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第二話 発端を傾聴して

「事の起こりは14巡り……70日ほど前に遡ります」


 一国の王が手ずから淹れた茶をありがたくいただきながら、シンはエウロパの説明に聞き入る。


「我が国のみならず七王国全ての首都……どころか寒村すら含めた全ての都市の中空に、ある映像が投影されたのです」


 このような、という言葉と共に、方卓の上に幻像が浮かび上がる。

 薄絹越しの人影。おそらくは女性のもの。ただそれだけの映像が、しばらくの間続いた。

 耳目を集めるには十分な時間が経過した後、細く可憐な、しかし重たく耳朶を打つ声が響く。


『……ドゥルスの王、紅き戦慄が、原初の白を以って、平和をもたらさん』


 その一言と共に、画面が切り替わる。

 映し出されたのは、峻険なる山脈。


「オルンポルス山脈っ! 大陸一の標高を誇る、我がマルアレス火王国の霊峰ですっ!」

「我が?」


 ことさら熱を帯びた口調のジェインに、シンが疑問を呈した。


「ということは、ジェインさんはこの国の方ではない?」

「はっ! 情けなくも落ち延びました敗残兵ですっ!」

「そのように自らを卑下するものではない、ジェイン殿。其方は確かに、任務を成し遂げたのだから」

「……」


 スカイアの言葉に、彼は口を真一文字に引き結ぶ。


 その様子を気にしつつも、中空の映像は刻一刻と変わっていく。

 雄大な山々の頂からその上方、すなわち空へと。

 雲の一つもなく、照り付けていた日差しが、翳る。上空より落下してくる、白い何かによって。

 雪ではない。

 それは真白な、立方体であった。

 一辺当たり成人男性の背丈ほどもあるような巨大な立方体が、無数に降り注いでいるのだ。

 山肌に触れれば、それを何の抵抗もなく押し潰し、陥没させていく。

 留まることを知らぬ白の奔流は、瞬く間に山々に風穴を開け、磨り潰し……

 ほんの数瞬の後、霊峰は処女雪の積もるが如き、真白な平原へと成り果てた。


『5日の後、火王国を。そして140日の後、七王国を、アルジアス大陸の全てを、救いましょう』


 その言葉を最後に、中空の映像が途絶える。


「……オルンポルス山脈は、王都アルバカテナより視認できる距離にありますっ。小生はあの様を、あの時正にっ、目撃していたのですっ!」

「ジェインさんがこの地を訪れるまでに、火王国ではどのような動きがあったのですが?」


 この地を訪れるまでに、というシンの物言いに、彼は目を瞑った。


「即座に、火王国最大戦力である騎竜騎士12名が、オルンポルス跡地に派兵されましたっ!」


 特殊な手投槍と、飛竜の炎の吐息による圧倒的な制圧力を誇り、こと軍事に身を置くものには悪夢の如く語られるという、火王国の戦力の象徴といえる存在だという。

 それを全騎。

 時間的猶予もない以上、戦力の出し惜しみに意味はない。

 賢明な判断で、あるはずだった。

 しかし。

 降り注ぐ白き立方の前に、騎竜騎士達は全滅したという。


「……我が王は、命運を悟られましたっ! その翌日、八千名の王都軍と、三名の特務騎士の内二名を引き連れ、出陣されたのですっ! 出陣前、王は小生に命を下されましたっ! 第一王子並びにその供回りを警護し、ユピタール木王国へ逃れよ、とっ!」


 忸怩たる思いはあったであろうが、王命は重く、王子の命もまた重く。


「マルアレス王より秘匿通信にて、あらかじめ事態は伺っておりました。王子の到着は、先の先刻の丁度5日後。今度は映像こそ浮かびはしませんでしたが……」


 歯切れも悪く、ブレアが続けた。

 西の空、あたかも雲が落ちるが如く。

 白の奔流は轟音と共に降り。

 そしてマルアレス火王国は、霧の帳に包まれた。


「霧?」

「はい。またそれと同時に、突如として幾本かの塔が屹立したのです」


 火王国を囲うように立ち上がったのは、五つの塔。


「斥候により、霧の結界は火王国への外部からの侵入を拒んでいることが確認できています。結界の解除には、塔の破壊が、最低でも三つの塔の崩す必要があると、解析もできました」


