第百十七話 三者揃って
手にした回転式拳銃を、マコトは無造作に『均衡』へと向けた。
ろくに狙いをつけるでもなく、彼はその引き金を引く。
乾いた発砲音と共に、螺旋回転して放たれる銃弾。
意図は不明だが、わざわざ受ける云われもない。
それは『白のケテル』の障壁で、ちっぽけな弾丸を受け止めた。
その瞬間、異様な衝撃音か響く。
握りしめた鈴を我武者羅に振り回したような、鈍く、連続して何かが何かにぶつかる音。
それと共に、煌びやかな障壁が消失した。
推進力を殆ど失った銃弾が、こつりと『均衡』の胸を叩く。
損傷は、ない。
損傷はないが想定もしていない事象に、それの動きが止まった。
致命的な隙をさらす『均衡』を、マコトの『天鎚』が一撃する。
いや、三撃。
胸部への横薙ぎの殴打が、頭部と腹部へと同様に命中した。
追撃の雷光の直撃すら受け、それは白煙を立ち上らせながら、小刻みに痙攣しだす。
短絡を起こしたのだろう。
「ば、かな。何、が」
「さあ? 多分弾が障壁の角に、変な風に引っ掛かったんじゃない?……運が悪かったね」
軽く言いつつ彼は、その時計じみた頭部へと、止めの一撃を振り下ろした。
なす術もなくそれを受け、『均衡』が落ちる。飛行機構に障害が発生したのだろう。
「黄のティファレト……」
さざめくような響きで、命令言語は紡がれた。
半ばまで潰れた頭部で、それは導線へマナを入力する。
『均衡』の前に黄色に輝く天秤が出現した。
それはいささかも傾かず、ただ均衡を保っている。
双方の皿の上で、何かが瞬いた。
その瞬間、マコトの眼前から、『均衡』の姿が消えた。
そして入れ替わるように、女性的な造形の呪痕兵が現れ、そして落ちていく。
「何だ?」
疑念を呈しつつも遅滞なく、マコトはそれ……『峻厳』への追撃に移ろうと空を蹴った。
だがそれは、
『マコトさん!』
エウロパからの、半ば悲鳴のような念話に止められる。
『呼んでくれ!』
それに彼は、躊躇なく答えた。
一瞬にして、目の前の光景が変わる。
中破したブラックウィドウ。
巨大な鹿獣。
マコトは迷うことなく、『悪鬼螺鈿の偽腕』を繰り、ヴォルフラムの顔面を痛打した。
***
迫る光の柱を前にして、それは呟く。
「これでこそ、均衡、が、取れると、いうもの……」
その呟きと共に、それの姿は、錬鉛術師の秘奥に消えた。
***
「粗い!」
振り下ろされる光の白刃を、『慈悲』は青い光の剣を傾いで構え、地に落とした。
出力的には圧倒的にライムの『右手』が上だが、それは技量をもってその差を捌き切ったようだ。
だがそれは、地についた途端まるで重さを感じさせない速度で切り上がる。
それに対して『慈悲』は前に踏み込むことで、彼女に応じた。
剣ではなく青い光を灯した指先を、ライムへと向ける。
彼女も、退かない。
左へと踏み出しつつ、右手の先を鉤の様に曲げた。
そしてそれを、『慈悲』の背中を掻き取るように引く。
それは自らの身を反転させ、光の鉤爪を青剣で受けた。
回転しつつそれをいなし、振り払う。
大きく外へと外れる、ライムの右手。
『慈悲』の指先が、伸びた。
咄嗟に彼女は、後ろに倒れ込もうとする。
だが、その背を支える者がいた。
割って入る者も。
「ジェインさ……!」
「はいっ!」
体勢を整えるライムに、彼は頷きかける。
もう一方、青い指先を受けた『ジェイン』は、それ自体はしのいだものの、青剣の刺突を受けきれず胸を突かれて四散した。
「まだ、余裕がありますか、ジェイン殿」
「いいえ、余裕などっ! 小生は何時でも、全身全霊ですともっ!」
自らの分身が散るのを全く意に介した様子はなく、彼はそう答える。
この戦域を支配しているのは、事実上ジェインと言っていいだろう。
現状、敵は目の前の聖痕兵だけではない。
