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第四話 静かなる思いに返礼をして

『おはよーございます! しつれーします! おはよーございます!』


 聞き覚えのある能天気な声と、盛大な扉を打つ音に、エウロパはがばと身を起こした。

 場所は昨夜、異邦人に宛がった貴賓室であり、あろうことか自分はその寝台で寝入っていたようだ。本来の部屋の主をそっちのけで。

 慌てて周囲を見渡す。

 目当ての人物は、大窓近くの安楽椅子で眠りこけていたようだ。

 彼女と同じく、外からの騒音で目を覚ましたらしい。


「おはようございます」


 こちらの様子を認め、シンはにこやかに挨拶してくる。


「おはようございますっ! 申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしまして……!」

「いえ、中々得難い経験でしたよ。……それより、出なくて大丈夫ですかね」


 未だに殴打音の続く扉を見やり言ってくる彼に、エウロパは慌てて駆け寄り、それを開けた。


「イオ!」

「あ、ロパ姉。おはよう!」


 振りかぶっていた腕を下ろして、扉外にいた少女は元気に挨拶をする。

 青みがかった金髪を両側頭部の高いところで留めた、侍女服姿の少女。背中には妙に大きな鞄を背負っている。


「なんで貴女が此処に……」

「だって、ロパ姉が昨日帰ってこないから、呼びに来たんだよ。……どうだった?」

「引っ叩きますよ」

「あははー!」

「あなたが噂のイオさんですか」


 外見通り無邪気なのか、見た目によらず耳年増なのか、微妙な線を反復横跳びしている少女に、シンは声をかけた。


「お耳が早いですね! この度は宜しくお願いします」

「はい、お願いします。……集合地点へ案内頂けると?」


 意外にも礼儀正しくお辞儀する彼女に、そう問いかける。


「はい、あたしの独断と偏見ですが、きっと都合がいいと思って」

「まあ全く以ってその通りですけどね……」

「では第七整備工場までご案内します! ギニースちゃんももう待ってるよ」

「ギニース?」

「末妹の名です」

「……彼女が末妹ではなく?」


 半信半疑な様子で、先導する矮躯の少女を見やる。背中の鞄は大きく、後ろからだと頭頂部しか見えない。背負っているより背負われているように思われた。


「はい……遺憾ながら」

「ちょっと?!」

「ちなみにカリスト姉様が長女、私が二女、この子が三女、ギニースが四女です」

「なんで無視すんの?!」

「その内お二方が一をして千に勝る豪傑というんですから、武勇に優れた家系なんですね」

「……」

「エウロパさん?」

「ああ、いえ。そう、なりますかね……」


 歯切れの悪い物言いに、シンは首を傾げる。


「ウチの話はしてないんだ?」

「こちらから伺うことが多かったので……ですが、確かに公平ではなかったですね」

「言い難いことでしたら、無理にとは」

「いえ、そんなことは。……しかしながら、説明するにはギニースと合流してからのほうがわかりやすいですね」

「そうだね。あ、ほら、もう見えてきたよ」


 イオの指さす先を見る。

 外はまだ日の昇り掛けで、薄暗い。

 しかしながら城壁近くには幾つもの明かりが灯り、大規模な工房が照らしだされていた。

 正面に設えた巨大な扉は半分開き、小さいながら作業音が響いている。

 音の発生源は、いくつか間仕切りされた区画の一番手前、一際煌々と明かりが漏れ出していた。


「ギニースちゃん、おはよー!」


 背後からの声を気にした様子もなく、目の前の車両の作業口を閉じる。


「おはよう、イオ姉さん」


 ぼそぼそとした返事。

 先ほどまで前かがみで何やら作業をしていた為気付かなかったが、ひょろりとした体形ながら背丈は高い。緑がかった金髪は編み込まれ、目深にかぶった帽子の中へ無造作に放り込まれている。


