第二十七話 銀光に染まって
金色の双巻角、銀色と虹色に煌めく長い髪、青地に白の麗糸の夜会服。
豪奢な外観ながら、その表情は隠しきれぬ喜悦を滲ませていた。
「見解の相違だね。ちょっと殴り合って互いに理解を深め合い、意気投合をしただけだ」
マコトの返しに彼女の……パメラの表情が豹変する。
「劣等種が、私に声をかけないで下さる?! 今私は彼女と話していますのよ!」
正に鬼気迫るを地で行くような形相に、こりゃだめだ、とばかりに彼は肩を竦め、一歩下がった。
「ちょっと事情が変わってね。そっちにいるだけじゃ、あたしの目的が果たせなくなっちゃってさ」
「貴女の目的?」
その問い掛けに、マリエンネは右手の親指で、後ろに下がったマコトを差す。
「そこの間抜け面を、あの方に献上したくてさ」
その言いぐさに突っ込みを入れたくなるものの、話の進捗を優先して押し黙る。
わざとらしくも驚きの表情をうかべ、パメラは嘆いた。
「敵対者を、貴きあの方の御前に……完全なる背信行為。貴女、紛うこと無き裏切者と成り果てましたのね!」
「……あのさぁ」
「死刑ですわ!」
何事か言いかけるマリエンネを遮り、彼女は指を突き付ける。
「あの方の手を煩わせるまでもなく、判決死刑! 悲しい、哀しい、金恣意こと夥しい!なればこそ!」
隠しきれない狂喜をその病的に白い顔に滲ませて、パメラは歌うように宣告する。
「私の手でかっちりと、この上なく丁寧に、殺し尽くして差し上げますわ!」
それと同時に彼女の髪が、八方自在に伸び上がっていった。
あるものは水銀の如く変幻し、地面に滴り大地を汚し、あるものは打ち鍛えられた刃の如く硬質化して、目の前のマリエンネへと振るわれる。
彼女は掲げた右手に熱風を纏わせ、危なげ無くそれを受け止めた。
そして笑う。
「嬉しそうじゃん」
「勿論ですわ! この時がこんなにも早く……!」
「……来ないんだけどな」
『隠身不通』で彼女の前まで歩み寄ったマコトの剣閃を受け、その頭部が横一文字に断たれる。
だが、斬り飛ばされたそれも、残された身体も、共に弾けて無数の銀色の雫となり、辺り一帯に飛び散った。
その一粒一粒がパメラの顔を模し、一斉に声を発する。
「下郎! 劣等! 無礼極まる不埒者よ! 報いを受けるが良い!」
悪い夢の様な光景に顔を顰めるマコトに向って、銀の粒は横向きに降る雨の様に降り注いだ。
彼の姿が、消える。
銀の雨粒は目標を見失い、周囲の木々を、大地を穿った。
「小物らしく、逃げ足だけはたいしたものですわね。まあよろしくてよ」
あらゆる方向から響く彼女の声。
それもそのはずで、地面から無数の、パメラの顔を張り付けた呪痕兵が湧き出すように現れたのだ。
包囲を狭めようとにじり寄るそれらの機先を制し、『ジェイン』が踏み込む。
もう一人の『ジェイン』の力の弓より放たれた矢を追い、不気味な頭部を撃ち抜かれた一体の呪痕兵の肩を刻んだ。
高速振動する刃は、その蠢き揺蕩う素体に飲み込まれることなく、銀の飛沫を散らしながら斬り飛ばす。
だが切り落とした左腕は空中で無数の雫となり、本体側の切り口からはすぐさま次の腕がせり出してきた。
そしてそれは体表を波打たせ、全身から大量の棘を生み出される。
下がろうとするも間に合わず、『ジェイン』の体に無数の棘が突き立ち、結晶体は維持できず崩壊した。
『っ!』
悲鳴を押し殺したような思念が、ライムから発せられる。
『大丈夫ですっ! 心配なさらずっ!』
弓での射撃を続けながら、ジェインが念話を返した。
あらかじめ自身の能力の説明はしておいたのだが、初見では心臓に悪い光景であることは確かだ。
『力の弓、波動の剣共に、健在っ! 予想通り、マナ由来の実体無き攻撃や、何らかの被膜に準じた物を帯びた武器攻撃ならば取り込まれることはない模様っ! ただ有効打となっているのかどうか……っ!』
斬れど打てども、全く痛痒を見せぬ彼女に、ジェインが歯噛みする。
『それならば、私も力になれよう』
『私めも』
だが彼のその報告に、モモイとライムが動いた。
ブラックウィドウを飛び降り、二つの影が分かれる。
携えた銃剣付きの長銃を、射撃武器ではなく白兵武器として振るった。
銃剣に切り裂かれた呪痕兵の脚、切断されたそれは飛沫と散らず、切断面から冷気が走り、そして完全に凍結して地に落ちる。
モモイの銃剣『昏き星間』は、斬撃を加えた物体を氷結させる。
再生能力に優れる標的のそれを、阻害することを目的とした魔道具だった。
そして銃本体『流れ星』も、射撃した弾丸に機能する機構がある魔道具なのだが、この局面では役に立たない。
