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第三十五話 分陰に安らいで

『何名か、知らぬ顔があるが』


 スカイアの視線がまず、ライムへと向けられていた。

 思わず傅こうとする彼女の前に庇う様に、マコトが立つ。


「彼女は僕の仲間です、陛下」

『シン殿の?』

「……シン改め、マコトと申します」

『偽名か。故あってのことか?』

「はい」

『では不問とする。永く英雄をしているのであれば、そんな必要もあろう』

「……陛下の寛大さに、感謝を。彼女ですが水王国によって、異世界より召喚を受けたようです」

「ライムと申します」

『ライム殿か。マコト殿との縁もあって、この場に残ったということでよいか?』

「はい。水王国特選部隊長のモモイ様は、本国の補給部隊と合流する為、既に出発されています」


 エウロパの報告に、スカイアはやはり頷いた。

 そして視線を最後の一人、マリエンネへと向ける。


『その者が、例の?』

「はい、名はマリエンネ。毒で喉と肺を侵されており、今は声を出すこと叶いませんが……」


 当のマリエンネはカリストに促され、しぶしぶといった感じで頭を下げた。

 古傷だらけの半裸の少女を見、しかし表情は変えず、彼女は言った。


『エウロパよ。今夜、第十二格納庫の中身を『取り寄せ』よ。よいな』

「? 承知致しました。……月王国からの報告などは、入っておりませんでしょうか」

『現在の所、ありません』

「承知致しました。これから我らは、最北の結界塔にて月王国の部隊と合流すべく、行動致します」

『順調に行って、五日ほどかかりましょう。それまでに月王国からの報告があれば共有します』

「承知致しました。宜しくお願い致します」

『陛下、他に何かございますか?』

『いや、ない。あとは皆の武運を祈るのみじゃ』

「ありがたきお言葉です」

『では、通信を終わります。ギニース、気を付けて』


 最後にそう一言付け加えて、映像はぷつりと途絶えた。


「……公私混同じゃない? 今の」


 そんなイオの呟きは、舞い上がったギニースの耳には、届いていないようだった。


*** 


「本日はこのあたりで野営としましょう」


 水王国の部隊が壊滅したと思われる地点を西に避けて北上を続けていたブラックウィドウであったが、日の暮れかけた紫の煙る空の色となった時分に、エウロパはそう宣言した。


「りょーかい」


 ギニースに代わって運転席に座っていたイオが、返事をしつつ視線を巡らせる。


「あのあたりでいいよね?」

「十分でしょう」


 右前方の、ややひらけた平地を見やり言う彼女に、エウロパは頷いた。


「天幕を張るのですか? 支柱を建てるお手伝いならできます」

「ああ、ライム殿は我々と野営するのは初めてだったな。いや、それは必要ない。……というか、その格好でどうやって支柱を建てると……?」


 ライムの申し出にカリストはやんわりと首を振るが、別種の疑念がわいたようだ。

 両腕を拘束された出で立ちを改めて見、振っていた首を、捻る。


「それは、こうして、こうして、こうです」


 膝で何かを挟み、足首を捻りつつそれを下へと突き立て、そして踵を落とす仕草を見せた。

 カリストは黙って、マコトへと視線を向ける。

 それを受け、彼も黙って頷いた。


「そ、そうか。いや、心遣い、感謝する。……エウロパ」

「はい」


 呼ばれたエウロパもやや苦笑を浮かべ、停車したブラックウィドウよりひょいと飛び降りる。

 手にした鍵を模す両手杖を地面に突き立て、『取り寄せ』の魔法を構築した。

 ……眼前に現れたのは、旅人が一泊するような木賃宿どころか、士官級将校の天幕などの規模ですらなかった。

 ちょっとした屋敷と呼べる代物が顕現するのを、ライムは目の当たりにする。


「ええ……」


 あまりの光景に、彼女は言葉もなかった。


「まあ、そうもなりましょうっ!」


 かつての自分と全く同じ様相を呈するライムに並んで、ジェインがそう声をかける。


「その、これは一体……?」

「これは本行軍の為、女王陛下より拝領しました邸宅です。使用されなくなった貴族の別宅とのことで、規模としては小さな部類となりますが、この人数ならば十分でしょう」


 何でもないことの様に言うエウロパを、彼女は黙って見つめた。


「何か?」

「あ、いえ。……私めも入って宜しいのでしょうか」

「当然でしょう」


 気後れするライムに、エウロパは呆れたように溜息を吐く。

 自己評価が低いというマコトの言葉は、全くその通りの様だった。


