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第百三十五話 堕した思いを垣間見て

 弾むような足取りで、カーリンは『深淵真意(ダアト)』へと接敵する。

 右手に携えた大鎌をぐるぐると回転させ、踊るように斬りかかった。


「錬鉄、鋳剣」

「『青』のケテル」


 合成音声が重なり、奇妙な不協和音を奏でる。

 六本の腕のうち、無手の五本の手の内に荒々しい鋼の剣が握られた。

 それらの刀身が、青い光に包まれる。

 右の腕、その一番上のそれが握る黒い杖、その先端からは青い光の槍が噴出した。

 それらの凶器が、全てカーリンへと向けられる。

 光によって刀身の長さは増し、雨のような刺突が彼女へと降り注いだ。

 軽やかに調子もよく足を捌き、彼女は青い驟雨を回避する。

 そのまま『深淵真意』の右側へと飛び込むと、カーリンは大鎌で足を薙ぎ払った。

 左腕の一振りを突き立て、『深淵真意』は大鎌を受け止める。

 黒剣で受けられた大鎌を起点に、彼女はまるで重さが無いかのように軽快さで、『深淵真意』の背後へと回りこんだ。

 淀みなく、なめらかな動きでカーリンは手にした獲物をすくい上げる。


「『白』のケテル」


 突如として背中に浮かび上がる、精緻な女性の顔の如き彫物、『峻厳(シビア)』の相貌。

 煌びやかな多面の障壁が浮かび上がり、彼女の一撃は虚しく弾かれた。


「んふ」


 堪えた様子もなく、いっそ楽し気にカーリンは笑う。

 弾かれた衝撃を手首でいなし、回転させてそれを反転、飛び跳ねながら再び振り下ろした。

 『深淵真意』は当然、未だ健在の多面の障壁を上へと翳し、それを防ぐ。

 彼女は切っ先を障壁に引っ掛けたまま全身を回転させ、『深淵真意』前方へと回りこんだ。

 空中で身を捻り、横薙ぎの一撃が『深淵真意』を襲う。

 四本の剣を突き出し受け止めるも、カーリンは再び旋回、右側へと軽業師のように移動した。

 ちょこまかと、重さを感じさせずに飛び回り翻弄するも、『深淵真意』は一つの頭部が、そして体表蠢く二つの顔が、合計六つの目が彼女を捉え続ける。

 カーリンへと向き直り、六振りの青光が嵐のように振るわれた。


「『引斥自認(インヤンアドミン)』」


 彼女を中心に斥力が発生する。

 左右からの斬撃の上に乗るように触れることなく躱し、カーリンの体は殆ど自動的に上昇していった。

 くるくると回転しながら、彼女は『深淵真意』を望む。

 その頭部目がけて引力を発生させ、大鎌の戦端を突きつけ突貫する。

 黒い杖を己の頭部に宛がい、突きつける様に構える『深淵真意』。

 それを確認するや、カーリンは引力を解除、杖を打ち払い地へと着陸した。


「……存外に、動かれますね」

「んふふー。あーしが()()なってるなんて、想定してなかったでしょー?」


 呆れすら滲ませて言う『深淵真意』に、彼女は胸を張る。

 確かに聖痕兵が製造された段階では、『月』のカーリンの事前情報は、車椅子に座した全身不自由な少女の姿でしかなかっただろう。

 カーリンにしてみれば、今の時分は理想の姿、常日頃思い描いていた、混沌領域に馳せるべき姿だった。……肉体の貧相さは、想定外ではあったが。

 引力斥力、重力を操る戦闘方法。

 欠損した肉体の代替能力で戦うそれとは、大幅に異なっている。

 聖痕兵達が事前に想定していた情報とは、全く異なっているはずだった。


「まあそれは、あーしもそうなんだけどねー」

「……と、申されますと?」


 呟く彼女に、芸術性に振りきった様相の男性像の如き顔面、『慈悲(マーシー)』のそれが浮かび上がる。

 その問いかけに、カーリンの顔がすいと引き締まった。


「あーたら、何?」

「おっしゃっている意味が分かりかねます」

「呪痕兵から聖痕兵、あーたら飛ばし過ぎだよね?」

「……」

「ドートさんに、かなり無理いって作ったあーしの『顔無し(フェイスレス)』すらもすっ飛ばしてこの性能。おかしいよねー?」

「それが何か?」


 技術格差について言い訳する気はないのか、『深淵真意』は先を促す。


「あーたらが今、出てきたのは、あーしらが用済みになったから?」

