第二十四話 悪しき夢に邂逅して
「ジェイン殿はご存じかと思いますが……我が国の軍人は、個々人の武を非常に重んじる傾向にあります。故に一対一の戦闘においては早々、遅れは取らぬものの……」
水王国において多人数での戦闘は、つまり集団戦と同義であった。
今回の様な少人数での電撃戦、だが対多人数戦闘を同時に想定ということが可能な人員が、そもそもいなかったのだ。
「……それは、普通はそうでしょうね」
「カリスト殿の様な人材を抱えていた木王国が、むしろ出来過ぎといえるかとっ!」
「そもそもそのような特殊な、言い換えれば尖った人材を育みそれを良しとする土壌が、まるでなかったのです」
マコトとジェインの感想を、モモイはそう締めくくる。
「そんな状況を打開すべく我々は」
異世界からの戦力を求めたのです。
……とはならなかった。
「修行を致しました」
「修行、ですか……」
わかりやすいと言えばわかりやすい対策ではあるが、一朝一夕に効果が出るものとは思えない。
「はい。第一次奪還軍派兵の際に持ち帰った呪痕兵の情報を基に、専用の模擬戦闘用亜空間を構築しました。利用者の精神を疑似的な肉体として投影することで疲労無く、また亜空間作成魔法特有の時間経過速度の可変を加速として、実世界の一日を専用亜空間内では七日となるよう調整を成し、一太刀で呪痕兵を屠ることが出来るようになるまで各人が研鑽を積んだのです」
「……なんか、とんでもない事をさらっと言ってないか……?」
「水王国の技術者はこだわりだすと、ひたすら突き詰めるとんでもない改良……改造をする傾向があるとのことで……」
呻くように言うマコトに、エウロパが一応そう付け加えた。
彼女自身も、同様のことを思っているようではあるが。
「例え千の兵を相手としようとも、千太刀振るえば勝ちを成す。そう確信し得るまで、我らは備えたのです。その為、異界からの勇士の召喚など、聞き及んではいなかったのですが」
召喚そのものは成功するも、当のライムは利用されることを恐れ……彼女の危惧とはまた違う利用ではあるのだが……己の精神を自縛してしまった。
意思疎通の取れぬ異世界人を王宮に置くわけにはいかず、モモイの管理の元、討伐部隊に組み込まれてしまったという。
「そもそも、わざわざ連れ歩かなくても、彼女を元の世界に帰してあげればいいんじゃないの?」
「それが時限式の召喚とのことで……」
一定期間が経過することで、帰還が可能になるとイオの問いに答える。
宣告された破滅の刻の前日をもって、というのは有情といえるかどうか。
「口もきけぬようになります為、ご面倒をおかけしました」
「対話出来ぬとはいえ、此方の意を汲んでの行動頂けた故、何も困ることなど」
ライムの言葉に、彼女は微笑んで首を振る。
その拍子に痛みが首筋を奔ったのか、モモイは顔を顰めた。
「スイクン機械兵団の比類無きは小生も聞き及んでおりますが、一体何があったのですかっ!」
ジェインの気遣わしげな口調に、彼女の表情が暗いものとなる。
「水王国を出立してからと言うものの、行軍は順調そのものでした……」
そしてモモイは、事の顛末を語りだした。
***
九機の二輪駆動機の快走は、ある林道で待ったをかけられることとなる。
街道際に立つ林木を切り裂きながら、長大な太刀筋が先頭を行く車両を襲った。
咄嗟に銃剣を構えるも受けきることが出来ずそれは手から弾かれ、その勢いで体勢を崩し車両は横転する。
後続は反転しながら急停止をし、元凶たるを求めて上空を見上げた。
一つの影が、太い枝の上に悠然と立つ。
裾を白い麗糸で装飾した、青色の夜会服姿の少女。
大きな榛色の瞳の下には薄っすらと隈が残り、その顔立ちは美しくもどこか病的だった。
そして何より特徴的なのは、その髪。
銀髪、というにはあまりにも金属的な光沢を持つ長いそれは、風に靡かず自ら意志あるものの様に蠢いている。
そしてその両の側頭部には、仄かに黄金色に輝き渦を巻くような角が浮き出る様に伸びる。
誰何の声を上げる暇無く、少女が動く。
否、少女の髪が。
ぞろりとまるで冗談の様に嵩を増し伸びるそれは、無数の槍となってスイクン機械兵団の団員たちに降り注ぐ。
銃剣を振るうも断ち切ることは出来ず、軌道は逸れて地面へと突き立つ。
不吉な予感に任せて、モモイは地を蹴り飛び上がった。
次の瞬間、地面は崩れ針の山となる。
地に潜った髪の槍が、地中で分裂し地を割り突き出したのだ。
伸びあがるそれを切り払い、身を捩りながら着地する。
切り払われた奇怪な髪は、しかし舞い散ることなく雫のように形を失い地へと落ち、そして元の鞘ならぬ髪へと合一した。
辺りを見れば、一台の二輪駆動機が剣山の串刺しとなる。
更にそれは回転し、車体を内から搔き回して完全に粉砕した。
驚異的は破壊力に目を剝くも、それを強引に押し殺し、モモイは樹上の少女に向けて発砲する。
銃本体、銃剣共に魔道具である彼女の愛銃『流れ星』から放たれた銃弾は、狙い違わずその胴体に命中した。
だがそれは、水面に落ちた水滴の様に吸い込まれる。
その体は何の衝撃も受けていないのか揺るぎもせず、弾丸が貫通することもなかった。
眉を顰めつつも、モモイは銃を背に差し、代わりに二輪駆動機の側面に収納していたもう一つの武器を取り出す。
それは彼女の身の丈よりも長く、身厚な段平であった。
頭上の悪魔の立つ木の根元へ滑るように駆け寄り、一刀のもとでそれを切り倒す。
だがその銀影は何ら動じず、髪の槍を地面に突き立て着地した。
銀の髪を全身に巻き付け、幾重にも伸びる髪を脚の如く操る様はその姿は、あたかも悪夢より這い出た蜘蛛の如きだった。
それが、侵攻を開始する。
一歩一歩と踏みしめる度、零れ落ちる銀の雫が大地を汚染していく。
その銀溜りから、歪な人の形が押し出されるように姿を現した。
姿形こそ事前に確認した呪痕兵に似ているが、その表面は波の様にさざめき、流動している。
軟体生物のように身を捩り、両の腕を鞭の様に撓らせて、それは団員たちへと襲い掛かった。
それぞれに迎撃するも、まるで水でも切っているかのように手応えは無い。
それでいて相手の振るう腕は、彼らの身を何らの抵抗なく易々と切り裂いていった。
ぎりと歯を食いしばるも、モモイは未だ側車に三角に座り、膝に顎を乗せる緑色の髪の少女に視線を落とす。
躊躇も戸惑いもなく、彼女は自身の二輪駆動機に再び舞い乗った。
背に受けた団員達の声に押されるままに、モモイは車両を発進させる。




