第百三十一話 背中を預けて
一同の視線が、カーリンに集まる。
「あーしも名前は知らないけどー、赤い盛装にいっぱいの薄絹を身に付けて、お肌の露出は顔くらいだったねー。白い髪に赤い瞳で……んー?」
そこまで言って、彼女はきょろきょろと辺りを見回した。
その視線が、エウロパで止まる。
「そーそー、エウロパちゃんにそっくりだねー」
最後の一言に、空気が音をたてて凍結したような錯覚を、カーリンとヴォルフラムは覚えた。
「な、何事ですかねぇ……」
「あーし、変なこと言ったー?」
「いや、言ってないよ……無為なるマナの誘引者の、特徴なのかもしれないし……」
彼女の言葉に、マコトは絞り出すように言って、首を振る。
「変、と言えば、何故マリエンネ様とヴォルフラム様は思い出せず、カーリン様は覚えていたのか、というところかと」
何事もなかったかのように、ライムがそう続けた。
その傍らでは、ジェインが頷いている。
「当方らとカーリンさんの違い、ですか」
思うところはあるがそれには触れず、ヴォルフラムは顎に右手を当てた。
『七曜』への加入時期は全員同時。
性別では説明はつかない。
身長、体重はカーリンもパメラも大差ない。
支給された装備品の差?
あるいは聖痕の位置、大きさだろうか。
「あ」
と突然、ヘルムートが声を上げた。
「どうしましたヘルムートさん」
「ちょっとな」
声をかけてくるマコトを見、そしてカーリンへと、彼は視線を向ける。
しかし呼びかけは、残る二人へだ。
「マリーの嬢ちゃん、それとヴォルフラムさんよ」
「ん?」
「何でしょう」
「あんたらの体は、自前か?」
「うん」
「当方も、ですが……」
それぞれに答え、しかしヴォルフラムはカーリンを見詰めた。
「? あーしは違うねー」
「パメラも、そうですねぇ……」
「聞く限り、『星』もそうだな」
カリストが、そう付け足す。
「『土』と『木』は?」
言ってエウロパは、両名に向き直った。
「パメラが初の『転生』例と聞いていたんですが……よく考えればレラリンもカーリンも、彼女以前の施術例ですねぇ……」
「パムのは死……肉体の破壊からの、本格的な『転生』の初の例だったのかもー」
「……ドートートさんもセルゲイも、自らを被検体にしかねない手合いではありますが……」
「そんな気軽にすることじゃ、なくないかな?」
「だからこそ、ですねぇ。自らを礎に大義を成すのを、あの二人ならば是とするでしょう。当方はそこまで、心酔しているわけではないですが」
マコトの疑念を、ヴォルフラムはそう否定する。
あの二人は、知識と大義の為に、自己を犠牲にできる精神の持ち主だ。
だが……
「!! それを逆手に取られたってことですかねぇ?」
「……多分な。やっぱり服を着替えるみたいな『転生』には、訳があるってこった」
『転生』先の肉体に、細工があるということなのだろう。
何が切欠なのかは不明だが、『転生者』は傀儡となるのだ。
つまり『転生者』は肉体を枷とし、そうでないものたちは別途記憶障害の魔法にて制御していた。
「あーしが想定外だったっていうのはー……」
「そこのお二人の、おかげでしょうねぇ」
マコトによる光脈補填とヘルムートの錬金術で、カーリンは十全な肉体を取り戻した。
『七曜』主導の『転生』にそれらが混じり、結果として傀儡化の軛から解き放たれたのだろう。
そして『転生者』であったため、記憶障害の処理は施されていなかった。
故にカーリンは、肉体はおろか十全な記憶も保持できたということだ。
「大金星じゃん」
「もっと褒めていいぞ」
イオの称賛に、ヘルムートは胸を張る。
マコトは苦笑を浮かべるばかりだ。
「と、なりますと、あとは誰が裏で糸を引いているのかということになりますがっ!」