既に凍結しつつある呪痕兵の腹部に銃剣を突き立てる。
銃剣から迸る冷気が広がり、凍結したそれは砕け散り、あたりに氷の靄を生み出した。
「一刀必殺、一弾必中を是とすべく準備したというのに……!」
不甲斐なさに唇をかみながら、モモイは次の標的へと向かう。
***
ライムの下半身が、淡い光に包まれる。
両腕は未だ胸の前で交差し、拘束されたままだが、それを一切ものともせずに呪痕兵へと挑みかかった。
彼女の放った右の蹴りは、呪痕兵の左膝に命中する。
ただの生身であるならば、ブラックウィドウより放たれた弾丸と同様、その内に取り込まれることとなるはずだった。
しかし燐光を放つ彼女の半身は、流する銀を只の物のであるように蹴り抜く。
藁か何かのようにその両脚は蹴り散らされ、呪痕兵は倒れ込んだ。
胴部と頸部を揃って踏み砕き、次の標的へと飛び掛かる。
回し蹴りが、呪痕兵の頭部を砕いた。
だがそれでも、振り下ろされた右腕は止まらない。
その一撃を、彼女は左足だけで跳ね、蹴りの反動と合わせて飛び下がる様に回避した。
崩れ落ちた呪痕兵の背後から、更に二体の兵が迫る。
着地と同時にライムはそれらに背を向けしゃがみ込み、仰向けに仰け反りながら地を蹴った。
その身を地面に預け、背中を起点にして全身を回転させ、二体の呪痕兵の足を刈るように蹴打を放つ。
足を砕かれ身を崩す呪痕兵へ足裏を叩きつけ、その反動と背筋で彼女は立ち上がった。
そのまま流れるような動作で、ライムは地に伏せた呪痕兵を踏みつけ蹂躙する。
『強くない? ライムちゃん』
『それにあの光は……?』
両手を使わないまま、容赦なく呪痕兵を排除する彼女を見、イオは驚きの声を上げた。
生身の戦闘でそれを成立させているのは、エウロパの疑念の通り、彼女を包む光によるものだろう。
『私めの腕に刻まれた、封じてもなお零るる呪いの残滓でざいますれば』
『ですが、それが今打開の一手となっていますっ! 祝福とは呼ぶことは出来ませんかっ?』
『……行き過ぎた力は、祝福は、果たして呪いと何が異なるのでしょうか』
『担い手の、有り様次第でありましょうっ!』
ライムが倒した呪痕兵たちは、銀の澱となり彼女を包囲している。
それらが震え、再び形を成そうと立ち上がった。
その機先を制し、彼女の両脇に降ってわいた二人の『ジェイン』が、波動の剣を地に滑らせて銀溜まりを吹き散らしていく。
互いに半円を描くように、周囲に未だ立つ呪痕兵達すら断ち切りながら、彼らはライムの傍らに戻る。
『小生のこれも、当初は我が家を破滅させかねぬ呪いの力ではありましたがっ!』
彼の意志と演算に応え、更に八名の、計十名のジェインが結実した。
『今や小生の、折れること無き、まごうこと無き宝剣ですっ!』
***
「下賎! 卑小! こそこそと、囮の影に隠れることしかできませんの?! 嘆かわしい事夥しいですわ!」
「どの口が言ってんのよ」
言ってマリエンネは、炎の剣を無造作に振るった。
軌道上の数体の呪痕兵が、音を立てて蒸発していく。
「火剋金……熔かして真人間に打ち直してあげよっか?」
「貴女如きの脆弱な火で!」
崩れた包囲の穴を埋める様に、銀の流体が間欠泉の様に湧き出る。
『ちょい、下がって』
それを見上げながら、マリエンネはそう念話を飛ばした。
雨というよりも滝の様に、彼女目掛けて銀色の大瀑布が降り注ぐ。
「盛火燎原!」
一切の遅滞なく、マリエンネの体から炎の爆発が巻き起こった
それは落ち来る銀の滝も、一帯の呪痕兵も、大地すらも焼き尽くし、蒸発させる。
『危ないな?!』
『ああごめん。マコっちゃん、どこにいるかよく見ないとわかんないから、声だけはかけたんだけど。信じてたぞ☆』
『引っぱたくぞ』
金属の焼ける嫌な臭いに辟易としながら、念話でそんな応酬ををし、そして爆発範囲から逃れこちらを遠巻きに見る呪痕兵達を一瞥する。
「で?」
小首を傾げ、マリエンネは言った。
その態度に、焦燥と屈辱と、そして嚇怒の表情を露わにするパメラを擬す呪痕兵達。
だがそれは、あっさりと嘲笑のそれへと変わる。
「言った筈ですわよ。貴女如きの脆弱な火で、と」
意味ありげな彼女の言葉に、マリエンネは眉を顰めた。
その瞬間、マコトが左中指に填めている指輪の青い宝石が、光る。
「息を止めろ!」
彼女の期待通り、ブラックウィドウ付近まで後退していた彼が、血相を変えて叫んだ。
是非を問わず、マリエンネは咄嗟に息を止め……
止めること叶わず、彼女の口から吐息ではなく鮮血が、零れ落ちた。




