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第十九話 火と息をついて

「そして今回が、記念すべき256回目の呼び声だったというわけ」


 最後軽く、そう締めたシンに、マリエンネどころかエウロパ達すら言葉を失った。

 長い沈黙の、帳が落ちる。


「あたしにとっては、唾棄すべき場所だけど」


 ぽつりと言葉を零したのは、マリエンネだった。


「あんたが故郷を……失ったのは、いつ頃のハナシ?」

「32回目の異世界から戻った時だね。……信じるんだ、こんな荒唐無稽な話を」

「あんだけあたしがブザマ曝した後に、そんなデマカセ言うなんて、鬼畜以外の何者でもないでしょ」


 確かに、と彼はため息を吐くように笑う。


「それに」


 もう起き上がる気をなくしたのか、ごろりと横に身を倒して、彼女は続けた。


「お天道様が見てるんでしょ。……好きな子に格好悪い所を見せたくない、男の子の、話なんでしょ? なら、まあ、信じるわ」


 言ってマリエンネは、今度はエウロパ達に視線を向ける。


「もう何にもする気はないから、お近くにどーぞ。むしろ、何かしたいヒトがいるんじゃない?」


 言って彼女は、ジェインを流し見た。


「……捕虜を嬲るほど、落ちぶれてはおりませんっ! 無論尋問はさせてもらいますがっ!」


 そっぽを向いて、彼は応える。

 そんな彼を見、マリエンネは少し困ったように、眉を下げた。


「あの、シンさん」

「あ、すいません、エウロパさん」


 おずおずと呼び掛けてくる彼女に、彼は待ったをかける。


「それ、偽名なんです」

「……え?」

「正確には別の読み方、なんですが。真と書いてマコトと読みます」


 改めまして、と彼は咳払いした。


「タチバナ・マコト、です」

「何故、偽名を?」


 当然とも言える疑問を呈すカリストに、マコトは頷く。


「実はとある世界で本名を名乗った時、服従の呪いをかけられそうになってね。それ以来、偽名を名乗るのが習慣になったんだ」

「じゃあ何で今になって本名名乗ったの? あとその口調が素?」


 これもまた尤もな質問をするイオに、彼は肩を竦める。


「そう。名乗る気になったのは、君たちならまあいいかなって。それでエウロパさん?」


 話題元の、彼女へと言葉を戻す。


「いえ、その……ご期待に、沿えず……」


 何というべきか、俯き言葉を濁すエウロパに、彼は笑いかけた。


「お気になさらず。あれだけ派手に、赤裸々に恥をさらす程度には、慣れたから」

「そこであたしを引き合いに出さないででくんない?」


 いいけどさ、と寧ろ清々したようにマリエンネは呟いた。


「なかなか面白い関係を、構築したようだね」


 突然響いた第三者の声に、全員の視線が一斉に向けられる。

 何時の間にか、一人の少年が遠巻きに立っていた。


「ああ、セルゲイ」


 臨戦態勢を取ろうとする一同の機先を制して、マリエンネが気安くそう呼び掛ける。

 丈も袖も長い白衣に、同じ色の上衣、膝上丈の濃い青の脚衣を穿いている。

 何よりも特徴的なのは、額から伸びる、髪と同じ群青に輝く一本の角。

 そして膝下から緩やかに、銀色に変ずる両の足。


「手ひどくやられたね」

「面目ない」

「いや……いや。そう、だな。よりによって、君が負けるとは思わなかった」

「返す言葉も……」

「だが生きている。それならば、まあ、いいさ」


 そして彼は……セルゲイと呼ばれた少年は、値踏みするように一同を見る。


「大丈夫、セルゲイはあんた達に手は出さないよ。戦闘力なんて殆どないから。あたしにビンタくれた、あの娘と同じくらいじゃない?」


 この場にいない、絶賛着替え中の少女を引き合いに出し、意地悪く笑う。