 火王国に隣接した領土を持つ王国は、木王国含めて三つ。

 それぞれの国境沿いに屹立する三つの塔に、各国は万単位の軍勢を興し、進軍したという。

 懸念していた白の立方体の驟雨こそなかったものの、別の障害が立ちふさがった。

 塔を遠目に目視できるまでに接近した軍の前に、突如として無数の魔法陣が展開されたのである。


 光の内より現れたのは、人形の大群。

 人間大の、球体関節も露わな生人形。その素体は磨いた化粧石のように白く輝き、体表には金属片で引っ搔いたような呪痕が奔り、それは鮮血の如く紅に輝く。

 何ら前もっての情報もなく現れた、ほぼ自軍と同数の物言わぬ軍勢と、各軍は突如として相対することとなった。

 切られ打たれども怯まず、退かず、士気も落ちず、腕部の欠損程度では挙動も鈍らず恐れもしない。

 ただただ淡々と前進し、拳を振るう無機物の群れに、軍勢は総崩れとなった。


 だがそれらは、敗走する者たちを追撃することもなく、あまつさえ会敵地点まで退いた時点で、魔法陣と共に姿を消しさえしたのだった。

 慈悲か哀れみか、嘲りか。

 あるいは敵としてすら受け取られていなかったのか。

 大軍を用いての第一次奪還軍は、失敗に終わったのだった。


 だが、得るものが何もなかったのかというと、それも違う。


「それは?」


 シンは小首をかしげる。

 ブレアは視線を、彼の隣の魔法使いに移した。


「帰還した方たちの証言と、持ち帰った映像記録から、塔の防衛機構が自動的であることを確認しました」

「自動的?」

「塔の一定距離内に、設定重量以上の物体が侵入した際、その重量に応じた数の人形兵……呪痕兵が転送されるという術式が魔法陣から読み取れたのです。事前の少人数での偵察行為に、防衛機構が反応しなかったのはその為ですね。それが、第一次行軍の際は裏目に出たわけですが……」

「……故に、少数精鋭での速攻を?」


 エウロパの解説を受け、シンは確認するように呟く。


「はい。三つの塔へ、同時に電撃戦を仕掛け、結界の解除と同時に後詰の斥候部隊を展開。首魁の拠点を割り出し、制圧します」


 確かにそれと聞けば、少数精鋭の電撃戦というのは、理に適った戦術であるように思える。

 しかし。


「『手動』で対応されたらどうします? 少なくとも万単位の動員が可能なのでしょう。寡兵と見抜かれれば、数で押し潰されることになるはず」

「……その通りじゃ」


 その言葉に、スカイアは重々しく頷いた。


「兵の質も、恐らくは量も敵方に分がある。そもそもが不利、という言葉では利かぬ状況である以上、順当な、穏当な、真っ当な手段では巻き返すことは出来ぬであろ。故に我は備えた。一にして百に、或いは千にも勝る達者者達を」


 言って彼女は、左右を見やる。


「『特務騎士』ジェイン・ジェア・ジェイル殿、『天網恢恢』騎士カリスト・カリエイン、『武芸百般』イオ・カリエイン……最後の一人はこの場には居らぬが……」

「……三姉妹?」


 横目に問うてくる彼に、エウロパは首を振った。


「四姉妹です」

「……左様で」

「カリエイン四姉妹の存在は、福音であった。四人が揃って、力を尽くしてくれておる」

「光栄です、陛下」


 カリストが実直に、首を垂れる。

 ブレアの視線が微妙なものになるが、それを尻目に女王は鷹揚に頷いた。


「しかし、じゃ」


 表情を改め、彼女はシンを見る。


「戦の定石からはかけ離れた解である。それでは足りぬ。恐らく足りぬ。どれほどあっても、足りぬのだろう。故に我は異界にすら力を求め、そして其方はそれに応じた。……その上で、其方は……」


 過酷すら温く優しい、苛烈なる戦域に歩を進めてくれるのか。


「恐れながら」


 スカイアの言葉を、恭しくも彼は遮った。


「僕は既に応えました。お天道様が見ているのです。前言の撤回など、するはずもありません。そして一人をして、千に勝る者が必要なのでしたら」


 手を翳す。

 光と共に、その手には赤光を放つ戦槌が握られた。


「一人をして、万にも勝って見せましょう」


 頼もしき言葉に、力強い笑み。


***


 しかし、何故だろうか。

 彼女は、エウロパはその様に。

 えも言えぬ胸騒ぎを覚えた。

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