 イオがその隣に並ぶが、その彼女が姉だとは、普通は想像しないだろう。


「おはようギニース。整備は終わった?」

「もう、昨日のうちに、終わってるけど、気に、なっちゃって。……その、そちらの方、が?」


 エウロパの問いに訥々と答え、こわごわと彼を見る。


「どうも初めまして、外様の英雄請負、シン・タチバナです」


 作業服姿の少女に、彼はおどけた様子で自己紹介する。

 そんな異世界人の様子に、ギニースは少しだけ緊張を和らげたのか、軽くお辞儀をした。


「ギニース・カリエイン、です。この度は、車両整備士兼、運転手を、務めさせて、いただきます」

「貴方が、これの運転を」


 言ってシンは、ギニースの後ろを見やる。


 彼女は単に車両と言っていたが、彼にしてみれば装甲車と呼ぶのが相応しいものに思えた。

 艶消しされた黒の車体の全高はシンの三倍近く、全長に至っては十倍近くあるだろう。八つの車輪に、動力は不明だが排気用の金属柱が車体の左右から一対伸びている。

 金属板で補強された車体の側面には旋回式の機銃が前部と後部に一機ずつ、計四機が取り付けられていた。また、車体屋上部には回転式機関銃が設えられている。


「……これがこの国の一般的な車両だったりします?」

「そんな訳がないだろう」


 彼の疑念を一刀両断したのは、四姉妹の長女、カリストだ。壁を背にして手袋の指先を弄りながら、横目でこちらに言ってくる。


「いらしていたんですか」

「イオがお前を迎えに行ったのに、私がいないはずがないだろう」


 驚くエウロパに、彼女は呆れたようにため息を吐いた。その通りだった。


「これはギニースが設計、製作した戦闘用装甲車の、採算度外視の試作品だ。そもそも市井では駄獣に引かせる貨車か蒸気機関の車両が一般的だし、マナエンジンを搭載した車両など、一部の好事家しか所有していないだろうな、今はまだ」

「マナ……エンジン?」

「マナは、知って、いる?」


 シンの疑念に、おずおずとギニースが問いかける。


「はい、以前に聞いたことがあります。万物の骨子たる龍脈にマナが巡ることで、それが血肉となり実体となると」

「あなたの国、ではリュウミャク、というのね。ここでは、光脈……レイライン、と呼ばれているけど、それ以外の考え方は、同じ。あらゆる物体は、光脈を持ち、存在するため、自らマナを、生み出しているけど、基本的には、消費以上に、生成、されてる」

