第十三話 目を見て話して
ブラックウィドウに狙いを定め、三機の緋緋色甲冑が飛来する。
『ジェインさん、あっちをお願いします』
『……承知しましたっ!』
そう念話を飛ばしつつ、シンはマリエンネに走り寄る。
ジェインの心情としては、彼女を相手をしたいところだが、緋緋色甲冑達がブラックウィドウを狙う以上、エウロパら四姉妹と連携する必要があった。
それならば『古今到来』を機能させやすい、彼女らの戦場へ駆けつけるのが合理的と言えた。
歯噛みしつつも、特務騎士は走る。
握った『天槌』を、遠目の間合いから振りかぶる。
横薙ぎと同時に迸る紫電を、体を半回転させてマリエンネは回避した。
「火刃剣製!」
彼女の声と同時に、その手には二振りの炎の剣が現れる。
振りかざしたそれは炎の斬撃となり、シンを焼き尽くすべく真っ直ぐに迫った。
半歩横に飛びそれを回避し、彼は手にした赤い戦槌をマリエンネ目がけて投げつける。
回転し、空を切る音と共に飛び来る凶器を、熱風纏った左の掌で叩き落す。
光と共に消えたそれに代わって、彼の手には『選びし者の剣』が握られた。
真紅の剣と、白銀の剣が交錯する。本来触れ得ぬ二振りの刃が、かみ合った。
次の瞬間、シンは炎を切らぬことを選び、体を右に捌きつつ剣を振り切る。
それを予測していたのか、マリエンネは右方向に飛び込みつつ、左の炎剣で彼の足を薙ぎ払った。
飛び上がりながらそれを回避しつつ、空中で身を捻り、彼女へと向き直る。
マリエンネはしゃがんだ体勢から足裏より炎を噴出し、地面を爆裂させつつ体を回転させ、炎の剣を振りかぶった。
上段からの一撃を空中で受け地面に叩きつけられるも、体勢を崩すことなく両の足で着地する。
胴を狙っての左の剣閃を、後退しつつ回避し、左手の指先で空を摘まんだ。
引き歪んだ空間が修復され、衝撃波がマリエンネを襲う。
彼女にしてみれば原理不明の一撃を、身を横にして回避した。
「砲炎弾羽!」
マリエンネの背後から、炎の翼が出現する。
左手の炎剣をシンに突きつけると同時に、燃え盛る羽が高速で飛翔した。
彼は左手を握り締め、更に後退する。
広げた左の手より解放された空間が急速に復元し、不可視の砲弾となって飛び来る炎を吹き散らした。
だが、それも織り込み済みだったのだろう、姿勢も低く炎に並走していた彼女が、両手の真紅の剣を掬い上げる様に切り上げる。
傾いで構えた銀の剣でそれを受け、斜め上空へと斬撃を逸らしつつ、シンは右足を振り上げマリエンネの剝き出しの腹部を蹴り抜こうとする。
やわらかい、しかし人体ではない感触に、彼は微かに眉を顰めた。
目を凝らしてみれば、先ほど『天槌』を叩き落した左手同様、彼女の表面には風が渦巻いているのがわかる。
熱を伴う気流の壁が、蹴りの衝撃を和らげたのだ。
だが蹴りそのものが無駄だったというわけではないようだ。
マリエンネは後ろへ退りつつ、軽くせき込む。
期せずしての仕切りなおしに、彼女は眼鏡を押し上げた。
「不便そーだね、ソレ」
「……何が?」
言っている意味が分からないとばかりの短い返しに、マリエンネは笑う。
「よくわかんない魔法のほうはともかく、武器やらは一つしか出しておけないんでしょ? でなきゃ、さっきのタイミングで鏡みたいなのだしてたはずだもんね」
「そう思わせておいて、ってやつかもしれない」
「ないね」
確信すらあるかのように、彼女は断じた。
「絶対に有利が取れる局面で、それをしないほどあんたは馬鹿じゃないし、性格がよくもないでしょ」
「心外だな」
シンは軽く俯き、微苦笑する。
「お天道様が見ているんだ。後ろ暗いことなんて、出来るはずない」
言って彼は、左手で空を掴み、自分の足元へ衝撃波を放った。
土くれが巻き上がり、シンの姿を隠す。
言ったそばからの目くらましに、マリエンネは鼻で笑った。
だがその表情が、訝し気なものに変わる。
起こったのは少しばかりの土煙、だけだというのに。
あたりに身を隠す物陰などないというのに、彼の姿が消え去った。
転送魔法を疑い、彼女は緋緋色甲冑達の方を見る。
戦闘車両を中心とした応酬に、性格の悪い男の姿は無かった。
五感による自身に対する認識を、著しく阻害する技法『隠身歩通』を用いて、シンは特に隠れるでもなく、その場に立っていた。
辺りを見回しているマリエンネを気にした風もなく、そのまま歩を進める。
警戒した様子の彼女の脇に立ち、彼は銀剣を振り上げた。
……その動きに合わせ、マリエンネの首がぐりんとシンへと向き直り、その口元がにぃと釣りあがる。
驚愕の表情を浮かべつつ、彼はマリエンネへ引き面を浴びせた。
彼女は猫のように身を低くしてその一撃を躱し、地を滑るように後退する。
「その手のマヤカシ、あたしには効かないよ。目がいいからね」
得意げに言うマリエンネに、彼は応えなかった。
あくまでも生物の五感に作用する技法である為、機械等の無機物経由での監視に弱いが、目がいい、などというあってないような理由で『隠身歩通』を見抜かれたことなど、一度もない。
「……君の目を見て、話しをしたいな」
