第十二話 死神はかく語りて
『まだ!』
鋭く響く念話、その主はギニースだった。
爆散する朱金機の内から、人影が飛び出す。
「はっはぁ!」
両手の指先から炎を爪の様に噴出し、抱き着くようにそれを交錯させた。
風を蹴り上へと逃れ、シンはその姿を改めて視認する。
燃えるような長い赤い髪に、それと同じ色の分離型の水着のような、露出度の高い出で立ちの少女だった。
そして何より特徴的なのは、側頭部から後ろに伸び、緩やかに弧を描く、緑に輝く一対の角。
彼女はそのままくるくると回転しながら地面に降り立ち、こちらを見上げてくる。
その眼差しは濃い緑の色眼鏡に阻まれて、確認することは出来ない。
「やるじゃん! ドーさんの緋緋色甲冑を、破壊されるとは思ってなかったよ」
今まで命のやり取りをしていたとは思えない気安さで、少女はそう声をかけてきた。
かと思えば、全身粘液まみれの状況に、辟易したのか舌を出す。
シンは地面に降り立ち、ジェインに並んだ。
『よくわかりましたねっ、有人機とっ!』
『耐衝ゲルの、臭いが、した』
ジェインからの言葉に、ギニースがそう返す。
そのそばから、少女は全身を燃え上がらせ、粘度の高い液体を燃え散らしていた。
「シン・タチバナです。……敵方かとは思いますが、名前を伺っても?」
ぶるぶると頭を振るう彼女に、彼は名乗る。
「お、話せるクチ? あたしは『七曜』が『火』のマリエンネ。マリーって呼んで? ……でも、敵かな? どうだろ、今からでも仲間にならない?」
「……火王国を滅亡させておいてどの口が!」
とぼけた口調で言ってくるマリエンネに、いつもの笑顔はなくジェインは激高した。
そんな彼の様子に唇を尖らせつつ、彼女は左手を下げるような仕草をする。
「呪痕兵は退かせたよ。その気があるなら、ちょーっとお話してみない?」
『ギニースさん?』
『……転送方陣、確認。本当に、退かせた、みたい』
シンはジェインの肩を軽く叩き、手にした『選びし者の剣』を虚空に返した。
『カリストさんは?』
『今、私の治癒魔法で治療中です。もうすぐ動けるようになるかと……』
『了解です』
「お話、ですか。彼の祖国を滅ぼしたことについての、弁明とかですか?」
念話での内容を露ほども表に出さず、シンは言葉を返す。
「説明してないから当たり前ではあるんだけど、誤解があると思うんだよね」
頬を掻きつつ、マリエンネはそう弁明した。
「まずマルアレス火王国は、国としては確かに滅んだけど……誰も死んでないよ」
沈黙が、落ちる。
「……は?」
今まで聞いたことが無い様な剣呑な響きで、ジェインは唸る様に言った。
「あんなものを国中に落としておいて、誰も死んでいないなどという言葉をどう信じろとっ?!」
「あんなものっていうけど、あんたはあれが何なのか知ってるの?」
彼女の切り返しに、ジェインはやや鼻白む。
「……山脈一つ磨り潰すような、無体な物体だということは分かりますねっ!」
「あれは原初の白泥っていう、かつての生命の源泉だよ。あの中でみんな、生まれ変わるために眠ってるんだって」
「生まれ、変わる?」
「そう」
シンの呟きに、マリエンネは頷いた。
「そもそもだけど、我らが央は、紅き戦慄は、なんて表明したか覚えてる?」
「……世界を救う、平和をもたらす、などと言っていたようですね」
「およそこの状況とは縁遠い言葉であると思いますがっ!」
「見ての通り」
右手で己の角に触れ、彼女は言う。
「あたしはドゥルス族な訳だけど。種族が違うってだけで、もう軋轢があるよね」
種族的にはもっとも繁栄したファン族、長命で魔法に秀でるエルゥ族、独自の工学技術を持つダーナ族。