「その余剰のマナを集積し、動力源として活用するのが、マナエンジンだな。詳しい原理は知らないが」

「すごいですね。人が乗っていれば燃料いらずってことですか」

「理論的には、そうだけど、人身からの、生成だと、むらが、あるから。マナ貯蔵器に、予め蓄積したものを、平時は、使用するの」 

「なるほど」


 感心して頷くものの、シンはふと疑問を抱いた。


「しかし、されていることが今一貴族らしくないような……」


 その言葉に、他四名は顔を見合わせる。

 奇妙な挙動に、彼は腕を組んで言った。


「貴族……なんですよね? エウロパさんは、宮廷魔術師をされているって言われてましたし」

「そうなんだけど~……結果的にそうなっただけで、実際のところ全部ギニースちゃんのおこぼれなんだよね」


 何のことかと、彼は首を傾げる。


 法衣貴族。

 治めるべき領地を持たない、功績を買われた平民出の、言うなれば雇われ貴族。

 つまりカリエイン四姉妹は、末妹ギニースの設計、構築技術を認められ、一代限りの貴族家となった。

 問題はといえば。

 ブレア内政官の市場視察の際、務めていた工房で手慰みに作成していた小型飛行機械が彼女の目に留まり、直々に引き抜かれたこと。

 そして、特に彼女とエウロパの二人は、あろうことか女王陛下からの注目すら引き、その信認が極めて篤いこと。


「要するにやっかみが酷いと」

「有り体に言って、その通りだ」


 そんな彼女らへの手出しなど普通なら憚られるものだが、所詮は俄か貴族であり、本家本元の権謀術数への分は悪い。

 後ろ盾が大き過ぎるため、明確な証拠がなければ影響が大きすぎ、安易に頼るのも憚られる。

 特に自前の工房をあてがわれたギニースと、宮廷内で役職を得たエウロパへのあたりが強い。

 その為、イオは何らの役職にもつかず、ギニースの工房の護衛に徹してすらいた。


「故に、誰にも口出しをされない実績が欲しい。極めて不謹慎ではあるが、此度の騒動は願ったり叶ったりと言えるな」

「なるほど、功績の押し付け先には事欠かなくて、安心しました」


 消え去る予定の職業英雄は、カリストの言葉にわざとらしく胸を撫で下ろす。

 言われた彼女は眉を顰めるが、彼は軽く笑うだけ。

 そんな姉に、エウロパは諫めるように頷きかける。


「さ、ブレア内政官がいらしたようですよ。ギニース、ご挨拶を」

「!! はい」


 言うや否や、先ほどまでの会話からは想像もできない素早さで、工房の外へと駆けていく。


「ギニースちゃん、ブレアさんの大ファンなんだよね」


 燻ぶっていた己を拾ってくれた恩人なわけで、それは当然のことともいえる。

 ゆっくり行こっか、とイオは手を振り歩き始めた。

 そっと戸外を覗けば、数人の護衛を伴い工房へと歩を進めていたブレアに駆け寄るギニースの姿があった。

 護衛達の警戒は一瞬で、急接近してくる者のその姿を認めると、あまつさえ一歩下がってむしろ周囲の警戒をしだす次第である。


「……あれはやっかみも受けるでしょうね」

「全くですねっ!」


 いつのまにやら、工房の入り口まで移動してきていたジェインも、元気に首肯した。

 ブレアに続いていたようだが、わざわざ大回りしてこちらに合流したらしい。気の利いた話だった。


 こちらの様子を知ってか知らずか、渦中の二人は軽く抱擁を交わす。

 そして二言三言と今度は言葉を交わすと、ブレアはギニースの背をそっと押し、二人してこちらへと歩みを進めた。


「お待たせしました」


 微妙な面持ちで立ち尽くしている出迎えの者たちに、ブレアは何事もなかったように声をかける。


「……いえ、早朝よりご足労いただき、ありがとうございます」


 一同を代表して、カリストがそう返答した。


「陛下はこちらに来られないし、特段の出発式もありません。ここからは時間との戦いとなるでしょう。既に月王国、水王国の特選部隊も出立しているはずです。諸君らも、力を尽くすことを望みます」

「一命に、替えましても」

「いえっ! 一命を賭すべきは小生ですっ!」


 真剣な面持ちで言うギニースに、ジェインは否と首を振る。


「……皆さまの命の使い方に口出しをする権限、私にはありません。戦場に出るのは貴方達ですが……平和を享受するのも、貴方達であることを望みます」

「彼女らの平和の為に」


 虚を突かれた様子の二人をそのままに、シンが半歩前に出た。胸元に右手を当てて。


「微力を尽くします」

「よろしくお願いします。……異界の、英雄よ」


 瞳を閉じて、彼女は。

 深く深く、一礼をした。


 工房の可動式の擁壁が除かれ、装甲車『ブラックウィドウ』の車体が露わとなる。

 最後に一度、ブレアへと頭を垂れ、ギニースは慣れた様子で運転席の扉を開けると、軽やかに乗り込んだ。

 それに続いてイオが助手席に座り、他一同は後部座席へと乗り込む。

「御武運を」

 扉が閉まり切る直前に、唯一の見送りであるブレアがそうとだけ告げた。

 マナエンジンが起動する。

 イオが、開いた窓から右手を突き出し、親指を立てて見せる。

 そして車両は滑らかに、発進した。


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