「『星』が怪しいのは間違いないですが……単純に黒幕なのかと言われると」
ジェインの提起に、ライムが疑問符を浮かべる。
「確かに、自分自身と対話している様に聞こえましたねぇ」
「二重人格とか?」
「話を聞くだに、人格分裂の方が正しい気がするが……或いは何かに憑依されているか、外部から制御されているのか……」
「イオちゃんもカリちゃんも優しいねー」
口々に言う姉妹の様子を見て、エウロパから貰った硝子杯の中身をあおりながら聞いていたカーリンは呟いた。
「どういう意味?」
「さっきからレラりんが悪くない前提で話してるけど、そういう演技してた可能性もあるよねー?」
「……それはそうだが」
お前が言うのか、とばかりにカリストは彼女を見る。
「……思い付く限り、考えを挙げるのは良いことだと思います。その上でどうするか、ですが」
「まずは優先順位の高い『星』を殴る。それで解決しないなら、あとは順番に殴っていくしかないかな」
エウロパの言葉に、マコトは指を立てた。
「脳筋……」
「代案があれば聞くけど?」
マリエンネの突っ込みにそう返せば、彼女は肩を竦めてみせる。
是非もなかった。
***
「警告」
ギニースの涼やかな声が響く。
橙色に染まりかけた空に、白い光が瞬いた。
積み重なりゆく魔法陣。
転送方陣の輝きだった。
「ああ、きましたねぇ……」
ぼやく様に呟き、ヴォルフラムが立ち上がる。
「何の話です?」
「火王国一帯に、防衛術式が巡らされているんですよねぇ。で、そこに巡る『央』からのマナを、我々聖痕保持者を介して呪痕兵に分配しているんですが……」
「要はあんたら自身が、発信機みたいなもんか、居場所を知らせる?」
「そういうことですねぇ。というわけで」
彼は視線を巡らせる。
カーリンと……マリエンネに。
「ああそっか、そういうことならあたしもだよね」
ため息一つついて、彼女も立ち上がった。
ややあって、カーリンもそれに続く。
「どうする気ですか?」
エウロパの言葉に、ヴォルフラムは顎をしゃくった。
「足止め、あるいは殲滅の為の尖兵でしょう。当方らで食い止めます故、あなた方は『要塞』へ」
「身内での潰し合いだぞ?」
「こーなったらもう、しょうがないよねー。あ、出来れば何か武器が欲しいんだけどー」
ヘルムートの念押しに、カーリンは肩を竦める。
そもそも身内などというものは、幻想だったのかもしれなかった。
「何が欲しいの?」
「大鎌があればー」
「またマニアックだなぁ」
ぼやきつつ、イオは『武器庫』から、何故か保管されていたご所望のそれを引っ張り出す。
「そもそも持てるの?」
「大分調子が戻ったからー」
彼女は受け取ったそれを、肩へと担いだ。
「マリー」
「ん?」
首を鳴らす彼女に、マコトが声をかける。
「さっさと合流してくれよ?」
「はーいはいはい」
おざなりに答え、そしてマリエンネは嬉しそうに笑い……そして真っ先に、窓から外へと飛び立った。赤い翼を靡かせ、彼女の姿は宙を舞う。
それを追って、走行中のブラックウィドウの降車口を開き、カーリンが飛び降りた。
「勝手ながら」
言って、同じく扉へ向かっていた彼が、振り向く。
「彼女を頼みます」
「一度は仇となった身だけど?」
「……」
ヴォルフラムは上を向いて目を瞑り、そしてマコトを見下ろした。
「それを押して、です」
「……なら、わかった。任せてくれ」
そして二人は頷き合い、一方の鹿獣人は身を翻して外へと飛び出す。
「ギニースさん」
もう一方の呼びかけに、彼女は返事はせずただ頷き。
本領を、発揮した。
「『機操展改』」
翠緑の光が、漆黒の車体に奔る。
「来たれ『孤独の天蓋』」
それを覆い隠すように、陳腐なお化けの様な白い幕が、ブラックウィドウを包み込んだ。