「おっしゃっている意味が分かりかねます。貴方様方『七曜』は、次なる世界に欠かせぬ存在で御座いますれば」

「あーしが言ってるのは、今、この世界の話」

「……」

「あーしらが自由に動いたら、何か不味い事があるのー?」

「……」

「あーたらは、誰の意思で……誰の思惑で、動いてるのー?」

「……」

「答えられないのー?」

「申し訳ございません。しかし直ぐに分かるでしょう。あの方の苦悩も、その絶望も。それ故(くだ)ったと、言うことも」


 そして、『深淵真意』が視線を滑らせる。


「来ますか。ならば当方も、退き時ですね」


その発言を訝しむも、ややあって彼女の耳にも、戦闘車両の駆動音が届いた。

『深淵真意』は、聳え立つ巨人に一礼する。


「ご武運を」

「そんだけー? 『マスター』なんでしょー?」

「ええ、『マスター』でした」

「……」


 その言葉に、彼女は沈黙する。意図は、明らかだった。


「二日後の正午、全ては決するでしょう。来るなとは申し上げませんが……歓迎するとも申しません。今ひとたび伺いますが……」

「席に着く気は、ないよー」

「……仰せのままに」


 首を垂れ、三本の右腕を胸の前に置く。

 足元に浮かび上がる魔法陣、それが『深淵真意』へ幾重も重なっていった。


「おさらばでございます」

「うん、また後でー」


 にやと笑って、カーリンはそう返した。

 姿が完全に消えたのを確認して、彼女はもう一つの現場へと走った。


***


『何で戻ってきたの、マコっちゃん!』

『気分よく終わらせたいからかな』


 こちらを確認するなり文句の念話を送ってくるマリエンネに、マコトは飄々と返事をする。


『……なんか考えがあるってことで、いいんだよね』

『ああ、マリーと……ライムには少し頑張ってもらうことになるかな。あとイオさんも』

『承知しました』

『あたしも?』


 自分を指差し、驚いたようにマコトを見る侍女服姿の少女。

 彼はそれに頷きを返す。


『力持ちだから』

『うら若い少女に、とんでもないこと言うね』

『事実だろう』

『カリ姉さん酷い!』


 唐突に口を挟む長姉に、イオはわざとらしく傷づいた風を装った。

 それを尻目に、マコトはヘルムートへと声をかける。


『前回の様な一帯の地面を鉛への変換って、出来ますか?』

『あの規模は無理だな』


 シャコルナク防衛線の際の地面は、当然のことながらただの土の大地、鉛に成り下げたとして過大な『価値』の差はなかった。

 だが今の地面は全てが始原の白泥であり、鉛との錬金術的価値の差は段違いに大きい。

 『知恵の実』に蓄えられる精髄の量に上限はあるし、ヘルムートの自身で保持保存できる量は正直たかが知れている。


『ぎりぎりあれの足元を鉛にするぐらいは、できるかもしれんが……』

『何をするつもりな訳?』

()()の中身を確保したい、って話なんだけど』

『それだけど』


 マリエンネは今までの事をかいつまんで話した。

 特に致命打となり得る攻撃を、自らの命を盾として防ごうとする、そのことを。


『いや、それは好都合じゃないか?』

『え?』

『それなら予定通りに行こう』


 彼女の首は傾げたままだがマコトはそういい、


『エウロパはいつでも()()()ように、待機を』

『了解しました』

 

 その返答に、彼は頷き返し、ブラックウィドウから『孤独の天蓋』を取り払った。

 『移風同道(ゲイルアカンパニー)』空を走る彼を追って、ライムがブラックウィドウを飛び降りる。


「何のつもりですかねぇ!」

「周りを頼む!」

「当方が……!」

「分かってる! でもコケにしてるわけじゃない!」


 出戻ってきた英雄のその返答に、ヴォルフラムは歯を噛み締め、そしてそれ以上の言葉はなく、すべきことを成すべく雄叫びを上げた。

 その声に応え、十重に二十重に破甲の樹が伸び上がる。

 立て続けに響く炸裂音。

 爆発に巻き込まれた呪痕兵の破片が宙を舞い、雪の如く煌めいた。


 その情景に、一切心動かされた様子も無く。

 ただ淡々と、『ビヒモス』は拳を振り上げる。

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