第十一話 死神は舞い降りて
標的となったのは、カリストだ。
一人で、一撃で。
千を超える呪痕兵を撃破したのだから、ある意味当然ともいえる。
突如として出現した異質な個体は、予定通りなのか、或いは彼女のような異分子に対しての対抗的出現なのかは不明だが、脅威を認めての対応ではあるのだろう。
数えるのも莫迦らしいほどの炎弾が彼女の元へと降り注いだ。
カリストは鋼糸を、前方の地面へと飛ばし突き刺す。
それを巻き取り、人身ではあり得ぬ速度で炎の羽の回避を試みた。
炎の雨は、しかし地には落ちず彼女を追って急旋回する。
舌打ち一つし、カリストは『不可糸技』達に指令を飛ばした。
残った十数体の針金細工達が、炎の羽へと体当たりしていく。
耐熱、耐腐食に優れた、ダーナ族によって発明された合金製だが、殆ど一瞬で焼き溶かされた。
だがその僅かに稼いだ時で、彼女は鋼糸を操り大地を切り裂く。
四角く切り取られた地面を同じく鋼糸が引き剝がし、炎への防壁とした。
立て続けに爆発音が起こり、簡易土壁が爆砕する。
明らかに数を減じたそれらにカリストはほくそ笑み、もう一度土壁を立ち上げた。
『姉さん!』
切羽詰まったエウロパの念話に、彼女は意識を前方に戻す。
……降り立った朱金の巨体が、眼前で拳を振り上げていた。
両の鋼糸を全力で操り、障壁を編みつつ身を捩る。
拳が、振り降ろされた。
鋼糸の障壁が幾分勢いを殺し、頭ではなく肩への着打となったものの、体格差もあり受けきれる筈もない。
進行方向からほとんど真横へと吹き飛び、その体は地を転がった。
追撃へと動く朱金機へ、そうはさせじと『ジェイン』が切りかかる。
高速振動する刃を、しかし掌で受け止め、宙に浮いた彼の身に蹴りを放った。
その足に自分の両足裏を合わせ、回転しながら大きく後方へ飛び下がる。
間髪入れず二人の『ジェイン』が左右から切り込み、残る二人はカリストへと駆け寄った。
「だいっ……じょうぶだっ……! 『エウロパ!』」
『ジェイン』達にそう声をかけ、エウロパへ念話を飛ばす。
その瞬間、カリストの姿が消え去った。
エウロパの『取り寄せ』だ。
走行を再開したブラックウィドウの内部に、倒れ伏せた彼女の姿が現れる。
得心いったとばかりに頷き、四人の『ジェイン』が朱金機を取り囲んだ。
一人遠ざけられた『ジェイン』の力の弓の一矢を皮切りに、他人では取り得ぬ時間差連携で、見上げるほどの巨体へ刃を向ける。
陽炎が、揺らめいた。
朱金機の全身から、炎ではなく熱風が噴出する。
大地を焦がすほどの超高温に、『ジェイン』の結晶体は耐え切れず霧散した。
弾丸が、白煙を上げる大地一帯を蹂躙する。
残る呪痕兵をほぼ放置し、最速で援護に駆け付けたイオからのものだ。
右の補助腕の武装を再び軽機関銃に、左を大楯に換装しての対面。
先ほどの『ジェイン』達の散り際を見、白兵戦を諦め銃撃に専念する。
だが朱金の巨体は、思いの外機敏に身を捌き銃弾を避け、ちゃちな間合いを嘲笑うかのように機体背面より熱風を放射し、その身を陽炎で揺らめかせながら、高速でイオへと接近した。
彼女は、動じない。
戦斧の間合いの外にも拘らず、右腕を振るった。
イオの腕は、握った獲物は、鞭の様にしなり、伸びる。
肉体流化により大幅に伸びた射程、間合いの外からの攻撃を、しかし朱金機は左腕で受け止めた。
だがジェインの双剣ほどに、その一撃は軽くない。
足を踏みしめ転倒を堪えた。
進行は止まるも右手で、左腕で受け止めた戦斧を掴む。
「あっつ!?」
迸る灼熱感に、イオは慌てて右手の獲物を手放した。
朱金機の手の内で赤熱し、戦斧は蕩けて地に流れ落ちる。
「噓でしょ……!」
目の当たりにした光景に顔をゆがめながら、彼女は大きく後退した。
それを許すはずもなく、朱金機は再び加速し、間合いを詰める。
『お願いします!』
エウロパの思念と共に現れたのは、シンとジェインだ。
二人を『取り寄せ』し、そしてブラックウィドウそのものを朱金機のいる現場まで走らせたのだ。
シンとジェインが車両を離れると同時に、ブラックウィドウは再び逆走する。
『イオさんも離れて、残りの呪痕兵を処理を。ジェインさん、付き合ってもらいますが……』
『異論ありませんが、小生の『古今到来』には期待されぬようっ!』
『? 何故?』
『シン殿の成し得ることが、想定仕切れぬ為ですっ!』
