第二十九話 悪意を塗り替えて
轟音と共に、ブラックウィドウのすぐ脇に、何かが着陸する。
揺れる車体に驚き、イオは窓から屋外の様子を確認した。
そこには拳と膝を地に置き、まるで主を待つように朱金の巨体が鎮座している。
「緋緋色甲冑?!」
『……そー。自動操縦機能を取っ払って、情報収集能力に全振りした機体だよ。だからあの時出さなかったの。ちなみに、最後の一機ね』
『これを、私に?』
『……うん。防塵性バッチリだから、毒は問題ないはず。その子で取得した映像情報を、エウロパちゃんが確認すれば……』
『イオ姉さん、代わって』
『はいよ!』
聞くや否や運転席を立ち、ギニースは姉と入れ違って天窓から屋根へと登った。
遠方には、銀色に染まった木々や地面が望める。
口元を引き締め、彼女は緋緋色甲冑に取り付き、背面の搭乗口と点検口を開いた。
そして次の瞬間、何も言わずそれを閉じる。
『何で閉めた?』
カリストへの返答はせず、彼女は空を見上げた。
暫し瞑目した後、ギニースは再び作業口を開く。
『ごめん、なさい。悪い言葉が、出そうだった』
『どういうことだ?』
『まともじゃ、ない』
改めて機体内部をつぶさに観察しつつ、彼女は言った。
『その機体がですか?』
『作った、人も』
作業の手は止めず、エウロパにそう返す。
『自動操縦、機能を、取り払って、光学探査、機能を、強化したと、言っていたけど』
『……うん? うん』
『使い、熟せて、いた?』
『……使い熟せてたかは分かんないけど、乗って困ったことは、ないかな』
『……』
マリエンネの返答に、ギニースは沈黙した。
このヒヒイロ甲冑は、明らかにマリエンネの『目』を当てにした、専用の調整が為されている。
搭乗時にもたらされる情報量は甚大で、適切な取捨選択、或いは並列処理が出来なければ、乗り手はそれに溺れて、まともに機体操作など出来ないだろう。
ジェインならば、恐らく成せるだろうが。
『小生ですかっ?』
『あれだけの、数の、結晶体を、同時に、演算、出来るのなら』
『しかし小生、魔導工学は全くの門外漢でしてっ!』
『……』
暫しの沈黙の後、ぽつりと、思念が浮かぶ。
『……無理かぁ』
『無理じゃないけど』
マリエンネの言葉を食い気味に、ギニースが被せた。
調整の手は、止まっていない。
末妹の様子に、カリストは困ったように笑った。
『……火が着いてしまったな。済まないマコト、ジェイン殿。暫く繋いでくれ』
『了解』
『承知しましたっ!』
『時が必要なのですね? であれば、私めも参ります』
ライムが立ち上がり、ブラックウィドウの外へと歩を進める。
『……『清浄』がどれ程効果を発揮するか分からない。無理はするな。エウロパさん、ライムを注視して下さい』
『分かりました。ライムさん、御武運を』
その言葉に彼女は振り向き、深々と一礼した。
そして勢いよく、外へと飛び出していく。
健脚な少女の後ろ姿が、ぎらつく銀色の世界に、飲み込まれていった。
***
気に入らない。
澱みなく手を動かし、内部構造を確認しながら、ギニースが抱いた感想はそれだった。
気に入らない。
これは製作者の、マリエンネに対する悪意有る信頼に基づく設計と言える。
彼女の能力の上限を勝手に見切り、僅かにその一つ上の設定をした、そんな風にしか思えない、感じられない構造。
想定外だったのは、恐らくはマリエンネの処理能力は製作者の想定の更に上だったということ。
しかし、故に、なればこそ気に入らない。
この機械の製作者は、もっと出来た筈だ。
より良く、使い易く。
もっと言うなら。
使う者をより楽に、更に言うなら幸せに出来る能力を持ち合わせている筈だ。
だから、気に入らない。
使用者の限界を品定めするような、高度の効率のみを追及するような。
この、心無き天才が。
気に入らない。
だから。
調整してやる。
調節してやる。
調教してやる。
上書きしてやる。
振り替えてやる。
「染めて、やる」
決意と熱意を込めて、ギニースは呟いた。




