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第三十八話 重ねて

 ばちん、と音をたて、腕を拘束する留め金が外れた。

 ゆっくりと躊躇う様に、十字に交錯する両腕が、解かれていく。


 ライムは、少年の顔を見た。

 彼は真っ直ぐにそちらを見返し、力強く頷く。

 意を決し、彼女は解き放たれた両の手を、袖口から曝け出した。


 手。


 それは手、と呼べるのだろうか。

 形こそかろうじで、その様相を呈しているが、右の手は、異様な光に輝いている。

 いや、それは光の塊だった。

 それは絶えず膨張せんとし、そしてそれを止めようとする意思に押さえ込まれ、手の形へと集束していく。


 もう片方、左の手。

 それは手の形をした、闇そのものだった。

 無限に収縮し、全てを飲み込もうとするそれに、彼女は抗い、広げ、現世に留めようとしていた。


 『去り行く左手(レフトハンド)』、『光の右手(ライトハンド)』。


 己が恥部を晒したかのようなに、ライムは顔を俯かせる。

 彼からの言葉はない。

 彼女も顔を上げられなかった。

 一体どんな顔で、これを見ているのだろう。

 恐れ慄いて? 或いは、穢らわしさに顔を顰めて?


 彼からの言葉は、やはりない。

 沈黙に耐えかねて、ライムは恐る恐る、顔を上げようとした。


「……美しい」


 常の彼とは全く異なる声音が、その口から紡がれる。


「……え?」


 その言葉と、その声と、双方に困惑しながら、彼女ははっきりと顔を上げた。


「とても、御綺麗です。ライム殿、貴女の、その手」

「そ、そのような、心に無き事!」


 口先ばかりの御為ごかしなどに、怒りしか沸かない。

 声を荒らげようとした。

 その場しのぎの綺麗事に、嚇怒を知らしめようとした。


 その言葉が、真にその通りだったのならば。


 彼女の声。

 叫ぶと言うには、些か力が足りなかった。


「心に、無き事……」

「そう、思われますか?」


 彼の言葉に、彼女は口を閉ざす。

 そしてややあって、ようようと頭を振った。

 この短い付き合いでも、はっきりと言える。

 彼は、ジェイン・ジェア・ジェイルは、この上なく誠実だ。

 口先軽く綺麗事を弄するような、そんな人では断じてない。

 彼はきっと本心から、そう言っている。


 凡そ自らはそうとは思えぬ、その言葉を。


 彼女の瞳に涙が滲む。


 彼はそれを、慈しむ様に見ていた。


 頼もしい手と、言われたことはある。

 あるがままでよいと、言われたこともある。


 だがこの異形を見、美しいと、綺麗だと言う者など。


「そのような言葉をかけて下さる方など、只の一人も、おりませんでした……!」


 閉じた瞳から、涙が零れる。


「では小生が、最初の一人ですね」


 ジェインは笑って、流れる涙を拭った。

 驚き、目を見開いて、彼を見て、笑おうとして。


 彼女の感情の昂りに反応して、右手が大きく脈動する。


 恐怖に目を見開き、ライムは叫んだ。


「駄目、です! は、離れて!」

「大丈夫です」


 いつの間にか現れた三人の『ジェイン』が、脈打つその手を柔らかく包む。

 漏れ出す光に『手』に『手』を重ね、幾重にも、重ね。


「歌って下さい。声に出しても、心の中でも構いません」


 リリラララララ、と、小鳥の歌を。


 大きく息を吸い込み、ライムは気持ちを落ち着かせようとする。

 そして、呟く。

 彼女の旋律にふわりとのせて、彼も同じく囁いた。


 新緑繁る森の影、集い鳴く小鳥達。

 リリラララララ、リリラララララ、リリラララ、ラララ、ラ。


 彼のお二人の結婚式と、高鳴鳥が触れまわる。

 リリラララララ、リリラララララ、リリラララ、ラララ、ラ。


***


『ジェイン』は消え去り、光の手は残された。

 荒ぶる様子は今はなく、静かな水面の様に安定している。


「……申し訳御座いません」

「何を謝るのです」


 項垂れるライムに、彼はそう、声をかけた。


「結局私めの『右手』は、ジェイン様を消し去ってしまいました……」


 三人の『ジェイン』は、彼が消したのではない。

 彼女の『右手』の光に耐えきれず、消滅したのだ。

 彼女の力に、消し去られたのだ。

 そんなことかと、彼は笑う。


「矢除け弾除け、囮に挺身こそ、小生の役目、小生の本懐。それに申し上げたはずです。貴女の大いなる力の、大いなる責任は、小生が負うと」

「……いや、です。それは、渡せません」


 思いもよらぬ一言に、彼は眉を上げる。

 だが、動揺はない。

 そこに拒絶の冷たさはなく、決意の熱さがあったから。


 ライムは、己が両手を見詰める。


「私めはこれを、生まれながらの罪業と、宿痾と、咎と穢れと、思っておりました」


 異でありながら、彼のそれとは。

 祝福じみた彼のそれとはかけ離れた、呪詛のようなものと、思っていた。

 だが、そうではなかった。

 彼も、そうだったのだ。

 自分だけではない。

 あまりにも身近に異様があったから、そう、錯覚してしまったけれど。


「貴方様はもう、十二分に重荷を背負っていらっしいます。私めのそれは、私めが背負います」

「なんの、小生まだまだ余力はありますとも」

「頼もしいです。……どうしても、疲れてしまったときは、お願いしても、良いでしょうか」

「勿論です」

「ならばジェイン様が、心辛き時は、私めに寄りかかりください」


 言ってライムは、泣いた顔のまま、笑った。

 綺麗な、笑顔だった。


 失礼、とジェインは呟く。


 何事かと問われる前に。

 彼女のその笑顔を誰にも見られること、ないように。

 両の腕を、彼女の背に回し。

 自らの胸の内に、彼女を隠した。


 強ばるその背。

 しかし抵抗はなく、その胸に額を預ける。


 彼の背に自らの手を回すことは、まだ出来なかったけれど。

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