周囲一帯を多数の人型、獣型呪痕兵が群れを成していた。
それを押し止めているのは、無論ジェインの『古今到来』による結晶体だ。
数の上では呪痕兵たちが圧倒的だが、それを彼の個の技量で抑え込んでいる。
だがそれも、無限には続かない。
疲れを知らぬ呪痕兵と違い、ジェインの体力は有限だからだ。
一刻も早く、目の前の聖痕兵『慈悲』を倒し、膠着状態を打破しなければならない。
「膠着状態を作り出しているという事実が既に、華々しき所業ではあります。そしてその打倒も、確かに貴方様方ならば、為せるやもしれません。ですが」
くるりと手にした黒い杖を回し、地に突き立てる。
「それは相手が、当方だけならばという話」
高速で接近する何かとライムの間に、『ジェイン』が割り込む。
双剣と白剣が重なり合い、弾けた。
ブラックウィドウから離脱した、黄緑の『均衡』の一撃に、『ジェイン』がひび割れる。
「お待たせを」
「丁度よい時分です」
頷き合う二体の聖痕兵に、ジェインはやや表情を険しくする。
「戦局に動きがありましたな?」
「ええ、当方の分体が一機、獲られましたが……」
「恐縮です。当方が保護されました」
空中よりひらりと身を翻し、『峻厳』が着地する。
『均衡』の『黄のティファレト』……自らと聖痕兵、或いは『七曜』との場所の入れ替えによるものだった。
「また、カーリン様の要請で、ヴォルフラム様が参戦されたました。あとは……」
言いかけちらりと、『均衡』が二人を見る。
「『イオ』の打倒を確認しております」
「え?!」
『エウロパ殿っ! イオ殿はっ?』
驚きの声を上げるライムとは対照的に、ジェインは冷静に念話を飛ばした。
『……重傷、ですが命に別状はありません。ご自身の職務に集中を』
淡々とした、言葉少ない彼女の返答に嫌な予感は過る。
しかしながら……二人は顔を見合わせ、頷き合った。
そしてそれらに向き直る。
「こちらには、新たなる無為なるマナの誘引者がおります故っ!」
「ご心配は無用です」
「……揺さぶりは、通じませんか」
打ち合わせでもしたように言葉を紡ぐ二人へ一つ頷き、『均衡』は言った。
「ええ、既に試行済みです。一時的には、効果はあるようですが」
『慈悲』がそう、相槌を打ち。
「固い方々のようで」
『峻厳』が感想じみたことを言う。
口々に言葉を交える聖痕兵達。
およそ機械とは思えない、彼らの挙動。
ライムは思う。
興味深くはあるのだが。
「縁がなかったということで!」
右手を抜き打つ。
『峻厳』と『均衡』が、『慈悲』に寄った。
「『青のケセド』」
振り上げられた青い刃が、閃く光刃を上へと逸らす。
右手を振り切り隙を曝した彼女へ、『均衡』は空を駆け、『峻厳』は地を駆けた。
「錬鉄、鋳剣」
「疾!」
黒剣と白剣が交差し、ライムを十字に断たんと迫る。
それを受け止めるのは、泉の湧くように現れた四人の『ジェイン』だ。
二人の『ジェイン』の双剣が黒白の刃を受け止め、残る二人が力の弓を引き絞る。
受けられた剣を軸に『均衡』は上空へと身を翻した。
同じく『峻厳』も受けた剣を起点に、地を滑るように回転し、さらにライムへと剣を走らせる。
彼女は、左手を、翳す。
漆黒の闇が、黒鉄の剣を飲み込んだ。
『峻厳』それに拘泥せず、手を放して距離を取る。
「まだ、足りませんの?」
虚空より、声が響いた。
「貴方様までお出になられるのですか」
驚いたかのように攻撃の手を止め、『均衡』は宙を舞い、『峻厳』の真上に滞空する。
「ヴォルフとキティがいますのよ? 私だけ仲間外れなんて」
転送方陣……多層構造の魔法陣が、輝いた。
その内より現れたのは、一人の少女。
黒地に白の麗糸をあしらった夜会服、金の髪を靡かせて。
「『金』のパメラ・ダンクルベールが、罷り越しましたわ」