第三十一話 彼女の鎧で蹴とばして
斧槍と化した銀の髪が、横薙ぎに振られた。
『ジェイン』はそれを跳んで躱し、それを踏みつけ足場とし、『パメラ』へと伝い走る。
構えた双剣を掬い上げる様に切り上げ、彼女の顔面を割った。
「また顔を!」
恨み節を吐く『パメラ』を無視してそのまま駆け抜け、後ろの別個体に肉薄する。
右の刃で頭部へと牽制の一撃を加え、左の刃で胴を割る……その刃を跳ね上げ、下あごから串刺しにした。
捻りを加えながら剣を引き抜けば、頭部は弾け銀の雫となって地に落ちる。
それをこれ見よがしに踏みつけ、彼は止まることなく次の標的へと疾走した。
「調子に乗って……!」
すぐさま破損部位を再生して、遠ざかる『ジェイン』の背に向けて髪を振るい、銀の飛沫で撃ち抜こうとする。
「破っ!」
だがその弾幕は、振り下ろされて白い拘束服姿の少女の踵に全て、撃ち落された。
「何ですの?! 貴女も礼儀知らず……」
突然の乱入者に苛立ち声を上げ、それは最後まで発することは出来ず、跳ね上がる右のつま先に止められる。
『お待たせいたしました、ジェイン様。体調良好……『清浄』は問題なく、機能しております』
『何よりですっ! ……前線に共に立てぬ、小生の不甲斐なきをお許しくださいっ!』
その忸怩たる発言は、本心からであるのだろう。
両手の指先を、所在無さげにうごめかしながら、彼は言った。
『何を言う。そもそもこの戦況、ジェイン殿がいなければ成立しない』
そう告げる、カリストの言葉は尤もだ。
気持ちはわかるがな、と心の中でだけ付け加え。
『ギニース?』
彼女はもう一人の主役に念話を飛ばす。
『……』
が、返答はない。
『まだ、かかりそうだ。ジェイン殿、ライム殿、すまないがもう少し支えてくれ』
『承知しましたっ!』
『この様子が続くのでしたら、何とかなりそうです』
光を纏う彼女の右脚が『パメラ』の膝を砕き、体勢を崩したそれの顔面を『ジェイン』の光の矢が撃ち抜いた。
「揃いも揃って……!」
毒は通じず、執拗に頭部を狙う彼らに、パメラの苛立ちは最高潮に達しつつある。
それでもまだ残る冷静な部分が、彼女を各個撃破へと走らせた。
拘束服姿の少女……ライムからもっとも離れた『ジェイン』一人に向けて、十一機の分身を当てる。
数体削られようとも再生するこちらに対して、少年騎士にそれは無い。
身を守るつもりなど一切なく、『パメラ』らは腕を刃と、髪を槍とし強襲する。
多勢に無勢、狙われた『ジェイン』はなす術もなく打ち倒される……筈だった。
だが。
とん、と。
ブラックウィドウのジェインが軽く足を踏み鳴らした。
それと同時に、襲い来る彼女を遮って、新たな『ジェイン』が割って入る。
その数、十一人。『パメラ』と同数だ。
全く予想だにしていなかった敵影の出現に、攻撃にしか意識を向けていなかった『パメラ』はひとたまりもない。
高速振動する刃が腕を切り裂き、髪を払い、そして顔面を貫く。
彼女らが崩れ落ちるのと同時に、『ジェイン』達は姿を消した。
「……す、少しは頭を使うことを覚えましたかっ! 休むに似たる考えではありますがっ! 一応褒めて、差し上げましょう、老害殿っ!」
咳払いをして、ジェインがそう宣言する。
「青二才が!」
追われていたはずの少年騎士の言葉に、割られた額を修復しつつ『パメラ』が煮え滾った言葉をぶつけた。
『照れがあるな、ジェイン君』
『……このような言葉を投げかける機会は早々なくっ! それよりも、結晶体はやはり十数える程度の維持が限界ですっ! 呼吸を止めてもそれのみならず、恐らくは領域内の空気に触れるだけでも中毒を起こす模様っ!』
敵への罵声は、彼には少々難易度の高い行為だったようだ。
言葉早く言うジェインに眩しいものを感じつつ、マコトはため息を吐く。
再生を終え、彼女は再び『ジェイン』に狙いをつけるが、時は十分に稼いでいる。
追いついた『ジェイン』達とライムが、お返しとばかりに背後から追撃を加えた。
再び崩れる『パメラ』達。
振り向き睨むその形相は、それだけで呪い殺されそうなものだったが、ライムには特に感じるものは無いようだ。
声もなく、その顔面を蹴り砕く。
「調子づいていられるのも、ここまでですわよ! 報いを受けさせて差し上げますわ!」
崩れた頭部を再生し、あまつさえ新たな首を生やしながら、パメラはそう吠えた。
「口だけは達者なようでっ! おや、口数も増えましたかっ!」
ジェインの挑発の言葉にきりきりと眉を上げながら、しかし応えず口の端を上げる、凄絶な表情となる。