現在の共存は、それぞれが生活圏を分けたからだ。
「でもドゥルス族にはそれもできない。だったら」
ぽんと、マリエンネは手を打つ。
「みんなドゥルスになればいい、って」
「……それで、生まれ変わりをと?」
「そう」
彼女はこくりと頷いた。
「ファン族も、エルゥ族も、ダーナ族も、あと獣人族とかそのあたりもまとめてぜーんぶドゥルス族に! そうすれば種族に基づく差別や争いは無くなるよね? その上で、国って枠組みは我らが央が取っ払う! 種族が、国が、みーんな一緒なら」
平和だよね? と。
マリエンネは笑った。
露出度の高いその出で立ちは、その体に刻まれた、切傷の痕を、火傷の痕を。
古傷の、痕を。
何ら隠すことはない。
彼女は笑った。
痛々しい、笑顔だった。
***
「申し訳ないが、君の言葉を信じる理由がない」
言ってシンは、首を振る。
「原初の白泥とやらに、どんな効力があるのか、こちらにはわからない。山脈を一つ崩落させたように、誰一人生き残ってはいないかもしれない。生きているなんて確証は何もない」
彼は、指折り数える。
「生まれ変わりなんてことが、成せるとは思えない。ましてや一個人の力などで。そして仮に、本当にそんなことができるのだとしても」
シンは、マリエンネを見た。
「異なる体に同じ魂を宿したとして、それは本当に生まれ変わりといえるのか? 本当にそれは本人なのか? 疑念は尽きないな」
にべもない彼の物言いに、彼女はうーんと頬に指を当て、考える。
そして何か思いついたように、瞳を輝かせた。
「じゃあさ、私が勝ったらあんたたちを私の仲間にしてあげる。そしたら首根っこ引っ掴んで、今の火王国の中、案内してあげる。で、もっと詳しい奴の説明、聞かせてあげるよ。そしたらきっと、わかるから」
「それなら今からでも、案内してもらって構いませんよ」
「そうはいかないよ。まだ仲間でも何でもないでしょ? 敵を招きいれるわけにはいかないからね」
それは仲間というよりも、屈服させたというのだが。
「仮に僕らが勝ったとして、貴方はどうしてくれるんです?」
「さあ? あたしに敗北後の希望はないよ。生きてたら、好きにしたら?」
「……貴方が勝った後は、僕らは生きている前提なんですね」
「? そりゃそうでしょ。仲間にするために勝つんだから。殺しちゃったら、元も子もない」
何を言いたいのかわからない、とばかりにマリエンネは首を傾げた。
「随分と余裕ですね」
そう声をかけたのは、ブラックウィドウから姿を現したエウロパだ。
『カリストさんは?』
『もう大丈夫です』
「最終防衛線の配備兵を撤収させた以上、最早呪痕兵の再召喚は出来ないと推察しますが」
シンからの念話に短く返し、彼女はマリエンネにそう指摘する。
そう言われた彼女は、右手で何かを持ち上げるような仕草をした。
「あ、本当だ」
何の反応も返ってこなかったのか、知らなかったー、とマリエンネは頭を掻く。
「緋緋色甲冑とやらも失い、増援もなし。貴方一人で勝てるおつもりですか?」
「あ、もしかして、あたしがあの鎧より弱いと思ってる?」
「普通はそう判断すると思いますが……」
「あんたたちだって散々呪痕兵を生身で倒してるのに。あれは貰い物だし、雑に強いから使ってるだけだし、心外だなぁ」
唇を尖らせて、彼女は不平に唸る。
「それにこいつらは、使えるみたいだし」
その言葉と共に、上空に三つの光の柱が立つ。
「緋緋色甲冑の予備機。あたしが乗らなくても、自走してくれるから、数も問題ないし。そっちも、さっきあたしがぶん殴ったおねーさんは治療済みなんでしょ。それじゃあ」
音を立てて宙を舞う三機を頭上に、マリエンネは腰に手を当て彼らを見やる。
「再開しよっか!」