第二十三話 次へと備えて
「とはいえ、余り暢気なことばかりは言ってられないな」
軽く首を振って、マコトは気を取り直した。
「マリー?」
「はいはい」
一応は捕虜のはずなのだが、そんなものは一切感じさせない気安さで、マリエンネは応える。
「次の結界塔を管理しているのは『金』だと言っていたけど」
「うん、そうだね。『金』のパメラ・ダンクルベール。髪が聖痕化してるのが特徴かな」
「髪、ですか」
小首をかしげるエウロパに、彼女はうんと頷いて見せた。
「『我らが央に梳いて頂き、聖痕として頂いた』って本人は言ってて、それをすごい誇りに思ってるみたいだよ」
「……その聖痕の一般的な得方がわからないから、何とも言い難いが」
「そーね。それはあたしもよくわかんない。あたしはなんていうか、感覚的に得ちゃったから」
「敵の首魁が、そんなに簡単に能動的に聖痕を与えられるのならば、とっくにそうしているのでは? 取得の可能性あるものへの、その促進が可能くらいに見てよい気がします」
エウロパの推測に、カリストは頷く。
「で、肝心なのは、そのパメラさんとやらがどんな能力を持っているか、だけど……」
言ってイオは、ちらりとマリエンネを見た。
「ごめん、わかんない」
「……だと思った」
予想通りの返答に、彼女はため息を吐く。
「ただね、あの子、とにかく自分に自信があるから、敵が攻めてくるなら自分で迎撃に出るタイプだと思うよ」
「防衛線は敷いていないと?」
「流石に監視はしてると思うけどね。反応があったら自分から出て、さっさと叩き潰しに行く気質。あたしと違って学もあるから、防衛機構の内容弄ったりは出来ると思うし」
「しかし具体的な手口は不明か。やはりモモイ殿の口から話を伺うのが、一番よさそうだな」
カリストの言葉に、マリエンネ以外が頷いた。
「話は変わるんだけど」
軽く手を上げ、マコトが言う。
「君とセルゲイが言っていた、無為なるマナの誘引者っていうのは、なんだ? 特に彼の方は、僕のことを無垢なる光脈の牽引者とも言っていたけど」
「あー……」
何と言ったものかと、彼女は上を見上げた。
「無為なるマナ、というのは、生み出されながら使用されることなく、物体外部に自然放出されるマナのことですね」
マリエンネに代わって、エウロパがそう説明する。
「ギニースも言ったかと思いますが、あらゆる物体は存在するために、自らマナを生成しています。そしてそれは、存在の維持に消費されるよりも、生成されるものの方が多い。生み出されながらも使われることなく消える、故に無為なるマナと呼ばれています」
「マナ貯蔵機なるものがあるって言ってたけど?」
「能動的にマナを注ぎ込むことは出来ますが、大気中の無為なるマナを自動的に収集する機能は、技術的にもありません。また、マナ貯蔵機自体、一般流通はしていないので」
「と、いうことは?」
マコトがマリエンネに視線を送る。
「……そう。原理原則はあたしも知らないけど、あの方は無為なるマナを己の一身に集める術がある……術というより、体質らしいけど。この世界の無為なるマナは勿論、他の世界のそれまで集まってくるらしいよ。だからこそ、あたしら聖痕保持者に無尽蔵にマナを供給できるみたい」
「他の世界からって……」
「世界は、世界樹を通じて繋がっている。だから近しい果実からも吸い上げてるってことじゃない?」
「それだ」
彼女の言葉に、彼は手を叩いた。
「これも聞きたかったんだが、『世界樹理論』は君たちも持っているのか認識なのか? 世界とは、世界樹に生る果実であり、故に世界樹を通して世界は繋がっている、っていう」
「はい」
その問いかけに、エウロパは頷く。
「彼我の距離こそあれ、世界は全て、世界樹を経由して繋がりを持っている。だからこそ、異界からの召喚も可能である。異世界召喚については、そんな理屈で成り立っていますね」
それが何か? と彼女はマコトを見た。
「僕が訪れた何れの世界も、世界樹とその果実については共通の認識があったんだよ。魔法については魔術、妖術、理法、巫術、異能、超能力、神降ろしその他色々て呼び方が色々あって、マナや光脈も同様だったのに」
世界樹という存在について、すべての世界で共通している。
確かに奇妙な現象ではあるのだが。
「それの何が気になるっての?」
「いや、具体的に何かあるわけではないんだが……」
「それじゃ、わかんないのとおんなじじゃん」
「うわー、屈辱的……」
やり返しに落ち込む様子を見せる彼を、マリエンネはけらけらと笑った。
「……それで、無垢なる光脈の牽引者というのは?」
逸れた話題を修正して、エウロパが彼女を見る。
「言葉尻だけで考えるのであれば、未だ何ものにもなっていない光脈を引き寄せる者、ということになりますが」
「んー、わかんない」
「はい」
形式ばかりに聞いたようだった。
あっさりと頷く彼女に、マリエンネは若干傷ついたそぶりを見せる。
「……う」
後部座席からの覚醒の呻きが響いたのは、その時だった。
***
「……ここは」
軽く頭を振り、身を起こそうとするも、全身に走る疼痛に顔を顰める。
「無理をなさらず」
そう声をかけ傍らに寄ったのは、カリストだ。
崩れそうになる女性の身を支え、そのまま横たえようとするが、女性はそれを固辞して着座する。
「かたじけない。そして申し訳ない、私はメールクリス水王国の騎士、ソノ・モモイと申す者」
「我々はユピタール木王国より派兵されてまいりました。カリスト・カリエインと申します」
「その名、伺っております。……あっ、その前に一つ宜しいか! 私と共に、白い拘束服姿の少女が居りませんでしたか?」
「ご安心を、彼女も保護しております。傷一つ負っておりません。まずはご自愛を」
「……重ねて感謝を」
大きく息を吐き、彼女は、モモイは脱力する。
「モモイ殿っ!」
その声を聞きつけたのか、ジェインがライムを伴い、そちらへと歩み寄っていった。
「ジェイン殿、情けなき姿を御見せする」
「御存命何よりですっ!」
「……あの」
彼の半歩後ろからおずおずと、ライムがモモイに声をかける。
そんな彼女に、驚きの様子を見せた。
「声を取り戻されたか。かような事態に巻き込み、誠に申し訳ない」
「いえ、そんな。私めを庇っていただき、ありがとうございました」
どういうことかと、ジェインが傍らの少女を見る。
「この方……モモイ様は私めを保護するため、率先して戦場を離脱されたのです。残られた方々も、それを是とされて……拘束術式の行使は、早まった選択だったと」
「ライム殿の事情を鑑みれば、致し方ないかとっ!」
「ライム殿、というのか。此度は我が国の事情で多大な迷惑をお掛けして、重ね重ね申し訳なく思う」
「いえ、事情はジェイン様から伺いました。私めどもも同様の手段を取ったことがあります故、それを非難する立場にはございません」
ライムの言葉に、モモイは怪訝な顔を浮かべる。
「そのお話は後程。病み上がりの所恐縮ですが、今に至るまでの経緯、伺って宜しいでしょうか」
尤もである、と彼女はエウロパに頷きかけ、事の次第を語り始めた。




