第三十話 最後の一欠けらを待って
狙うべきは、この少年騎士だ。
一人目の『ジェイン』を破壊したパメラは、そう判断する。
動きは鋭く武装も強力だが、それが有効なのは相手が人か、或いは単なる呪痕兵だった場合だ。
呪痕兵を依り代とし、聖痕たる髪を馴染ませ汚染することにより発現したパメラの分体は、彼女のマナが尽きぬ限り再生し続ける。
そして聖痕がある以上、マナが尽きることなど有り得なかった。
対して、今しがた破壊した少年騎士に、再生の気配はない。
いや実際一度、別の分身が現れた事はあった。
すぐに喀血し、消滅したが。
原理は不明だが、今ある個体は毒の影響を受けず、今から現れる個体はその影響を受けるようだ。
本来、分身を複数生み出し翻弄し、不意を意表をつくのが本領なのだろうが、『金甲瘴鉱病禍事』がそれを許さない。
残るは九人。
それを倒せば、あとは混沌領域を広げ、武装車両を飲み込んで終わりだ。
八人以上十二人以下。
現在彼女が操る、呪痕兵ならぬ彼女の分体の数は百と二体。
自前で全てを制御出来る筈もなく、大半は依り代とした呪痕兵の思考理論により自走している。
四機からなる一個小隊の基本連携に加え、一個中隊の戦術連携。
四機の、八機の、十二機の、洗練された連続攻撃に、ジェインは追い詰められ……
横合いからの不可視の衝撃波が、綺麗な顔面を容赦なく吹き散らした。
「あら、そう言えば貴方も居ましたわね」
ぽこぽこと泡立ち、頭部を修復しながらパメラはマコトを見、嘲りを込めて思い出したように言う。
「若年性健忘症かい? 知り合いの名医を紹介しようか。ああそれとも、実は結構年がいってたりするのかな? なら仕方ないか。隠居したほうがいいんじゃ?」
そんな彼女に、彼は肩を竦めてそう嘯いた。
「減らず口を!」
「減らしてみなよ」
にやりと笑い、その姿はふと消える。
言うだけ言って行方をくらませるマコトに激高したパメラは、呪痕兵一機の制御に割り込みんだ。
そして腕を髪を、それどころか全身を伸ばし、四方八方を手当たり次第に振り回した。
『ジェイン』達も当然巻き込まれることになるが、冷静さを欠いた力任せの攻撃など、彼らに通用するはずもない。
「卑劣千万! 勇無き汚濁! 恥と分を知りなさい!」
『ジェイン』に受け、削られた四肢を修復しつつ、ざんばらと髪を乱して叫ぶ。
「マリーは気付けたよ。新参者呼ばわりする前に、己を弁えたら、老害さん?」
再び彼は姿を現すも、そこはパメラが蹂躙した一帯から大きく離れた場所だった。
「~~~~!」
これ見よがしに手を振っているマコトに、彼女は怒りに言葉を無くし、声無き叫びを発する。
全身をうねらせ、その身を槍として、パメラは彼に肉薄した。
だが、それは叶わない。
マコトの姿は再び消え、彼女の突撃は地面を穿つだけだった。
「小物がぁっぶぇ?!」
吠え猛るパメラの顔面を、『ジェイン』の振るった刃が切り裂く。
「女性の顔に!」
「ならば戦場に出張るな、痴れ者っ!」
***
「時間稼ぎの為とはいえ、心無い罵声を飛ばすのは気が滅入るな」
「……」
鼻歌交じりにそんなことを言うマコトへ、カリストの懐疑的な視線が向けられる。
エウロパに要請し『引き寄せ』られた彼は、現在ブラックウィドウの車内に帰還していた。
既にライムの姿は無い。
「それで、どうされたんです? 確認したいこととは?」
「今の呪痕兵の分布、わかるかな」
エウロパの言葉に、彼は助手席へと視線を向けた。
本来その席にいるはずのイオは、その隣の運転席に陣取っている。
ギニースもまだ作業中の為、この場にはいない。
「探知機の表示、投影するよ」
イオの操作で、彼の前に映像が映し出された。
当初は霞がかったような画面だったが、パメラの呪痕兵の乗っ取りが完了したためか、平時の明確な表示に回復している。
南東側、『ジェイン』達の戦場に、十二体の光点が明滅していた。
「やっぱりな」
「んん? 何この盤面」
彼の呟きに、イオの疑念が続く。
「総数……百二機。でも動いているのは、ジェイン君を攻撃している十二機だけ。どういうこと?」
そう、彼女の指摘の通り、呪痕兵の大半は整然と等間隔に立ち尽くすばかりだった。
「……エウロパさん、確か呪痕兵は、侵入してきた重量に比例した数が召喚されるんだよね」
「はい。観測した召喚術式は、そのようになっていました」
彼女は頷き、彼の言葉を肯定する。
「おそらく敵は、呪痕兵の縛りと混沌領域の縛り、両方に捕らわれているんじゃないか」
「どういうこと?」
「……つまりあの、『パメラ』の分身は、あくまでも強化された呪痕兵に過ぎず、その為呪痕兵に施された制約から、戦闘に参加できる個体が限られていると」
「そう。ジェイン君九人とライム、その重量を鑑みると、あの数が実働できる上限なんじゃないかな」
「その上、個体の強化は混沌領域によるもので、領域外には踏み出してこない……確かに、二重の縛りを受けていますね。ブラックウィドウが攻撃されないのは、そういうことですか」
合点がいったとばかり、エウロパが頷いた。
「僕らはジェイン君を知っているから忘れがちだけど、あれだけの数の呪痕兵を、自力で操作なんて普通は出来ないだろう」
「確かに……」
「そういうものですかっ?」
モモイは頷き、当の本人は首を傾げる。
「ですがそうなると、あの中に本体はいないのでは? 動きのない呪痕兵を、装っている可能性はありますが」
「あの気性で、そんなにおとなしくできるでしょうかっ?」
彼女の言葉に、ジェインは疑問符を浮かべた。
「たまに定石から外れたような挙動をするから、制御権はあるようだけど……」
逆に言うなら、それは本人ではないということの証左だ。
マコトは臥せるマリエンネの傍らに、静かに歩み寄る。
出血は止まっていたが、その呼吸は弱く、浅かった。
『マリー』
『……』
『マリー?』
閉じられていた瞼が上がり、弱々しい視線が向けられる。
『……ん。なぁに?』
『……しんどいところすまないけど、一つ教えて欲しい。混沌領域の術者は、領域の外に出られるのか?」
『……むり。りょういきの、いじができなくなる』
『わかった、ありがとう』
『……ん』
返事と同時に、その瞳は再び閉じられる。
その頭を軽くなで、彼はイオに向き直った。
「イオさん、その探知機で人間の位置を表示できる?」
「それは無理。これは呪痕兵っていう、いわば規格化された魔道具の所在を表示しているだけだから……特定の発信機を付けた人間なら、勿論表示は出来るけど」
「そうか……そうなると、ギニースさん待ちになるか。僕ももう一度出る。モモイさん、お願いがあるのですが」
「私ですか? 何でしょう」
急に話を向けられた彼女は軽く目を見開くが、続くマコトの言葉に、神妙に頷く。
「……承知しました。宜しく、お願いいたします。




