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第百二十八話 悪夢が現世を苛んで

 転送方陣が砕け、視界が戻る。

 誰も名称を決めず、それ故に『要塞(ストロングホールド)』と呼ぶようになった『七曜』の本拠地、その一角だった。

 十字の形に建造されたそれの内部構造は極めて単純であり、西が転送方陣構築用の『(ポート)』となっている。

 一部の例外を除いて、『要塞』外からの帰還はここになる。

 南が唯一の外部との扉となり、北は『央』の利用区画となっていた。

 そして東が居住区画、生活区画となっており、その地下に『研究所(ラボ)』を構えている。


「とりあえず『研究所』を確認しに行くってことでいいですかねぇ」

「いいんじゃないー?」

「貴方が服を着てから、そういたしましょう」


 言ってパメラは辺りを見回す。

 帰還用の区画は広大で、そこには転送待機中の呪痕兵が整然と並んでいた。

 ある意味心安らがぬ光景ではあるが、見慣れたものでもある。

 特に気にした風もなく、パメラは歩き出した。


「そういえばキティ、あの三体は何処に飛ばしましたの?」

「あーしのは印付けたところにしか飛ばせないからねー。『研究所』のドートさんのとこー。まあ今もそこにいるかは分かんないけど―」


 からからと妙な音をたてる車椅子に座ったまま、カーリンは答える。

 押しているのは顔面の陥没した呪痕兵『顔無し(フェイスレス)』だった。


「というかカーリンさん、歩かないんですか?」

「すっごい疲れるんだよねー。しばらくリハビリしないと、駄目かもー」


 特に緊張感のない会話をしながら、彼らは歩を進める。

 確かに奇妙な事態ではある。

 聖痕兵、或いは呪痕兵に対しての上位権限云々の話は初耳だったが、有り得ない話ではない。

 あの場でそれが行使されたのも、カーリンの定めた当初の排除方針から逸脱していたわけでもなかった。

 彼女自身の、文字通り身の振り方を考え得る事態になったが為の休止だったのだが。


「まあ知らせておけという話ではあるんですけどねぇ」

「呪痕兵の技術周りは、丸投げだったからねー」

「『顔無し』は貴女が設計したんですのよね」

「うんー。身の回りのお世話に使うからって、機能ましましであーしが作ったんだー。ドートさん頭抱えてたけど」

「……キティ」

「へへー」


 呆れ交じりのパメラの言葉に、カーリンは左手で頭を掻く。

 

 巨大化したヴォルフラムでもなんとか通れそうな巨大な門の脇の、通常仕様の通用門をくぐる。

 眼前にはただひたすらに真っ直ぐの通路が伸びていた。

 窓も無く、ただ等間隔に付いた天井の照明だけが、白い壁を照らしている。

 外部同様、『要塞』も全て原初の白泥によって構築されていた。

 殺風景の極みの様な有様だが、機能性を重視した為とのことであり致し方ない。

 距離感の狂いそうな通路を直進し、そして唯一の交差点である十字路に当たった。

 左に曲がれば『水』の待ち構える『央』の区画、右に曲がれば外への門だが、今進むべき道ではない。

 彼らはそのまま直進し、そのまま居住区画へと足を踏み入れた。


「じゃあ、着替えてきますんで」

「ええ」


 自室の前、鹿獣の蹄で器用に扉の取っ手を回す。

 見慣れた、調度品など何もない殺風景な室内が広がって……


 いなかった。


 開かれた扉の先、そこには立錐の余地もないほどに立つ、呪痕兵の姿。


「……は?」


 ヴォルフラムの思考が、一瞬止まる。

 だが戸が開くと同時に、整然と立ち並ぶ呪痕兵達が動き出した。

 扉前の彼を捉えんと、一斉に掴みかかってくる。

 

「『大金棘柱(ピラーオブソーン)』!」


 それを閉じる暇はないと判断したパメラが、床から壁から天井から、一斉に金色の棘の柱を出現させる。

 棘の柱に出口を閉ざされ、呪痕兵達は追撃できない。


「当方の部屋が……」

「そんなこと言っている場合ではないでしょう! どうなってますの?!」

「ちょっとおかしい、じゃ済まないねー。どうする? 逃げるー?」

「……『研究所』に降りるべきですねぇ。このまま訳も分からず逃げても……」


 何の解決にもならない。

 少なくとも何が起こっているのか把握せず脱出してしまっては、今後の対応の糸口すら掴めなくなってしまう。


「異議なしー」

「なら決まりですわ! 行きますわよ!」


 更に棘の柱を追加しながら、パメラは身を翻す。

 服の回収ができなかったヴォルフラムは麋鹿(びろく)の姿のまま走り、カーリンは『顔無し』に車椅子を押されるままだ。


「……そういえばキティ、それは大丈夫ですの?」


 ちらりと『顔無し』を見やりながら、彼女は問う。


「命令系統は、他の呪痕兵と独立してるから、大丈夫だと思うよー」


 ねー? と見上げれば、それは小首を傾げて返しきた。

 いまいち不安ではあるが、確認に時間をかけるのもうまくない。

 ここはカーリンの手腕を信ずることとした。


 通路の突き当りに、地下の『研究所』に続く螺旋階段と昇降機が並ぶ。


「パメラ、乗って下さい」

 