「お、口説いてる? でもザンネン、あたし、身持ちが堅いんだよね」
言って彼女は、眼差しの見えない、濃い色眼鏡を押し上げる。
「その格好で?」
「……こんな身体見て、ヨクジョーするようなヤツいないでしょ」
「それなら君こそ、生まれ変わるべきなのでは?」
「……そーね! 全部終わったら、キレーな身体にしてもらおうかな!」
吐き捨てる様に言って、マリエンネは再び両手に炎の剣を生み出した。
光を返さぬ色眼鏡から釣りあがった眉を覗かせ、彼女は背からも炎を翼の様に噴出する。
シンとの距離が、まるで圧縮でもされたかのように急接近した。
首を狙う左剣の横薙ぎを、彼は身を屈めて躱す。
脇腹目掛けた右剣の切り上げを、マリエンネの右側面に踏み込むようにして回避、踏み込んだ右足を軸に身体を半回転させ、彼女の背面に一撃を加えた。
シンの銀剣の一撃を、背の翼の羽ばたきが阻む。
だが彼の狙いは、そもそもその翼だ。
推進力にも武器にもなり得る左の翼を、半ばから切り裂く。
それを気にせず、マリエンネはシンへ完全に背を向ける様に体を回転させた。
「砲炎弾羽!」
その一言で、切り飛ばされた左翼と、健在の右翼が羽へと分かたれ、雨の様に彼へと降り注ぐ。
そして彼女は結果を確認することなく、熱風を纏い空中へと舞い上がった。
振り下ろした剣を軸にして、シンは側転の要領で炎を躱す。
煮えたぎる地面を無視して、マリエンネの背を追い風を足場にして駆け上がった。
追いかけてくる彼の姿を肩越しに見、彼女は口をへの字にする。
急転し、シンへと目掛けてマリエンネの体が直下した。
その心情を示すかのように、炎の剣が大きく膨れ上がる。
彼の間合いの外からの十文字の斬撃を、あえて前方へと踏み込み、飛び込むようにすり抜けた。
風の足場を蹴り、急接近する彼女の腹部目掛けて、『選びし者の剣』を横にはらう。
シンの手にした剣の能力を、マリエンネもある程度推察したようだった。
炎剣を消し去り、諸手を胸元に当て、彼に対してではなく、自らに烈風を放つ。
風に舞う木の葉の様に、その体は煽られ上昇し、斬撃を逃れた。
そして再びその背に炎を灯し、拍子を狂わされたシン目掛けて体当たりを敢行する。
今までの挙動を見るに、彼は飛行しているわけではなく、あくまでも空中を歩いているだけのようだった。
マリエンネに押され、急降下している状況で、シンには空を足場とする余地はない。
風圧と衝撃で、剣を振るう余裕もないだろう。
このまま地面に叩きつければ、弾けた水風船のように、彼の体は四散する……
炎の翼を羽ばたかせ、彼女は急減速する。
地面に激突する正に寸前、彼らは空中で停止した。
ふうと一息ついて、シンを手放す。
彼は危なげなく着地し、彼女もその隣に降り立った。
「あっぶなー、頭に血が上ってたわ。殺しちゃうところだった。ごめんね?」
「……僕からも一つ、あるのですが」
落着予定の地面に敷設していた、あらゆる衝撃を吸収し凝集光とする『六夢鏡協の傅符』を虚空に返しながら、シンは言う。
「先の発言は、正に貴方を怒らせるためのもので、本意ではなかったと謝罪させてください」
「ん、その謝罪は受け入れよう」
「付け加えて言うならば、それは貴方の魅力を損なうものではないとも思っています」
「お、口説いてる?」
「……身持ちが堅いのは、お互いさまということで」
「ちぇ」
「ところで」
妙な空気になりそうなところを、彼は強引に話題を変えた。
「殺さず倒して仲間にするという話は、今も生きているんですか」
「当ったり前じゃん」
「……あれを見ても?」
シンは後ろを指さす。
鋼糸で、四肢断裂のみならず、首を切り裂かれ、胴は輪切りとなり転がり。
高速振動する刃に装甲という装甲を砕かれ、力なく頽れ。
そして今最後の一機が、怪力と共に振り回された金砕棒を袈裟に打たれ、胸の真ん中まで抉られひしゃげ。
一同の視線を一身に集め、そしてその惨状を見、マリエンネはがりがりと頭を掻いた。
「あー、もー! 強いなあんたら! なーんであたしのとこにこんな面倒くさい奴らがくるのよ! 『金』のところはもう終わったみたいなのに!」
「……『金』? 終わった?」
「ここから一つ北の結界塔の管理者よ。水王国の二輪駆動機に乗ってる一団をを、ほぼ全滅させたって得意げーに報告が上がってた」
「水王国の二輪駆動機部隊……スイクン機械兵団ならば、モモイ殿がいるはずっ! そう簡単にやられるはずがっ……!」
「殆ど、らしいからね。そいつは逃げ延びたんじゃない? 知らないケド」
「……ならばなおのこと、時はかけられなくなったな」
マリエンネの無責任な物言いに、カリストは宣告する。
「マリエンネとやら、降伏するなら、悪いようにはしないが……」
「それはこっちの科白……って言いたいとこだけど、流石に説得力がないか」
累々と連なる緋緋色甲冑の残骸を見、彼女は頬に手を当てた。
「ねえシンちゃん」
「だっ……何だい、マリー」
乗ってくれた彼に手を合わせ。
「こっから先は殺す気でいくからさ」
仕草にそぐわぬ物騒な物言いをし、ほどいた両手で眼鏡を押し上げ、外す。
「……お互い目を見て、お話しようか」