第二十五話 彼女を連れ出して
「追跡の目を欺く為、水王国方面には向かわず林を南下し、あわよくば貴国との合流を目論んだのですが……」
何の追撃もなかったにも関わらず、相当な時間が経過した後に突如として、十体近い数の奇妙な敵影が前方を阻んだのだという。
泳がせていたのか、遊んでいたのか、気の緩んだ隙を狙ったのか。
いずれにせよ、性格の悪い事ではあるが。
腕を鞭の様にしならせ、斬りかかる呪痕兵を急旋回で回避し、しかしその全てを躱しきることは出来なかった。
そして二輪駆動機は横転し……
「今に至ります」
目を伏せて、モモイは言った。
「……申し訳ございません」
彼女の話を聞き、ライムは項垂れてそう呟く。
「何故貴女が謝るのです。全ては部隊を率いる私の責任です」
「ですが、私めが早合点せず拘束術式を行使していなければ、きちんとお話さえ出来ていれば……このようなことにはならなかったやもしれません」
「そうではない、ライム殿。貴女がそうだったからこそ、私と貴女はここにあれるのです」
諭す様に言うモモイを、彼女は潤み今にも零れ落ちそうな瞳を向けた。
「なまじ貴女が戦えたのであれば、私は恐らく退くことはなかったでしょう。そして恐らくは……」
目を伏せて、彼女は言う。
「そうなれば小生らとモモイ殿達との合流も叶わず、何の情報もなく敵に当たる事となったでしょうっ! そしてライム殿、マコト殿の心晴れることもなかった筈ですっ!」
ジェインから彼の聞き及んでいたライムは、弾かれた様に彼を見た。
頷いて見せるマコトに、彼女の瞳から涙が零れる。
言葉無く涙を流す彼女の背を、ジェインはあやすようにぽんぽんと叩く。
「終わりではない、決して」
燃え上がるような決意を込めて、モモイは言った。
「何事か有ろうとも、必ずや贖わせよう」
自らの肩で涙を拭い、ライムは頷く。
「その時は私めも、微力を尽くします」
「……かたじけない」
「その為にも、モモイ殿は今暫く身体を休めるべきかとっ!」
「その通りです。まずはご自愛下さい」
エウロパの言葉に彼女は首肯し、座席の上で足を組んだ。
両膝の上にそれぞれ手の甲を乗せ、目を瞑る、
モモイの挙動を見、ジェインは彼女から離れるよう身振りした。
「あれは?」
「瞑想ですっ。水王国の騎士特有の精神集中の儀で、内効系魔法による治癒力を高めるのだとかっ」
カリストの疑問に、彼はいつもより声を小さく答える。
「彼女は一先ず置くとして……マリエンネさん」
「……やっぱりあたし?」
「それはそうだろう。割りと君の今後に関わる局面だと思うけど」
自らを指差し言うマリエンネに、マコトは目を細める。
彼女との戦いにおいて、幸いなことに負傷者は出たものの、取り返しのつかない事態とはなっていなかった。むしろ被害としてはマリエンネ自身の方が大きかったくらいではある。
それゆえに彼女は、役に立つのか微妙な相談役という、非常にふわふわとした立場に身を置くことが出来ていた。
しかしながらモモイの戦局においては、被害は明白だった。
明らかに、死傷者が出ている。
それもマリエンネの、いわば同僚の手によって、である。
庇いきれる状況とは言い難く、そもそも彼女を庇うべきなのかという問題でもあった。
彼女の身の振り方を、定めなければならない。
「あたしさ、あの方の進めてる計画自体は、賛成なのよ」
ぽつりと、マリエンネは言った。
人種と国家の垣根を取り払い、それによる差別を根絶し、今より争いの少ない世界を作り出す。
「でもそれは、あの方がしなくちゃいけないことでもないと、思ってる」
「それは……そうだろう。個人で背負うような事ではあるまい」
カリストの言葉に、彼女は否と首を振った。
「やりたいことなら、いいよ。でもそうじゃない。あの方は、やるべきことだと思ってる。やらなきゃいけないことだと、思ってる。やらないと、何もかもが終わってしまうって、そう思ってる。使命、義務、責任、強迫観念。それに追われてるんだ、囚われてるんだ、あの方は」
そしてマリエンネは、非難するような視線をマコトに送る。
「僕?」
「ちょっと前までは、あんたもおんなじ目をしてたってのにさ。昔の馴染みにあった途端に、憑き物が落ちたみたいに清々としちゃって」
あたしの嘆きは何だったのよ、と恨みがましく彼を見る。
「そう、言われてもな……ああ、ジェイン君、そういうことじゃないから、そんな目で見ないでくれるかな?」
「何のことでしょうかっ」
そんなほほえましい光景に。マリエンネは笑みの混じった、盛大な溜息を吐いた。
そして、言う。
「あたしはあんたを、あの方の前に蹴り出したい。死んだ魚の目をしたような輩が息を吹き返した、その生きた証左だと知らしめたい。あたしはあんたを、あの方の前に連れ出したい。あの方を、連れ出して欲しい。やるべきことじゃなくて、やりたいことを、して欲しい」
思うことを思うがままに、彼女は羅列する。
「ねえ、マコト」
彼女はそう呼び、彼を見た。
「あんたの時は、どうだったの? なんでその子は、あんたの側に、寝返ったの?」
「……寝返った、と言う訳じゃない。『貴方と私で在りたいから。ひとり孤独に、永遠を彷徨わせたくはないから』……彼女はそう言って、僕らの道に同道した」
「その後、どうなったの?」
「……『貴方』を倒して、彼女が新たな魔の王となった」
「……そう」
マリエンネは呟き、顔を俯かせる。
ややあって眼鏡を押し上げつつ、顔を上げた。
「最後以外は、踏襲しようか。あたしはあの方の先が見たい……あの方と、先が見たい」
だから、と。
「マコト、あたしを連れてって」
その言葉に、彼は何時ものように応えるのだ。
「ああ、わかった」




