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第三十七話 その手を見せて

「ライム殿、食事をお持ちしましたっ!」

「ジェイン様? ……空いております」

「失礼致しますっ!」


 もう一人の『ジェイン』が戸を押し開き、盆を持ったジェインが入室する。


「申し訳ございせん、お手間をおかけしまして……」

「お気になさらずっ! 食事は温かい方が好ましいですからっ!


 言って彼は、窓際の丸卓へと盆を運び、『ジェイン』が彼女をそちらへ付き添う様にして誘った。

 為されるがままにライムは歩を進め椅子に座り、ジェインはその前に料理を配膳する。

 そして何食わぬ顔で自身の分も並べ、彼女と同じく席に着いた。

 てっきりそのまま退室するものと思っていた彼の対応に、ライムは目を丸くする。


「あの、ジェイン様?」

「はいっ! 何でしょうかっ!」

「その、ジェイン様もこちらで……?」

「一人の食事は、時として気の滅入るものですっ! それとも、お一人の方が良かったでしょうかっ?」

「いえ! ……いえ、そんなことは、ないのですが。お見苦しいものを、お見せすることになるかと……」


 申し訳なさそうにする彼女に、ジェインは胸を張った。


「心配はご無用ですっ! マコト殿から少し話は伺いましたっ! 何のために小生がいるとお思いでっ?」

「そのようなお手間をお掛けする訳には……」

「ライム殿、小生の能力をお忘れですかっ」


 言って彼は、未だ窓際に控える『ジェイン』に視線をやった。

 『彼』は最後の一席に腰を下ろすと恭しく、挽肉を葉野菜で包んだ煮込みを切り分け、ライムの口元へと運ぶ。

 その振る舞いに、彼女は顔を真っ赤にして狼狽えた。


「じぇ、ジェイン様っ?」

「マコト殿が言うには、ライム殿の主様も、このよう手ずから給仕をなさったとかっ!」

「それはっ、そうなのですが、そのっ……」

「……小生では、力及びませんでしたでしょうか」

「いえ、決してそんなことは!」


 肩を落とすジェインに彼女は慌てふためいた。

 ややあって覚悟を決め、おずおずと口を開き、運ばれた肉叉を受け入れる。

 途端、ぱっと顔を上げ、表情を明るくする彼。


「熱くはありませんかっ?」

「大丈夫です……」


 もくもくと口内のそれを咀嚼し、嚥下する。

 正直なところ、味など全く分からなかった。

 その後も続く、彼の甲斐甲斐しくも手厚い振る舞いに、彼女は混乱一歩手前となる。


 結局全てを『彼』の給仕でもって、ライムの夕食は終わった。

 味どころか何を食べたかすら、覚えていないが。


 傍らを見れば完璧な作法で同じく食事を終え、口元を拭うジェインの姿。

 その様子に、彼と自らの格差を覚え、冷や水を浴びせられた様な感覚に陥る。


「どうされました、ライム殿っ」


 やや表情を陰らせた彼女に、彼はそう声をかけた。


「その……何故ジェイン様はこんなにも、私めを気に掛けて下さるのかと」

「それは既に、お伝えしたかとっ!」

「……」


 その、わかっていた返答に、ライムは様々な感情が綯い交ぜとなった、笑顔のような表情を浮かべる。

 彼女の様子に気付いてか否か、ジェインは言葉を続けた。


「それに小生としても、他人事とは思えないのですっ!」

「え?」

「今でこそ」


 『ジェイン』が立ち上がり、盆にまとめた食器を持って退室していく。

 それと入れ替わりに、茶器を携えた二人目の『ジェイン』が入室した。

 言葉もなく、『彼』は二人に茶を注ぎ、一礼と共に音もなく姿を消す。


「この様に自らの能力を使いこなしておりますが、自覚した当初は失敗も多々ありましたっ!」

「そう、なのですか?」


 今でこそ、の言葉の通り、とても失敗があったなどとは思えぬ精度に感じられた。

 彼女の躊躇いがちな疑念に、ジェインは頷く。

 ジェインは『古今(ポテンシャル)到来(・クリスタライズ)』の為に、常時複数の思考を並列して処理し続けている。

 幾重にも分岐していく演算の中から、状況に応じた、最適な『自分』を現実に出力しているのだ。


「これを自覚した当初は、もう一人の自分の結実するのに手一杯、二人目を出そうものなら目鼻から血を噴き、昏倒したものでしたっ!」


 懐かしいことを思い出すかのような口調で、血生臭いことを言う。


 今の限界は、分からないが。


 また、意図せぬ結晶体の出力が多発することもあった。

 まるで自分の欲望が漏れ出たかのように、厄介事を引き起こす、己が思考。

 制御しようとすればする程、それを嘲笑うかのように。

 そして彼は、だからそれを、制御しようとすることを、止めた。


「小生は()()を支配し、制圧すべきものと考えておりましたっ! そして意のままに、操るべきものであるとっ! しかしそうではないのですっ! 思考など、物心ついたときより共にあるものっ! 歩くを覚えて足の出し方を考えぬように、歌うを覚えて声の出し方を考えぬように、ただ当然にあるものであるとっ!」


 転ぶことはあり、音程を外すことだって勿論あるだろう。

 だかそれを恐れて、脚を止めることに、声を圧し殺すことに、得るものはなく先もない。


 彼にとっての思考とは楽譜であり、『自分』とは歌声となった。

 聞き馴染んだ曲を、口遊むような。

 そんな何でもないことだと、気付いて。

 彼のそれは、当然となった。


「私めは」


 ぽつりと、ライムは呟いた。

 胸の前で十字に組まれたそれを見下ろす。


「これを当然のものなどと、思うことはありませんでした。思えたことが、ありませんでした」


 手の形をした呪いであると、思っていたのに。

 まさか、馴染みの歌を、歌うが如きとは。


「歌……歌ですか。そういえば私めも、素敵だなと思った、歌がありました。もう、うろ覚えになってはしまいましたが」

「どのような歌ですかっ?」

「確か……森の小鳥がリリラララララ、と囀る歌だったかと」

「小鳥たちのの婚礼、新木新緑の聖堂にて、ですねっ!」

「……え?」


 即答する彼に、ライムは呆気にとられた表情となった。

 答えた当の本人も、同じような顔をする。


「いや、そんなはずは。ジェイン様がご存じなはず、ありません。私めは異界から来訪した者、異界の歌故」

「……」


 彼女の言葉に答えず、ジェインは額に手を当てる。


 新緑繁る森の影、集い鳴く小鳥達。

 リリラララララ、リリラララララ、リリラララ、ラララ、ラ。


 彼が口遊む、耳懐かしい響きに、ライムは驚愕する。


「何故、なぜジェイン様が……?」

「これは貴女が歌う歌です、貴女が歌った歌です、ライム殿っ」


 ジェインの思考は、演算は、未来すらも予測する。

 だがこれは、およそ予測と呼べる代物ではなく、もはや……


「貴女の手を、見せてはいただけませんかっ? 貴女は歩ける、歌を歌えるっ! 貴女には、それが出来るはずなのですっ!」


 心が何かを確信している。

 何かを掴みかけた、何か先が、見えかけたような、そんな感覚を覚え、思うがままに熱のこもった声音で、彼は言った。

 その言葉に、ライムは瞑目する。

 乱れそうになる呼吸を整え、彼女は目を開き、囁く。

 ジェインは、その言葉を繰り返した。


「第二種中層封印、解放」

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