過去を参照し未来を演算し、その結果を先取りして現在に結晶化させるジェインの『|古今|到来』において、道を交える他者は重要な因子であり、変数となる。
エウロパら四姉妹達とは事前に接触機会があり、シンという未だ定まらぬ変数あっても超局地的に演算することにより『古今到来』を機能させていたのだが。
『シン殿については、それも叶いませんっ!』
『つまり僕のことがよくわからないから、共闘する未来を描けないと?』
『端的に申し上げればっ! ですので小生自身で見定め、対応させていただきますっ! 今後のこともございますのでっ!』
『……わかりました』
表情にやや苦いものを浮かべつつ、シンは技法『移風同道』で空を駆ける。
手にした『天槌』を、朱金の機体の頭部目がけて戦槌を振り上げた。
何の捻りもない打撃に、それは首を捻る様に回避する。
回避した、にも拘らず、打突の衝撃に頭部が揺らいだ。
一振りで三度打つ技法『一威三振』により、左右に発生した殴撃によるものだが、相手はそれを知る由もない。
想定外の損傷ながらも、追撃の紫電には反応し、のけ反る様に回避する。
そのまま地面に手を突き、後方転回で体勢を整えようとする朱金機に、ジェインの双剣が襲い掛かった。
更に後方転回を連続し、それを回避するも完全に逃れることは出来ず、右脚の装甲の一部を削る。
先ほど掌で受け止められたのは、そこから噴出する熱風の風圧によって押し留められた為のようだ。
詰まるところ、受けさせなければ切り裂けるということ。
その一撃は、多少の脅威をそれに与えたようだ。
朱金機はそのまま熱波と共に、剣の届かぬ高度まで上昇する。
その影を追って、シンが風に乗りて歩む様に追いすがった。
空中で停止したそれの高度を超え、再び戦槌を振り下ろす。
先ほどの謎の不意撃を警戒してか、朱金機は必要以上に大きく後退した。
今度は左右にではなく前方に追打したが、それも躱される。
朱金機の背から、熱風ではなく炎が噴出された。
再び展開される炎の弾幕。
『移風同道』で風に乗ることは出来ても、移動速度そのものが増すわけではない。
先ほどのカリストの対応を見るに、機動力にて回避することは不可能と言えた。
「来たれ『六夢鏡協の傅符』」
彼の言葉と共に赤き戦槌は消え去り、代わりに数十枚の掌ほどの大きさの六角形の薄紙が現れる。
鏡の如き表面を持つそれは、シンの眼前で組み合わされ、壁を成した。
飛び来る無数の炎の弾丸を悉く受け止め、その熱を、衝撃を、真白の凝集光へと変じ、朱金の巨体へと撃ち返す。
だがその挙動そのものは予測していたのであろう、それは真下に落ちて光の雨を遣り過ごした。
そしてそのまま直進し、抉るような軌跡でシンの後方へと急上昇する。
鏡片が消え去り、再び握られた『天槌』を背面向けて振り回した。
本来届かぬ間合いのはずだが、彼が握ったのは柄頭に取り付けられた握り用の輪だ。
連結鎖が伸び、朱金機の肩口を殴打し、電光が追撃する。
白煙を上げ、巨体が傾いだ。
だが致命傷には至っていない。
それは左の掌に右の拳を当て、引き抜くような仕草をする。
その手には文字通り、炎の剣が握られた。
炎が空気を焼く、爆ぜる音と共に真紅の剣が振るわれる。
「来たれ『選びし者の剣』!」
戦槌は再び消え、それに代わって白金の十字剣が形を成した。
切るものを選ぶその刃は、水や空気すらも切り得る。
無論、炎も。
通常であれば、実体無き炎など受け止めることなど出来るはずもない。
だが眼前で炎剣は受け、あまつさえ切り裂かれた。
吹き散らされる紅に拘泥せず、朱金機はそのまま左の拳を振るう。
シンは体を回転させつつその左腕を躱し、そのまま左側へと回り込んだ。
回転の遠心力を活かし、そのまま胴を横薙ぎにしようとする。
そうはさせじと、朱金機は彼目がけて熱風を放った。
反撃と推力を兼ねた熱波の一撃を、だがシンの握る『選びし者の剣』が切り裂く。
それでも距離を取ろうとする朱金機、それを留めたのはジェインの力の弓だ。
先読む形で放たれた光の矢は、それの進行路を見事に塞ぐ。
後退は不可能と判じたか、それは彼へと向き直った。
大上段に剣を構えたシンが、その眼前へと迫る。
咄嗟に両腕を交差させ、防御の構えを取る朱金機。
だがその刃は、両腕を切ることを選ばない。
それをすり抜け、刃は頭部へと突き刺ささる。
停滞なく、振り下ろされる白銀の剣は、朱金機の股下まで真っ二つに切り裂いた。