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第三十九話 恥と不幸を晒して

「……あのさぁ、あたし一応病み上がりなんだけど、それ分かってる?」


 ぐったりと寝台に横たわりながら、恨みがましくマリエンネはイオを見る。


「いや、ごめんごめん。やっぱり素材がいいとさ、色々着せたくなっちゃうよね」


 全く悪びれる素振りもなく、彼女は舌を出してこつんと頭に拳を当てた。

 食堂を抜けた後の追跡劇は、結局イオに軍配が上がり、マリエンネの自室にて着せ替え大会が催されることとなる。

 女王陛下の選定した服は、どれも肌の露出を極力抑えた、しかし華やかなものが多かった。

 十着ほどとっかえひっかえし、マリエンネが音を上げ、現在に至っている。


「ギニースちゃんもだけど、髪が長いと応用が効いていいよね。あとギニースちゃん背も高いし」

「……ギニちゃんも、これの被害者なの?」


 窓際に座って、表情が乏しいながらも、恐らくは楽しんで見ていたであろうギニースにそう話を向ける。


「まあ、時々。そこそこ。まま。……結構?」

「被害甚大じゃん……」

「だってこうでもしないと、ギニースちゃんいっつも作業着のまんまなんだもん」


 素材は折角いいのにさー、とイオはぼやいた。


「あんまり、興味、ないから」

「身だしなみはしっかりしないと。ブレアさんに嫌われるよ」

「……」


 内政官の名前を出され押し黙る妹に、彼女は意地悪く笑った。


「仲いいね、あんた達姉妹」

「ん? そうだね、大分いいね」


 その様子を見てぽつりと言うマリエンネに、イオは軽く答える。


「よくなきゃ、やってけなかったってのもあるし」


 そしてそう、付け加えた。


「……どういう意味? あんたらお貴族様なんじゃないの? 騎士に宮廷魔術師でしょ」

「今は運よくそうだけどねー。昔は飢饉の寒村の口減らし要員だよ、ギニースちゃん以外」

「イオ姉さん」

「いいじゃん、マリーちゃんの何だかんだ聞いてるんだし、公平ってもんでしょ」


 姉にそう言われ、ギニースは頷き引き下がる。

 もともと何としても止めようとは、思っていない風だった。


「口減らし?」

「そ。女ばっかりだし、真っ先に身売りの対象になってね。ま、理由はあっても甘んじて受ける義理もなし、カリ姉さん主導で大脱走したってわけ」

「ギニちゃんは?」

「ギニースちゃんは、村に唯一あった土木用重機を整備ができたから、確保しておきたかったみたいで対象外だったの。正直未来の展望はなーんにもなかったし、村に置いていくつもりだったんだけど、泣きつかれちゃってなし崩し的に」

