第十七話 勇気と世界を燃やして
「……」
地に伏せた三体の巨人を、ギニースはしげしげと眺める。
カリストによって、頭部、両腕、両脚、胴体を列断された機体。
ジェインによって、全身の装甲を刻まれ、頸部の伝達系を断ち切られた機体。
そしてイオによって、胴の中心、動力中枢まで圧壊された機体。
その内ジェインによって破壊された機体を基に、修復を開始する。
イオによって集められた呪痕兵の残骸は、応急的な処置にて既に修繕を済ませ、カリストの周辺に配備していた。
頸部の疑似神経を繋ぎ合わせる。
中破している装甲を脱着し、カリストの破壊した機体から取り外したものと互換する。
「イオ姉さん」
「はいよ!」
ギニースから渡された、自身で破壊した緋緋色甲冑の装甲に塗装を施す。意図はよくわからなかったが。
「……すごい、な」
「何が?」
「製作者の、技術力。それを、使い熟す、操縦者が」
「それをすごいと思えるギニースちゃんも、すごいんじゃない? あたしにはさっぱりだし」
姉の何気ない言葉に、彼女は少し顔を赤くした。
気を取り直して、作業を再開する。
機体に組み込まれた光学系の探知機の数が夥しい。
全力稼働すれば、およそ一個人で処理しきることは出来ない情報量となるはずだ。
その為、ギニースは大部分の探知機の配線を切り、頭部の機器のみの稼働とする。
搭乗した際に充填される、耐熱、耐衝剤の容器を確認し、作業口を閉じた。
「始動」
その言葉と共に、緋緋色甲冑の緑色の両眼に光が灯った。
「制御中枢の掌握、問題、なし。イオ姉さん、持ち場に、ついて、大丈夫」
「ん、了解。ギニースちゃんも気を付けてね!」
イオの言葉に、ギニースは小さく頷く。
元気に手を振る姉の背を見送り、彼女はカリストに念話を送った。
そしてギニースは意を決し、身に着けた何時もの作業服を脱ぎ捨てる。
緋緋色甲冑の背が割れた。
服の袖を通すように、腕を、脚を滑り込ませ、
「着装」
その一言で背の装着口が閉じた。
「充填」
そして機体とギニースの隙間を埋める様に、耐熱剤と耐衝剤が注がれる。
続けて光学探知が起動し、視界が開かれた。
腕を上げる。
思いの外軽く、緋緋色甲冑はその意を汲んでくれた。
だが当然ではあるが、動きに時間差がある。
十全に稼働させるためには、習熟訓練が必須だろうが、勿論そんな暇はない。
故に。
「……『機操展改』」
その一言で、機体内部に翠緑の光が迸った。
『行きます』
***
頬を張られた衝撃に、マリエンネはもはやありもしない両眼を見開いた。
いくら何でも無謀に過ぎる。
怖くはないのか、恐ろしくはないのか?
指差されれば、何物も灰燼へと帰す魔人を前にして、必殺でも何でもない、只の平手打ちなど、一体何になるというのだ。
怒りよりも、困惑が勝る。
何か意図が、或いは糸が、あるというのか?
まあ、なんにせよ。
だが、いずれにせよ。
無謀の代償は、払ってもらわなければならない。
マリエンネは指先を、真っ直ぐにギニースへと向けようとする。
それと同時だった。
カリストの鋼糸が、ギニースの全身に巻き付き、すさまじいまでの速度と軌道で連れ去られていく。
思わず目で追った彼女の視界の下方に、入れ替わる様に黒い影が現れた。
シン・タチバナ。
それと同時に、足元が消えていく。
岩山が、石林が、礫川が、消し去られる。
彼は、中腰の前傾姿勢で、左腰に佩いた鍔の無い黒い曲剣に手を当てていた。
シンとエウロパで、マリエンネを挟むように位置を取り、出力を意図的に弱めたエウロパの『引き寄せ』で、マリエンネの目の前に現れたのだ。
上と下。
二つとなった標的に、彼女は一瞬躊躇し、眼前の少年を標的とするを決める。
そして。
その時、その瞬間。
それを逃さず。
彼の右腕は、振り上げられていた。
「……あ?」
思わず、といった風に、マリエンネはシンを見る。
振り上げられた彼の手には、何も握られていない。
視線を落とせば、黒塗りの曲剣は、未だ鞘に収まったままだ。
此処一番というところでの不発か、抜き損ねたのか。
落胆と、少しばかりの憐憫を込めて、彼女は右手を持ち上げる。
持ち上げた右腕は、実際に動いたのは二の腕まで。
斬り落とされた肘から下は、その動きについてくることは出来なかった。
「……は?」
思わず彼女は視線を落とす。
剥き出しになった自らの腹部。
右の下腹部から左の脇腹にかけて、赤い線が走る。
左腕は、上がらない。肩から下は切断されて、地へと落ちつつあった。
訳もなく視線が上がっていく。
仰け反る様に、空へ空へと視界がひらけていく。
斬られた。
右肘から左肩へかけて、斜め上に。
逆袈裟に、斬り上げられたのだ。
支えを失った胴体が傾ぎ、空をを見上げているのだ。
何も、見えなかったというのに!
自覚と共に奔る激痛に、マリエンネは声無き絶叫を上げる。
急速に迫る死の地平。
堕ちれば終わりの刹那なる刻の中、彼女は。
自覚する。
自覚がある。
死ぬ訳にはいかない!
「我が、世界よ……っ! 万却、無塵よっ!」
ごぼごぼと、血泡混じりの苦鳴でもって、彼女は叫ぶ。
「我が身に迫るっ……死を燃やせぇ!」
混沌領域『万却無塵』。
彼らの推測はおおむね正しい。
指先と視線を交わしたものを灰とする『絶対燃焼』。
そして彼女の認識した、彼女へのあらゆる外的影響を焼失させる『概念焼却』。
彼女の世界は、その死すらも、『焼却』する。
その叫びと共に、崩れ落ちていくマリエンネの体が燃え上がる。
腕の、胴の、切断面から血ではなく炎が噴出した。
切り離された腕を、胴を繋ぎ止める様に炎が伸び、互いに引き寄せられていく。
逆回しの様に、泣き別れた肉体は繋ぎ合わされ、癒着していった。
流石に両脚から着地することは出来ず、彼女の体は地に伏せる。
それでもなおも起き上がろうと、マリエンネは必死に彼を見上げた。
世界全体を揺らめかせたような陽炎が、消え去る。
死の焼却に、そのすべての権能を使い果たしてしまったのだろう。
彼女の世界は、終わりを告げていた。
だがだからこそ、彼女は、マリエンネは。
終わっていない。