 言われた少年は、軽く鼻を鳴らした。


「で、そのセルゲイさんは、何しに来たの」


 武器こそ構えていないが、警戒を弛めずにイオはそう問うた。


「彼女の命が危ぶまれる状況なら、回収するつもりだったのだが」


 言って彼は、一同を見回す。

 そして、そんなセルゲイにひらひらと手を振って見せるマリエンネ。


「その必要は無さそうだ」

「命は奪われなくとも、情報は奪われるぞ」

「虜囚を取るのは、勝者の権利だ。それを邪魔するつもりはない。それに、命より重い情報などありはしない」


 カリストの試すような言葉にそう答え、更に言うなら、と彼は続けた。


「彼らへの同行は、君ね望むところなのではないか、マリー」


 当の彼女は、微笑して肩を竦める。


無為なるマナ(カラーレスマナ・)の誘引者(テンプテーター)から、無垢なる光脈(イノセント・)の牽引者(リーダー)へ、か。分からなくはないが」


マリエンネからマコトへと視線を移し、彼は呟いた。


「無垢なる光脈の牽引者?」


不可解そうに眉を曲げて言う彼に、セルゲイは失礼、と首を振る。


「ともあれ、これなら俺がここにいる必要はない。戻って研究を再開する」


 そして、空を見上げる彼。

 それに釣られ、マコトも同様に首を上げた。

 何時の間にかそこには、奇妙な物体が浮遊していた。


「ゆ、U.F.O.……?」


 それを見た彼は、呆気に取られてそう呟く。

 そう、それは銀の円盤に、幾つかの半球で構成された、マコトの知識からはそう判ずる他無い物体だった。

 それから光の帯が照射される。

 その光……牽引光に包まれ、セルゲイの体は飛行物体に吸い込まれていった。


「マリーをよろしく」


 最後にそう、言葉を残して。

 鋭角も鋭く飛行軌道を描いて、彼と飛行物体は消え去った。


「何か、あった?」


 ようやく戻ってきたギニースが、呆気に取られて空を見上げる一同にそう声をかける。


「こちらが聞きたい位だが……マリエンネ、彼は……何だ?」


 未だ立ち上がる気力なく寝そべる彼女に、カリストが疑問を投げかけた。


「『木』のセルゲイ。結界塔の管理者で()()『七曜』の一人だよ。結界塔を構築したのは彼みたいだけど。あ、乗ってった飛翔体のことなら、あたしも知らない」

「……そうなのか?」

「あたし新参者でさ、聖痕(スティグマ)保持者(ホルダー)ってことで何か即幹部っぽく扱われたんだけど、内情については大して詳しくないんだよね」

「新参者、ですか」


 肩を竦めるマリエンネに、エウロパは目を眇める。


「そ。例の全国投影されたあれを見て、出奔したんだ」

「日王国から、ですか?」


その言葉に、彼女は面白くもなさそうに頷いた。


「ま、その辺の話は場を改めてしない? あたしもそろそろ背中が痛い」

「いや、立ちなよ」

「マコっちゃんにぶった斬られたせいで無理。抱っこして」


 さあ、とばかりに両手を広げる彼女。


「マコっちゃんて呼ぶな、人のせいにするな、半裸の女の子が抱っこをせがむな! カリストさん」

「……仕方ないな」


 立ち上がれないのは本当のようなので、カリストは頭痛でもしたかのように額に手を当て、逆手の鋼糸でマリエンネを持ち上げる。


「若干命の危機を感じる」

「……今更。そもそもお前、敵だったよな?」

「あたしは敵って名乗った覚えはないけど? 血気盛んなヒトは、そっちにいたよね?」


その言葉に、ジェインはまたも顔を背けた。


「まあ……そうか。エウロパ、仕方ないついでだ、何か着る物をを用意してやれ」

「分かりました」


 ブラックウィドウに向かう道すがらの会話は、驚く程に平和だった。

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