパははいと頷く。
「マリエンネさんも言っていた通り、憑き物が落ちたと言いますか、地が出て、それを隠す気もなく」
「……まあ、そうだね。散々世界を渡ってきて、『再会』は初めてのことだったから」
出会いと別れ、その繰り返し。
そんな『日常』が覆ったのだ。
戸惑いもあるが、意識も世界の感じ方も、変わるというものだった。
「世界の危機に瀕しているエウロパさん達には悪いけど、正直心踊ってる」
歯に衣着せぬマコトの物言いに、彼女はしかし笑う。
「だからこそ、貴方のお話を聞きたくなりました」
「同感だな」
「カリスト姉様」
洗い物を済ませ、自分の分の茶を携えて、カリストが食堂に入った。
「当初は白々しく笑い、悟ったような立ち振舞いを、この上なく胡散臭く思っていたが」
「……正直に言いすぎじゃないですか?」
彼の抗議を無視し、
「今のお前は、外観通り身の丈にあった態度で、好ましく思うよ」
そう言う。
面映ゆさに、マコトは頬を掻いた。
「……は、話と言ってもね、何を聞きたいと?」
やや挙動を不審なものにしながら、彼は言った。
「そうですね、では一番印象深かった世界はどこでしたか?」
「その質問は、振りが無茶過ぎるなぁ」
「……そうですね、些か思慮に欠けていました」
何れの世界も危機、苦難への救いとして、彼を呼んだのだ。
波乱万丈であり、一期一会であっただろう。
エウロパは頭を下げるが、マコトはそれほどのことではないと首を振る。
「では、強かった味方で真っ先に思いつくのは?」
「戦闘狂みたいなことをいいますね……あんなに家庭的なのに」
「喧しい」
「はい、すいません」
カリストの一言に、彼は素直に謝った。
「で、どうなんだ」
「そうですね、『一刀両断』ニノマエ・イノイチ、『百刀流』ヤギナ・ユグネス、『世界照覧』ラベンダー・ウィズダム、『死を嘲笑う』ユーリエル、『殲滅斥候』カンナタ・ピヤーノ、『完十全』フィ・マグナス、『大魔導』ヤーシュカ、『影森の女王』ヤナシェラ・シュセ、『明けぬ夜、止まぬ雨』ド・オー、『沈まぬ太陽』イライゼン、『神薙ぐ』ミユ・アマギ……」
「多いな!」
「誰も彼も印象深いので……正直な話、僕必要か? って人達もまあまあいましたから」
劣等感に苛まれることも、しばしばあった。
呼ばれた者の矜持として、無論尾首にも出さなかったが。
「何故か僕にしか扱えない、道具やら技術やらがありましたから、面目は保てましたけど」
或いは自分だけな訳ではなく、単に異世界人にしか扱えないものだったかもしれないが、確かめる術はもはやない。
「この世界にはそういうものがないけど、その代わりに『再会』があった」
「その考えは、少々危険な気がします」
「え?」
エウロパの言葉に、マコトは首を傾げた。
「世界を救う武技の代わりに、ライムさんが呼び出されたということに、なりませんか?」
「……自分の価値を、高く見積り過ぎたね。反省しないと」
額に手を当て、自嘲気味に彼は嘯く。
「マコトさんは……英雄でありたいわけでは、ないんですよね」
自嘲気味に言う彼に、彼女は確認するように言う。
「……そう、だね。それは手段であって、目的じゃない」
「では、貴方の目的とは?」
言われて彼は、瞑目する。
ややあって、マコトは口を開いた。
「半ば以上、諦めていたものが、二つ。再会と、究明」
「……再会は解るが、究明?」
「ええ、僕の故郷が滅んだ原因の、究明です」
カリストの疑念に、彼はそう答える。
ライムとの再会は、正に期待の結実だった。
それが、有り得ないことではないという、証だった。
だが、地球が滅んだ原因は、今に至る迄、何一つ、一欠片の片鱗すらも掴めていない。
「文明の残滓が何一つなく、ただ赤土の荒野だけ。何の遠因すら、見つかっていない……まあ、腰を据えた調査が出来ていないと言うのもあるけど」
「なぜ?」
「呼ばれるから」
「……」
「なぜ応えるのかは、伝えたと思うけど」
期待。
大した期待をしていない『期待』。
そして。
お天道様が、見ているから。
助けを呼ぶ声を聞かぬ振りなど、悖るから。
「……美徳と言えば聞こえはいいが、呪いの様にすら感じられるな」
「ですが、結果として『期待』は期待通りとなりました。ライムの来た道を、辿れるのであれば……」
「そうですね、モモイ様は時限式の召喚術と仰っていました。形式によっては、後追いも可能かもしれません」
まだ解析は出来ていませんが、と彼女は続け、彼の眉は上がった。
「こちらから渡せる、数少ない報酬のひとつとなればと、願って止みません」
「確実とも言えず、水王国の横からかっさらう様な話だが?」
「恩は売っておいたでしょう」
妹の返しに、姉は苦笑する。
「……何にせよ、全て終わってからの話ですね」
二人に目礼しつつ、マコトはそう締めくくる。
「そつもなければ、可愛げもないな」
「真っ先に捨てたものなので……今、緊急で取り繕っているつもりですが」
「そんなことせずとも」
微笑を浮かべ、エウロパは言う。
「偽悪も露悪もままならない、貴方は単なる善良なる、我らの英雄様ですよ」
その言葉に、彼は名状しがたい表情を浮かべ、
「お茶を取ってきます」
そそくさと席を立ち。
姉妹二人は顔を見合わせ、忍び笑った。




