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第百二十四話 貴方に返して

「よう、さっきぶりだなカーリン嬢。随分様変わりしたもんだ」

「ん、あー、錬金術師さんかー。なーに? まだあーしに何かあるのー? あーしのことは、どーにもならないんでしょー?」


 気安く声をかけてくる彼に、皮肉ではなくただ淡々と、彼女は事実だけを言う。

 先程までの、事実を。


「ああ、そうだな、どうにもならん……俺だけなら、な」


 意味ありげに言うヘルムートに、カーリンは首を傾げる。

 彼は隣の少年を指差した。


「あんたら、こいつのこと、なんて呼んでた?」

「えー? 無垢なる光脈の牽引者(イノセントリーダー)……あっ……ぇえ?」


 自らの呟きに驚いたように、彼女は声を上擦らせる。


「そうだ……正直それにどれほどの意味が、どれほどの重さがあるのか、俺にはわからんが……わかるだろ、あんたなら特に」


 その言葉に、カーリンは思わずマコトを見た。

 混沌領域の中、生身の目を取り戻してはいるが、根本的な見え方は変わっていない。それはその他の身体能力についても同様だが。

 故に彼女には未だ、彼の重さが、携えたものが、その異質さが見えていた。

 あまりにも、持てる者たる、その様が。


「『土』が言ってたな。マコトが世界を渡る度、世界樹を廻る光脈(レイライン)が強まると。こいつに惹きつけられた未だ指向性を、目的を持たない無垢なる光脈が、世界樹のそれを目的にするためだと」


 そして、それならば。


「『月』のカーリン。君を、君を成り立つを目的とする無垢なる光脈があっても、おかしくないよね?」

「……」


 理屈の上では、確かにそうだ。

 乾いた土に、雨が染み入るように。

 傷に擦り込まれる、軟膏のように。

 足りない欠片を、埋め込むように。


 欠いた身。

 欠けた身。

 文字通りに、この身は成り立ちから、欠けていたのなら。

 故に、欠けた体の機能を補填するかのように、奇妙で歪で不可思議な機能を有すこととなったのならば。

 それならば。

 もし本当に、欠けたこの身を正すような、穴を埋めるような。

 精神をもって己を見詰める魂の認識が、正しくこの身に反映されるようになるのだとするのならば。

 それ以上に望むことなど、ありはしない。

 だが。

 剣呑なる光をその瞳に灯し、カーリンは彼らを眇め見た。


「……そんな雰囲気を、醸せるんだな、あんたも」


 逆に感心したように、ヘルムートは頷く。

 それには答えず、彼女は再び大鎌を擡げた。


「あーしなんて取るに足らない、ただの人だよ。そんなあーしを、誑かしてどうするの? 何の利があるの? あーた等一体」


 手にしたそれを、突き付ける。


「何を考えてるの」


 当然と言えば当然の疑念に、彼らは顔を見合わせて、そして二人は彼女を見詰めた。

 その視線に、カーリンはあからさまにたじろぐ。


「利も理もあると、思うがね」

「……どんな?」

「そもそも俺らは敵か? 方向性がちょっとばっかり違うだけで、本来手を取り合える間柄じゃねーかな」


 彼女たちは、別に世界を滅ぼしたいわけではない。

 その逆だ。

 そしてそれは、こちらも同じこと。


「んでその上で、可愛らしいお嬢さんの悩みを解消できるなら、これ以上に喜ばしいことはないだろうよ」


 なぁ? とヘルムートはマコトに同意を求める。

 彼が返すのは苦笑いだ。

 彼らの様子に、カーリンは唖然と、愕然となる。

 正気なのか?

 どこに利がある、何が理だ?

 だが読み取れる彼らの心情に、偽りは感じ取れない。


「マリーは最早身内みたいなものだしな……それも理由にならないか? 君の事情、結構彼女のそれと重なる……できることなら、力になりたい」

「……」


 手にした彼女の『不信心(フェイスレス)』は、未だ下がらなかった。

 だがかといって、敵意をもって向けてもいない。

 逡巡、当惑、そして狼狽。

 内心の乱脈に、大鎌の先端が震える。


「カーリン嬢」


 ヘルムートの呼びかけに、彼女ははっと、顔を上げた。

 そして二人を交互に見て、手にした大鎌を地面に突き立てる。


「……ちゃんと()()、出来るのー?」


 右手の親指で己を指差し、カーリンは言った。


「……努力はする」

「右に同じだ」

「……」


 突き立つ『不信心』が『顔無し』へと変わる。

 それは傍らに落ちていた、何故か未だに壊れていない車椅子を拾い上げ、その後ろに回った。

 彼女の体から、闇が滲み零れ、空へと昇っていく。

 混沌領域が、解けて、


『んふふー』


 欠けたその身を再び晒し。

 そしてカーリンは、笑った。


『然らば、煮るなり焼くなり、思うが儘にされよー』


***


 数多の武具を構築する時、彼は、マコトは、思い出を反芻する。

 初めてそれを目にした時の印象。

 手にした時の感触。

 色、質感、重さ。

 周囲の状況。

 日差し、温度、湿度。

 その全てを、当時をさながらに思い返す。

 慣れ親しんだ、そんな作業。

 だがこれまで、彼が成してきた構築は、あるいは再現は、全て自ら手にしてきた『物』だけだ。

 『者』を成すなど、一度たりとてしたことはない。

 少なくとも、能動的には。

 しかし『土』のドートート曰く、彼は世界を行き来するさ中に意図せず、世界樹の経絡を補填し、あるいは増強していたらしい。

 自動的に。

 ならば、ならば。

 無垢なる光脈に仮初の目的を与え、型を成すように。

 意識を向けて自らに付き従う無垢なる光脈から彼女足り得るものを、選別することも出来るはずだ。

 仮初の目的ではなく、その本懐たる目的を、見極めあてがうことが出来るはずだ。

 ただ一つを目的とする光脈など、ありはしない。

 万象が流転するように、宿願は変遷し、目的は転変する。

 無垢なる光脈とは、正に可能性なのだから。


 手を翳す。

 車椅子に座る少女は、何ら抵抗の意を示していない。

 それを汲んでか、背後の顔のない呪痕兵も動く気配はなかった。

 巡る、巡る、光が巡る。

 彼との周りを光が巡る。

 彼の重さの、彼の厚みの根幹たる無垢なる光脈が目眩く、そして目覚ましい程に循環していく。

 途方もない数の欠片を、無数に組み合わせるかのように幾つもの思考が積み重なっていく。


 そしてやがて、マコトは感じた。

 歓喜の、欣喜の、驚喜の波動を。

 喜びに打ち震える、何かがある。

 否、何かなどと思うまでもない。

 現世にいよいよ型成せることを狂喜する、無垢なる光脈たちの声だ。

 幾つもの光脈が、幾重にも重なり、カーリンの元へと募っていく。

 原型となり、骨子となり、礎となっていく。

 基へと、源へと、始へと、成っていく。

 彼女の眉が、むず痒いかのように顰められた。


 さあ、次は彼の番だ。


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