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第三十二話 紫電と赫は綺羅めいて

「負けていない……私はまだ、負けていない……!」


 眼前に投影された戦術地図を見ながら、うわ言のようにパメラは言う。

 震える手を側卓へと伸ばし、茶杯を掴んだ。

 冷めたそれを、一息に呷る。

 そして大きく息を吐き、口元を拭った。


 そう、まだ終わりではない、負けではない。

 問題は、誰とも知らぬ下賤が操る緋緋色甲冑(ひひいろかっちゅう)だけだ。

 そしてそう、それも時さえ稼げば解決さえする。

 馬鹿正直に正面から挑まずとも、混沌領域を広げ、戦闘車両を人質にでもすればいい。

 マリエンネですら、混沌領域に気付いていなかったのだ。

 領域を拡大したとて、最早誰にも解るまい。


 方針が定まったためか、パメラの表情に幾分余裕の色が戻る。

 そして、そんな彼女の様子を、考えを、讃えるかのように。

 祝砲の、音がした。

 それと同時に、世界が揺れる。


「……なんですの?」


 自身の分体から取得している、外部映像を確認するが、緋緋色甲冑を遠間から牽制する、不本意だが特に異常のないそれが映し出されているだけ。

 気のせいか?

 一旦そう思う事とし、彼女は領域を拡大すべく、側脈(バイパス)を織りはじめる。

 遠雷。

 そして振動。


 パメラは目を見開き、今一度外部映像を確認しようとするも、全てを緋緋色甲冑に当てているのを思い出す。

 似通った映像ばかりに悪態を吐き、数機の分体を周辺偵察用に回すべく指令を下そうとした。

 雷音。

 そして、衝撃。


 まただ。

 そしてそれは明らかに、気のせいなどではない。


「何なんですの?!」


 苛立ちが多分に混じる呟きに応える様に。

 霹靂。

 そして、稲光。


 パメラの空間が揺れ、あろうことか光が差し込んでくる。

 雷光、ではなく。

 日の光。


「な……ぁ……?!」


 想定外の出来事に、彼女は上を見上げたまま、身動きと思考が止まった。


 そこに上天より、何かが落ちてくる。

 落ちてくる、というより投げ落とされたのだろう。

 赤く輝く何かが、激しく回転しながらパメラの立つ床に突き刺さった。


「……鎚?」


 薄暗い空間に差し込む光に照らされ、神々しさすらあるそれは、たしかに戦鎚であった。

 そして次の瞬間。

 雷霆の一撃が、戦鎚へと炸裂した。


「あぐぁっ?!」


 迸る熱と衝撃に、パメラは身を仰け反らせた。

 周囲の光学出力装置の映像が、激しく明滅する。

 ぶすぶすと、己が身からも白煙を立ち昇らせながら、彼女は侵入物を改めて見た。


 そこには、最早何もない。


「……は? 一体どういう……」


 その呟きを嘲笑うかのように、再び空を切る音と共に、戦鎚が突き立った。

 床を破砕し、撒き散らされる破片を硬質化した髪で防ぐ。

 しかし、続けて落ちる破滅的な紫電を、それで防ぐことは叶わなかった。


「ぎっ……!」


 電流に跳ねる身体を無理矢理押さえつける。

 出力装置は完全に沈黙し、存在感を示すのは暗闇の中の一筋の光と。

 転がる、赤い戦鎚。

 震える足を叱咤し、パメラはそれへと歩を進める。


 そして慈悲もなく、戦鎚は三度かき消えた。

 その瞬間、彼女は最早躊躇せず、聖痕たる髪を伸ばし操り、()()に開いた穴へと身を投じた。

 またも落ち来る戦鎚を、寸でのところで弾き、雷霆の落つる前に、穴ぐらを出る。


 ()()

 そして、待ってましたとばかりに、赤き戦鎚を振りかぶる、劣等種の少年。


「!!」


 横殴りの一撃を、パメラは髪を束ねて防御するした。

 聖痕を盾とし、その一振りを受け止め後ろへ飛び、衝撃を殺しつつ距離を取る。


「流石に見え見えでしてよ……!」

「それは残念」


 出待ちの一撃を防がれた彼は、しかし気にした風もなく、ぐるぐると『天鎚』と振り回しながら言った。


「どうして、解りましたの? 私の所在が」


 思いの外冷静な、想像とは異なる物言いをマコトは怪訝に思いつつも、『天鎚』を回す手を止める。


「『見れば分かる』人がマリーの他にも居てね。あの『群れ』にいないのは分かった。ま、いないだろうとは、思っていたけど」

「何故?」

「木を隠すなら森の中。だがそれなら、稼働制限の解除なんて、最初からしている筈だろう」


 森自体が疎らであれば、木の隠しようがないのだから。


「そしてマリー曰く、混沌領域の維持は自動化できず、術者はそこから出られない。『呪痕兵』の中に、本人はいない」

「……」


 指折り数える彼の様子を、パメラは黙って見詰める。


「側脈とマナの流れから、おおよその地点は絞り込めた。だが現場には、影も形もない。では何処に?」


 言ってマコトは、折っていた指をぱっと広げた。


「空中は、意識さえ向けていれば見逃すことはない。地上で何か隠蔽の魔法を行使しても、その術式から逆に場所を特定出来る」


 らしい、と最後に心の中でだけ付け足し。


「……残すは地中のみ、という事ですのね。まさか私の地底戦車の位置まで見抜かれるとは」


 地底戦車。

 先端に螺旋刃を搭載した、文字通り地中を掘り進む移動拠点。

 パメラの第二作戦室であり、結界塔の外における本陣と言える。


「地底戦車、ね。まあ、U.F.O.に乗って行ったのもいるし、今更か」

「ゆーふぉー? 何を仰っているか分かりませんが……」


 言ってパメラはふぅ、と溜め息を吐く。


「楽をするものではありませんわね。お陰で予備ラインは使用不能。呪痕兵の召喚もままなりませんわ」


 やれやれとばかりに肩を竦める彼女に、マコトは目を細めた。


「それは、打つ手無しってことでいいのかな?」

「だとしたら、どうされますの?」


 挑むように問いを重ねてくるパメラに、彼は頭を振る。


「殲滅一択だね」

「あら、投降は認めていただけませんの? 彼女のように?」

「危険すぎる。それに、投降を是とするようなタマじゃないだろう……何を企んでる」


 警戒を顕にするマコトに、彼女は高笑いを返した。


「ええ、長々付き合ってくださいまして、感謝いたしますわ」


 その言葉と共に、パメラの周囲に幾つもの魔方陣が浮かび上がる。


「……再召喚は、出来ない筈では?」

「予備ラインが使用不能で、楽が出来ないだけですわ! 正規のラインは無論、生きていますの! 勝った気になるのは、まだ早くてよ?」

「そんなことだろうと思ったよ」

「余裕ぶったところで、結果は変わりませんわ!」

「そうだね。だから一つ、訂正しよう」


 指を立てる。

 あくまでも崩れぬ彼の態度に、彼女が逆に怪訝な表情となった。


「勝った気じゃない。勝ったんだ」


 そしてマコトは、パメラを置き去りに、『移風同道(ゲイルアカンパニー)』で空へと駆け上がる。

 入れ違う様に下り堕ちるのは。

 赫い、彗星。

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