「……重量制限解除、押し潰して差し上げますわ!」
その言葉と共に、『パメラ』達が一斉に形を失い、巨大の銀色の水溜まりと化した。
そしてそれが、しみ込むように地面へと消えていく。
逃げた……訳ではない。
『呪痕兵の反応が消失……?』
イオからの報告と同時に、大地が揺らぐ。
『ジェイン』は咄嗟に、ライムを突き飛ばした。
それと同時に、彼らの足元から銀色の針が……針というにはあまりにも大きく太いが……無数に突き立ったのだ。
ライムこそ無事ではあったが、六人の『ジェイン』が刺し貫かれ、砕け散る。
突き出た針山はバラバラに分かたれ、その全てが無数の『パメラ』に変じた。
『呪痕兵、再反応! 全機、ジェイン君たちの所に集結してる!』
『重量制限解除とは……っ、どうにも動きが単調だと思っていましたが、これを目論んでいたのですねっ!』
指令と介入が最小限だったのは、条件設定の変更に注力をしていた為の様だ。
「これで百二対四……さ、どうして下さるのかしら? いえ、どうして差し上げようかしら?」
勝ち誇る『パメラ』達に対して、ジェインの表情は苦いものになる。
無限に再生する相手であっても拮抗出来ていたのは、技量と武装の差もあるが、根本的には単純に、数が僅差であったためだ。
こうなってはなんとか、ライムを脱出させるほかない。
「エウロパ殿……っ!」
ジェインは振り向き、彼女を見る。
エウロパは彼に頷きかけ……
『完了』
そして彼女の念話が響く。
『ジェインさん、結晶体を解除してもらえますか?』
『はっ? しかし……っ!』
『妹に、貴方を破壊させたくないんです』
『……承知いたしましたっ』
それと同時に、ブラックウィドウが揺れた。
轟音と共に、何かが飛び立ったその余波だ。
それと入れ違う様に、ライムの姿が車内へと戻る。
「ライム殿、ご無事でっ」
「はい……しかしこれからどう……?」
不安げに瞳を揺らす彼女へ頷きかけ、彼はカリストを見た。
窓の外を見やり、彼女は二人に答える。
「整ったようだ。あとは……」
『ブラックウィドウと、視界映像、共有する』
ギニースからの念話と同時に、彼女の視界であろう映像が、ブラックウィドウの車内を埋め尽くすように投影される。
無数に映る『パメラ』の姿。
それが次々と、強調表示されていく。
そしてそれを、流水の様にエウロパが高速で確認し、仕分けていった。
『……ギニース、俯瞰映像を』
『はい』
全てを否と判じた彼女はそうと注文し、すぐさまその映像がエウロパの前に浮かび上がる。
一帯を銀色に汚染された画像を、その目に焼き付ける様に注視し……そしてある一点を指差した。
『ここです、マコトさん』
『了解』
『私は?』
『……蹴り飛ばしてやれ』
カリストの言葉に、首肯する気配。
本来ならば伝わるはずもないそれが伝わり、僅かに苦笑する。
空高く舞い上がる、ギニース操る緋緋色甲冑が熱波を纏い、誰何する『パメラ』達目掛けて、隕石の様に墜落した。
地面は爆裂し、その余波たる熱と衝撃で銀の分身体は蒸発し、吹き飛ばされていく。
それでも数体は、難を逃れたようだった。
何事かと落下地点を見れば、陥没した地面に佇むのは。
「緋緋色甲冑?! そんな馬鹿な、マリエンネは動けない筈!」
聖痕よりのマナで分身体を補填しつつ、彼女は警戒を強める。
自走型はすべて失ったと聞いている。
毒に侵されたマリエンネに、操縦は不可能だろう。
いや、満身創痍でもそれを押して搭乗させたのか?
分別の無い下劣な劣等たちであれば、そうさせてもおかしくはない……
緋緋色甲冑が右腕を上げる。
巻き起こる熱風が、再生しつつある『パメラ』を再び消し飛ばした。
『一緒に、しないで、くれる?』
表情を読んだギニースが、不愉快そうにそう声を上げる。
「……どなたですの?」
聞いたことのない声に、彼女は眉を顰めるが、
『関係、ある?』
「ありませんわね!」
抑揚のない返しに、『パメラ』は髪を刃として斬りかかる。
十数振りの剣の斬撃を、しかしギニースは躱さずに、熱風を巻き起こした。
超高温の灼熱の風は、刃を煽り蕩かし、吹き散らす。
「……ぐ」
『火剋金。彼女は、そう、言った筈』
「貴女は彼女ではないでしょうに!」
そう。
現在の搭乗者は関係のない、名の知れぬ誰か……ギニースであって、マリエンネではない。
聖痕無き者が乗れば、おのずと活動時間に限界がある。
内蔵されたマナ貯蔵機にあるマナを使い切れば、それで終わりだ。
そしてパメラのマナは無尽であり、その優位性は何ら変わっていない……
「……いい加減、君の顔も見飽きたな」