 ヴォルフラムの言葉に彼女は一つ頷き、その背にまたがった。

 そのまま彼は、昇降機ではなく螺旋階段、その中央の吹き抜けへと飛び込む。

 この状況でわざわざ閉鎖空間に乗り込むのは危険が過ぎる、妥当な判断だった。

 カーリンの座った車椅子を、『顔無し』が持ち上げる。

 流石にその膂力は人のそれと一線を画していた。

 ヴォルフラムに倣って、『顔無し』も同様に吹き抜けへと飛び込む。

 パメラを乗せた鹿獣は螺旋階段の手すりを蹴って、落下速度を調整する。

 ほどなくして二人は、居住区画の最下層、『研究所』区画に降り立た。


「どいてー」


 気の抜けた声に上を見上げれば、丁度カーリンが落下してくるところだった。

 ふわふわと、羽毛が落ちるかのようにゆったりとした速度で、彼女と『顔無し』が下りてくる。

 カーリンの得手とする、重力制御の魔法によるものだ。

 相当な落下距離であったが、全員危なげなく着陸に成功する。

 

 昇降機を中心に、二本の直線が交錯している。

 すなわち十字の交点だった。

 再び東西南北に道が分かれているが、三人は申し合わせたように北の通路へと向かう。

 残る三方は『土』、『木』、『星』、ぞれぞれの私的研究室だが、北のそれは共同のそれだった。


「楽しい『研究所』入り、と言っていた以上、こっちのはずですわよね?」

「ですねぇ」

「異議なしー」


 鹿獣に乗った少女と、無貌の人形が押す車椅子に乗った少女が、すさまじい速度で並走し、北上していく。

 見る者がいれば、己が目を疑うであろう奇妙な光景であったろう。

 意匠も飾り気もない、白い回廊を進み、そして突きあたる。

 設えられた、恐らくは強度のみを追求した扉

 ヴォルフラムより降りたパメラが、それをやや乱暴に押し開けた。


 申し訳程度についた照明と、情報端末の表示装置からの光に照らされた薄暗い空間。

 映し出されたものに何らの興味を示さず、彼らは目宛の人物の背を見つけ、歩み寄る。


「ドートートさん」


 正面の情報端末を見る彼の背に、ヴォルフラムが声をかけた。


「……」

「ドートートさん?」


 二度の呼びかけに、しかし反応はない。

 振り向く素振りもなかった。

 そして、手元の入力装置に打鍵する様子もない。

 ただ、画面を凝視しているようだった。


「ドートート!」


 業を煮やしたパメラが、彼の肩を掴んだ。

 途端、振り向くドートートの首。


「ひっ?!」


 その表情も相まって、彼女は思わず後退ろうとする。

 しかし同時に伸びた彼の手が、肩に置いたパメラの腕を掴んだ。


「ドー……トートさん?」


 愕然とした面持ちで、ヴォルフラムが呟く。

 ドートートの顔。

 その瞳は血走り見開かれ、瞳孔は開き切っていた。

 凡そ尋常な様相ではない。

 彼女はその手を必死に振りほどこうとするも、異様な握力にそれは叶わなかった。

 それどころか抱き込むように、ドートートはパメラを引き寄せる。


「っ『顔無し』! パムを!」


 主の命に従い、『顔無し』がパメラを彼から引き剥がそうと手を伸ばした。

 ……その手が振り払われる。

 彼女の、パメラその人の、手によって。


「パメラ!」


 ヴォルフラムの口から、驚愕の声が漏れた。

 彼女の顔。

 パメラの瞳が、ドートートと同様に、見開かれる。


「パメラ?!」


 返事はない。

 ただ鹿獣の身の彼を抱き寄せようと、その両手が伸ばされる。

 慌てて身を引くヴォルフラム。

 カーリンも同様に後ろに下がり、辺りを見回した。

 ……立ち上がった影は、一つだけではない。


「セリー……?」


 同様に、ゆらりとこちらを向くセルゲイ。

 その双眸はドートートと同じく見開かれ、血走っている。

 同じく立ち上がる、レラリン。

 

「レラりん?」


 しかしその顔は彼らとは違う表情に彩られていた。

 丁度顔の左右半分、嗤うように、そして哭くように。


「想定外だな……よかっタ」


 声音は同じながら、前半後半を別人が話しているような違和感。

 そんな声が彼女の口から発せられる。

 想定外? 何が想定外なのか不明だが……


「どういうことですかねぇ、レラリン!」


 じりじりと後退しながら、ヴォルフラムが叫んだ。

 彼女はそれには答えない。

 ただ全身を、まるで反発しあう磁石のように震わせながら、顔を引き攣らせ、叫んだ。


「逃げテ!いや駄目だそれは許さない」


 躁鬱のように変遷する、支離滅裂なその物言い。

 何が何だか分からない、悪夢の様だった。

 狼狽する二人を尻目に、『顔無し』がカーリンの体を持ち上げた。


「ちょ、『顔無し』?!」


 嫌な予感に身を捩る彼女を、『顔無し』はヴォルフラムの背に乗せる。


「んえ?」

「何の……」

『『要塞』入リ口マデ、カーリン様ノ『亜空郷愁(デン・ディメンジョン)』デ跳ベル筈デス。脱出ヲ』


 カーリンですら初めて聞いた、『顔無し』の合成音声。


「お前は……」

『カーリン様ヲオ願イシマス。ヴォルフラム様』

「……カーリンさん!」


 泣きそうな顔で、彼女は側脈(バイパス)を構築する。

 カーリンの魔法が発動するさ中、彼はパメラを見た。

 豹変した彼女、何が起こったのか、全く分らないが……


「必ず戻ってくる! 必ず! 必ずだ!」


 そう宣言し。

 彼らの姿は、虚空に消えた。

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