第百四十五話 終わりが始まって
「で、結局着替えるのか?」
野営用の邸宅を出、いざブラックウィドウに乗り込む段、ヘルムートが呆れたような声を上げる。
視線の先には何時ものように、拘束服を着こんだライムの姿があった。手は、空いていたが。
「ジェインさんの見せびらかしが終わったので……」
「小生が理由ですかっ?!」
「いえ、こちらの方が防具としては頼りになりますので……」
「ちなみにあたしがもらったあの服、全部防刃処理されてるらしいけどね」
「ええ……? 本当か?」
口を挟むマリエンネにマコトが懐疑的な声を上げるが、彼女は平然と頷く。
「うん。説明書に書いてあった」
「取扱説明書付きの服ってなんだよ……」
「流石は陛下、慧眼であらせられるな」
「納得するのか……異世界は不思議がいっぱいだな」
感じ入ったように頷くカリストに、ヘルムートは何とも言えない表情を向けた。
「閑話休題ですが」
事の次第を見守っていたエウロパが(いい加減恥ずかしくなったのか)そう言って、言葉なく佇む三名を見やる。
「同乗して行きませんか? 聖痕についてはマリエンネさんがいる以上、今更ですし」
「……随分と信用されたものだな?」
らしくもなくというべきか、皮肉っぽくドートートは言った。
そんな彼を、ギニースがじっと見つめる。
その視線を受け、彼はやや、たじろいだ。
「貴方は、敵じゃない」
「言いますねぇ」
彼女の囁くような声に、ヴォルフラムが面白そうに言う。
それには応じず、ギニースはドートートに視線を向けたままだった。
今度はそれに、怯まず応じ、ふと笑う。
「……そうだな、乗せてもらおうか。足も悪いしな」
「ヴォルは乗り心地悪いしねー」
「……余計なお世話ですねぇ。まあ当方は歩かせてもらいま……」
「君こそ乗れ。巨大な鹿獣が並走するなぞ、心臓に悪い」
「……」
ドートートの尤もな意見に、彼は押し黙った。
「では全員乗車ということで?」
「はぁいー」
エウロパの確認に、カーリンが元気よく手を挙げた。
***
「『機装展改』」
ギニースの宣言と同時に、車内に翠緑の光が迸る。
彼女が操縦席に座る乗車物の能力を強化する『機装展改』は、車両であれば無論、その速度を増加させる。
相応のマナは消費する……それで以前はマナを欠乏させたりもしたが、今回は運転席のすぐ後ろに無為なるマナの誘引者ことエウロパが控えていた。いつでもマナを充填する構えだ。
「はっやー」
窓の外を見るカーリンが、極めて素直な感想を述べる。
「ヴォルより速いねー」
「乗るな乗るな」
無言で立ち上がろうとするヴォルフラムを、ヘルムートがため息混じりに諫めた。
「何と言うか……」
そんな闖入者三名を各々見やり、マコトが呟く。
「随分毛色が違うね? 貴方達」
その言葉に、ヴォルフラムとカーリンが顔を見合わせた。
二人の視線は、ドートートへと向けられる。
「派閥、と言う程のものではないが……『央』、ひいてはセルゲイ由来か、パメラ由来かで『七曜』に加入したかのあるな」
「あーしとヴォルは、パムに拾われたはぐれ者だねー。パム派ー」
「ドゥルス族の国を創るという理念に賛同した、と言ってくれませんかねぇ。『七曜』加入も、パメラがあの方に心酔しているからで」
黒髪の少女の雑な解説を、枝分かれする角の青年が補足した。
「カーリンの言葉に即していうなら、俺はセルゲイ派だな。実際、計画の根幹はセルゲイとレラリンで検討されたもので、俺は案の肉付け、補強をしたに過ぎない。彼を王とするなら、俺は参謀だな」
「王の乱心を見抜けなかった、が付きますがねぇ」
「……返す言葉もない」
ヴォルフラムの皮肉に、ドートートは視線を下にする。
「へこませてどーすんの、ってどっちでもない派は言うわけだけど」
組んだ足に片肘を付き、マリエンネが口を挟んだ。
「まあ、大切なとこではあるよね。それで参謀さん、今後彼はどう動くと踏んでるの?」
諌める様に言い、イオはドートートを促す。
「……カーリンが『深淵真意』とやらから聞いた話に間違いがなく、明日正午計画実行となるのであれば、本来呪痕兵の増産、修繕に回していた始原の白泥を全て『代陸』の作成に回しているはずだ」
「『代陸』?」
「火王国を蹂躙した、白の立方体のことだ」
マコトの問いかけに、彼はジェインを憚りながら答える。
ライムも気遣わし気に彼を見やるが、当の本人に同様は見られなかった。
「つまり昨日の呪痕兵は……」
「事前作成した『要塞』格納分であるはずだ。ただ聞く限り、俺が把握するよりかなり数は少なかった印象だな。もしかすれば、既存の呪痕兵も『代陸』の素材と還元しているのかもしれない」
思案気に呟くカリストの言葉を受け、ドートートはそう言葉を続ける。
「何をそんなに急いでいるのでしょうかっ?」
「……恐らくは、カーリンの存在が原因だろう」
「あーしの?」
「そうだ。当然と言えば当然だが……お前が『作り直され』ていることは想定外だったのだろう。前回のお前たちの帰投で、本来は全員を傀儡にしようとしていたはずだ」
「あー」
「……当方の肉体は自前ですが」
「『転生』させてしまえばいい。カーリンなしで先の状況、無事に切り抜けることが出来たと思うか?」
「それは……」
彼の指摘に、ヴォルフラムは口ごもる。
『要塞』からの脱出には、カーリンと……『顔無し』が大いに貢献した。
孤立無援で場をしのげたかと言えば、かなり危うい状況だったといっていい。
「つまり君たちが……元味方が敵に回るような状況を作ってしまった以上妨害は必至で、それなら早々に事を成してしまおうという思惑か」
「……」
マコトの指摘を受け、ドートートはやや苦し気に額に手を当てる。
「ドーさん?」
「少なくとも俺が、完全に敵に回ったかと言えば……何とも言えないところだ」
その発言に、一同が色めき立った。
「それはどういう意味です?」
立ち上がり身構えそうになるカリストに手を掲げ、エウロパはそう問いかける。
「勘違いしないでほしい。勿論俺も、転生体を傀儡とするような計画を是とするつもりはない。だが……」
彼は言う。
星の終わりが来ることを、知ってしまったと。
そして知ってしまった以上……
「星外への脱出という計画そのものを、完全に否定することも出来ない」
「なら修正して、貴方が」
ドートートの独白に、短く言うのは運転中のギニースだった。
「教え子の、過ちを、正すのは、教師の務め」
「……そうだな」
彼女の言葉に、彼は笑う。
全く、その通りだった。