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第三十三話 虚栄を断ち割って

『それは残念』


 誰へとはわからぬマコトの念話を受け、ギニースは行動を次の段階に移行した。

 緋緋色甲冑(ひひいろかっちゅう)の操縦練度の不足は正直、否めない。

 だが、こと反応速度の問題は『機操展改(ザ・マニピュレーター)』を用いることで解決する。

 反応速度の遅延を、限りなく零となるよう強化すれば、あとは機体の性能でものを言わせればいい。

 今ならば、それで十分だ。


 ギニースは、遠巻きに牽制を繰り返す『パメラ』の分体を見る。


「勿体、ない」


 それが彼女の、素直な感想だった。

 あれらは見てくれこそ異様だか、基本的な行動理論は一般の呪痕兵のそれと何ら変わらない。

 本体の能力を一部、引き継いでいるにもかかわらず、だ。


 本人が操作している時は、髪を刃とし、また全身から長大な針を出現させるなど、通常の個体では有り得ない挙動も見られた。

 だが今、ギニースを包囲している分体達は両の腕を変形させるばかりで、それ以上の行動を取る素振りもない。

 こんなことが出来るのであれば、


「専用の、行動理論を、構築、すべきだった」


 そうであれば、こうもあっさりと。


 ……全滅の憂き目にあうことも、なかっただろう。


 周囲を見渡す。

 動くものは、何もない。


「……勿体、ない」


 一帯には、最早地面に焼き付いたような、銀色の何かの痕跡しか残されてはいなかった。


『それは打つ手無しってことでいいのかな?』


 マコトと何者かの会話は、続いている。

 彼女は地を蹴り、背より熱波を放出し、空へと舞い上がった。

 彼との距離は、それなりに離れている。

 用心深くは、あったのだろう。

 こそこそと、囮の影に隠れる云々と言っていた気もするが、自分ならば許されると考えていそうではあった。


 その傲慢さが、気付きを奪ったのだろう。

 そんなことを思いながら、ギニースはマコトの元へと飛翔する。


『勝った気じゃない。勝ったんだ』


 その言葉に応えるかのように、彼女は言った。


『現着』


 彼は上り。

 そして彼女は舞い降りた。

 装甲を赤熱させ熱波を纏い、脚打と共に。


 ギニースの落着は地面を陥没させ、展開されつつある召喚柱陣を粉砕する。

 爆縮する灼熱の衝撃波が、パメラを襲った。


「何故、何故何故何故ここに?! 倒しましたの、百二からなる我が分体を?! この短時間で?!」


 理不尽を叫びながらも、髪を編み防御の体勢を取る。

 だが暴力的ですらある大風圧が、地を踏むことは許されなかった。

 融け吹き散らされ、彼女の身体は空高く打ち上げられた。


「有り得ない、有り得ない、有り得ませんわ! この様なこと!」


 青い夜会服の袖は焼け焦げ、その下の病的に白い肌が晒される。

 自らの有り様に、置かれた立場に憤激し、パメラは叫んだ。


「私は、私は! あの方に、我が君に選ばれし者! この世界に! 赦されし者!」


 空は高く、聞く者はおらず。

 それでも言葉は止まることはなかった。


「有り得ない、有ってはならない! 認めはしない! この様な……!」


 いかな『土』のドートートの怪作、緋緋色甲冑だとて、聖痕保持者(スティグマホルダー)を一機で打破できる筈がない。

 着地と同時に、最高硬度に圧縮した武装群で粉砕してやる。

 そう胸の奥で誓い、パメラは髪を広げ、地を睨み付ける。


 此方を見上げる緋緋色甲冑を見下しながら、しかしそれを遮るように、一つの影が塞ぐ。


 劣等種の少年。

 マコト・タチバナ。


 反射と言っていいだろう。

 パメラは髪を、剣と、槍と、斧と、鎚と、鋸と、鉤とへ変じ、夥しいまでの殺意と共に、真下へと振り下ろした。


「来たれ千剣、応報の刃よ」


 彼の意に従い、刀身のみの飛剣が群れをなして現れる。

 殺到する凶器を受け止め、反らし、あたかも無数の針で縫い留められた昆虫標本の様に空へと張り付け、そしてマコトは空を踏み締め、彼女へと詰め寄る。


「僕もあまり、人の事は言えないけど」


 髪を更に分化し、接近を阻止しようとするも、残る飛剣はあまりにも多い。

 動かし得る全てを抑え込まれ、吐息すら感じられる距離で、彼は言う。


「選んで頂いた、だろう」

「なっ……!」

「それを見せびらかして、有り難がっていただけだろう? 使いこなそうとしたか? 己の血肉に、しようとしたのか?」

「私は……!」


 とん、と。

 軽い衝撃が、パメラの胸元に奔った。


「あ……」


 見ればそこには、銃剣が突き立っている。

 そしてそれは音をたて、凍りついてゆく。


「は……っ……はぁっ」

「なら、こんなもんだよ」

「違ぁう! 私は! わたくしは……!」


 そこで彼女の言葉が止まった。

 声も、流れる血も、零れる涙も凍りつき。

 彼は銃剣を、『昏き星間』を、軽く捻る。

 罅割れ、砕かれ、霧氷となって。


 それが、パメラ・ダンクルベールの最期となった。


***


 彼は握った銃剣を振り、その刃に視線を落とした。

 血潮も脂すらも凍結し、砕け散り、何の痕跡も残らずただ怜悧な刀身だけが残る。

 何とも残酷な兵器だな、と言葉にはせず、思うにとどめた。


『マコト、さん』


 ギニースからの念話に彼は下を見、軽く左手を振る。


『倒した……けど、警戒を』


 マリエンネを討った際は、彼女を回収すべく、『木』のセルゲイが現れたのだ。

 既に遅きに失しているが、可能性がない訳ではない。

 マコトはそのまま滞空し、ギニースは緋緋色甲冑の索敵機能を全開にする。

 彼の目に敵影は映らず、機体は彼女に何らの警告を発しなかった。


『ブラックウィドウ、転移反応、飛翔体の感知なし。こっちで警戒は続けるから、マコトちゃんとギニースちゃんは帰投して』

『……了解』

『わかり、ました』


 階段を降りる様に、マコトは空を下る。

 こちらへ走り来るブラックウィドウが見えた。

 その屋上で、手を振るジェインも。

 ようやくひと段落の実感を得、彼は大きく背を伸ばした。

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