「ジェインさん、ライムさんを部屋へ案内していただいけますか? 好きなところを使っていただいて大丈夫ですから」

「承りましたっ! ライム殿、参りましょうっ!」

「は、はい……」


 ジェインに背を押され、彼女はおずおずと中へと足を踏み入れる。


「食事は私が作ろう。マリエンネは、粥の方がいいか?」


 若い二人の背を見送り、カリストがそう宣言した。


「香辛料使ってなければ、普通のもので大丈夫だけど……」


 ややかすれさせながらも肉声でそう返し、マリエンネはエウロパをもの言いたげに見る。


「どうしました?」

「なんであたしを、あんな紹介の仕方したのよ」

「ああいっておけば、事後貴女をカリエイン家の小間使いにでも雇えるかと思いまして」

「……」


 彼女の言葉に、マリエンネは何も返さず鼻を鳴らし、黙って玄関へと小走りに向かい、中へと姿を消した。

 残された一同は軽く顔を見合わせる。


「わたしは、ブラックウィドウと、緋緋色甲冑(ひひいろかっちゅう)の、整備を」

「わかった。あとで呼ぶが……あまり無茶はするなよ」

「さっき、イオ姉さんに、運転を、代わってもらって、少し休んだから」


 でもわかった、とギニースは頷き、裏手に止めたブラックウィドウと、その屋上に積まれた緋緋色甲冑へと向かった。


 残された一同を代表して、カリストが玄関扉を開ける。

 大広間の中央には、二階への階段が続いていた。

 見ればマリエンネはそれを登り左手側の、宛がわれた自室へと引っ込んでいく。

 階段を境に、右手には食堂への入り口が、左手には応接室が設えていた。 

 カリストは先ほどの言葉の通り、右奥にある厨房へと向かう。


「では一旦、夕食まで解散としましょう」

「はーい。私はちょっと寝るね。ご飯になったら起こして」

「わかりました」


 イオは階段を上り右手側、彼女らカリエイン家一同が居を連ねる一角へと姿を消した。


「私も上に上がります」

「ええ。僕はちょっと、お湯と手ぬぐいだけ取ってから部屋に行きます」


 エウロパは頷き、イオの後を追って階段を上る。

 マコトは首を鳴らし、左手奥の給湯室へと歩を進めた。

 屋根上に貯水槽があり、ろ過した雨水を各所に給水しているようだった。

 あまつさえ、冷水と温水の切り替え機能までついているのだから驚きだ。

 彼は木桶に湯を注ぎ、重ねて積んである手ぬぐいを一枚拝借し、内廊下にある別の階段から二階に上がる。

 そこには六部屋ある客間のうちから一室を選んでいる、ジェインとライムの姿があった。


「部屋は決まった? まああと三部屋しかないんだけど」

「ああ、マコト殿っ! それが少々難航しておりましてっ!」

「え?」


 何か困るようなことがあっただろうかと、マコトは首を傾げて近寄る。

 見ればふるふると、ライムが首を振っていた。


「こ、このような豪奢な御部屋、私めには過ぎたるものです。もっと、もっと狭隘な物置くような小部屋で十分にございますれば」


 彼女が覗いていた客間を、見渡す。

 三人は同時に眠れそうな寝台、その脇には黒檀の様な色合いの、重厚な木造の側卓が並んでいた。

 五人は並んで座れる寝椅子に、窓際には丸卓と三つの椅子が備えられている。

 そして壁と側卓には硝子製の装飾灯が、魔法の光を放っていた。

 彼女が気後れするのも、ある意味無理はないかもしれない。


「ライム、今の君は客人なんだ。堂々としてればいい。あのマリーでさえ、同じように部屋を与えらえれてるんだから」

「し、しかし」

「ライム殿っ、貴女は今回の勝利の立役者でもあるのですよっ! このような礼節を受ける程度の、功績をお持ちなのですっ!」

「左側奥の部屋はジェイン君が、一番手前は僕が使ってる。真ん中の部屋なら何かと都合がいいだろう。何かあったら声をかけてくれればいい。……ちなみに対面側はマリーが使ってるよ」

「……」


 未だもじもじと躊躇うライムに、ジェインは再び声をかけ、中を案内しようとする。

 戸惑いながらもその激励を受け、彼女はおずおずと居室内へと足を踏み入れてくれた。

 ジェインは眉を下げて戸外のマコトを見、彼は苦笑して頷く。


 ライムにとってのマコトは、彼女の主人の佳き人であり、未だ上下の関係を感じてしまうようだった。

 ジェインの方が、恐らく近しい立場と感じることが出来るはずだし、彼の明け透けた好意は、彼女も間違いなく感じているだろう。

 彼に頑張ってもらうのが、恐らく最良であるはずだった。

 マコトはそのまま自室へと踵を返し、湯で湿らせた手ぬぐいで、顔を拭った。

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