「それは、泣きつく、でしょ」


 さも嘆かわし気に言う姉を、ギニースは頬を紅潮させ、抗議する。


「でもさ、あの時は本当に後先なかったんだからね?」

「わかってる、けど……」

「実際傭兵まがい、冒険者まがい、……野盗まがい、生きる為なら、何でもやったしね」


 今となってはいい思い出、とでも言いたげではあるが、そんな軽く総論していい話でもなかった。


「ただまあ、ギニースちゃんがあたしたちの希望であることは、間違いなかったんだけど」


 カリストも、エウロパも、そしてイオも、末妹の技術力に、一縷の希望を抱いていた。

 王都にさえつけば、ギニースが彼女の技能相応の仕事に就くことができれば、と。


 そう単純なものでも、なかったのだが。

 見通しは、甘すぎたと言ってよかった。

 彼女をそこそこ、名の知れた工房に捻じ込むことこそ出来たものの、生活が一変する訳でもなく。

 他三名は、外効系魔法(アウターマジック)の使い手であるエウロパを筆頭とした日雇いの仕事で日々の糧を得、食い繫ぐ、綱渡りの様な日々だった。


 辛い日々ではあったが、それでもそこには自らの意思があった。

 選択が、あった。


 身売りの身となっていたならば、もしかすれば食うに困らぬ生活を送っていたかもしれない。

 でもきっと四人はばらばらで、今の様な選択の上の覚悟もない、ただ低きに流れるままであったと思う。


 ギニースがブレア内政官の目に留まったのは多分に幸運ではあったが、自分たちの選択あってのものでもあると自負できた。


「じゃあ故郷とか両親とか、思い入れはない感じ?」

「あたしは特にないね。やむにやまれぬ、って事情もわかるし。恨みはしないけど、情もないっていうか」

「一応、仕送りは、したよ。姉さん達の、身売り分、一回だけ。匿名で、だけど」


 送金して、それで終わり。

 特に出金元に問い合わせがあることもなく、それで終わり。

 そんなものだった。


「そういうマリーちゃんは、故郷は唾棄すべきものって言ってたけど、ご両親はそうでもないの?」

「……」


 イオの問いかけに、マリエンネは億劫そうに寝台から身を起こす。


「まあ、半々かな」


 胡坐をかき、片肘に頬杖をつき、彼女は言った。


「ママはあたしを産んだ日に、首を括ったんだって。だからあたしは、ママの顔は知らない」


 ドゥルス族が被差別対象であるコロナード日王国での、忌み子の出産。

 それに耐えられなかったのだろう。


「パパはそれを、産後の肥立ちが悪くて亡くなったことにして、あたしを一切外には出さず育ててくれたけど」


 それも限界があった。

 何がきっかけかは、彼女自身覚えていないが、我が子がドゥルスであるを暴かれ、彼女の父は元居た住まいを出奔することとなる。

 行きついた先は貧民街で、だがそこですら、彼らの安息の地とはならなかった。

 ドゥルスの子という負債を抱えては、最下層ですら生きる事ままならない。

 自らは満足な食事を摂ることもできず、衰弱し、病に罹り、あっさりと没した。


「最期に聞いた言葉は、「済まない、愛してる」だったよ。だから、半々」


 特に感情的になることもなく、淡々と彼女は言う。

 今となってはいい思い出、と述懐出来る事ではないが、終わったことだった、彼女にしてみれば。


「まあ正直、よく生きてたもんだと思うよ。ドゥルスの体は頑丈とはいえ。……実際あいつがいなかったら、野垂れ死んでただろうし」

「……あいつ?」

「そ。貧民街じゃ縄張り争いなんか日常茶飯事でさ、ある一味の頭目から、結束の為の捌け口になるなら、生活の保証はしてやるって言われて」


 要するに、血気盛んな輩の暴力がほかの身内に向かぬよう、甘んじて受けろということだった。


 縮図だった。


「そんな、こと」

「ドゥルスの小娘なんて、孤立無援もいいとこ。こんな声かけてくる奴だって、当時のあたしにとっては神の声にも等しいってやつよ。なんだかんだ度が過ぎないよう、身内の制御はしてたみたいだし」


 簡単に壊れては困る、という打算的な気遣いではあったのだろうが。

 生傷の絶えないその身を見やり、マリエンネは笑う。


 そしてそんな日々は、運命の日をもって終わりを告げた。

 中空に浮かぶ映像を見、そこに彼女の心境を見出し、聖痕を賜り。

 貧民街の一角を、火の海に沈め、彼にじゃあねと声をかけ。

 マリエンネは、あの方の、央の元へと馳せ参じた。


「……別に身の上なんて、順列付けるもんじゃないとは思うけど」


 言ってイオは立ち上がり、ギニースの持ってきた冷蔵収納箱を開ける。

 泡立てた乳脂がたっぷりと挟まれた焼き菓子を一つ取り出し、マリエンネの座る寝台に、並んで座った。

 包装紙に包まれたそれを、彼女へと渡す。


「やっぱり甘やかされるべきじゃない? マリーちゃん」


 手渡されたそれに、マリエンネは遠慮なくかぶりついた。


「ま、そうさせてあげてもいいよ」


 ぺろりと舌なめずりをし、彼女は笑う。

 これも、選択あっての、今だ。

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