第百三話 見知らぬ頼りの声が届いて
今の今まで滞在していた邸宅が、光と共に消えていく。
最早見慣れてしまった、不思議なはずの光景。
それを尻目に、一同はブラックウィドウへと乗り込んでいく。
リアナとレティシアは、既に出立していた。
無事の帰還を祈るばかりだ。
「報酬のためにもな」
「……」
ヘルムートの軽口に、エウロパから胡乱な視線を向けるが、それを気にした風もない。
溜め息をつき、彼女は首の後ろをさする。
「どうした、エウロパ?」
「何だかかさぶたが痒くって……それだけです」
そうか、とカリストは首を傾げるが、それ以上は聞かなかった。
「森を抜けるのに、どれくらいかかるの?」
「そうですねっ! この速度でしたら、休憩無しで丸1日位でしょうかっ! 夜営するなら、明日の昼には抜けられるかとっ!」
「本当に深い森なんだな……」
驚嘆混じりに言って、マコトは窓の外を見る。
当たり前だが代わりばえのない鬱蒼とした木々が、高速で後ろに流れていった。
***
「で、何の話をしていたんだ?」
発車してから暫く経ち、微かな走行音が響く車内、マコトの隣へずいと寄るのはカリストだった。
過保護な彼女の振る舞いに、頼もしさと呆れを感じつつ、彼は苦笑いする。
「マリーの古巣に対する疑念について、すり合わせをしてました。もとより皆と共有するつもりではあったんですが……」
ちらりとマコトは、マリエンネへと視線を向けた。
彼女は気にした様子もなく、ただ肩を竦めるのみ。
それに彼は頷き返し、カリストだけではなく他の皆にも向けて、口を開いた。
マリエンネの目的としていた全人類のドゥルス化、実際はアルジアスという星を維持するための手段であったこと。
彼女らの盟主たる『赤き戦慄』は、恐らくは外の世界より呼び出されたものであること。
そしてそこに、悪意ある意図が関与しているであろうこと。
その黒幕を、『星』と推察していること。理由として、その名と共に高度すぎる技術が散見されるため。
「『黒幕』の目的はこの世界の過熟、爛熟による落下、だと思う。意図はわからないけれど……それともう一つ」
そこまで言って、マコトは一度言葉を切り、今一度彼女へと視線を向けた。
当のマリエンネは、その意図を図りかねるのか、首を傾げるばかりだ。
「『七曜』が未だ、全人類のドゥルス化を邁進する理由だ」
「……あー、あたしには悪いけどって?」
「そう」
「どういうことでしょう」
首筋をさすりながら、エウロパは控えめに口を挟む。
「無為なるマナの誘引者による星の成熟の加速、それを何とか止めたいのが『七曜』の目的のはずなんだ。でも全人類のドゥルス化が、それに貢献するとは、僕には思えない」
マコトの推論に、一同は黙り込む。
それぞれに黙考する中、イオがぱっと顔を上げた。
「……あっ! 一時的な無為なるマナの減少には貢献できないかな? ファン族、エルゥ族、ダーナ族に比べて、ドゥルス族の必要とするマナは多いよ。肉体をそれに『転生』する過程でマナを大量に消費することになるから……」
「世界に循環するマナが減少する……でも、流石にその場しのぎに過ぎるんじゃ。物体が生み出すマナは、存在の維持に消費する分より多い。マナ生成能力に優れたドゥルス族ならばなおのことです」
彼女の意見に、エウロパがそう指摘する。
一時的に緩衝したマナなど、大した暇なく還元されることになるはずだ。
「うーん、そっかぁ。でも……」
『その場しのぎでいいとしたらー?』
突如として頭の中に響く、覚えのない声……念話。
ギニースを除く一同が全員、視線を交錯させた。
空いた窓際の席を埋めるように『ジェイン』が現れ、外を警戒する。
『やほー、おはよー、あーしが来たよー』
「……誰だ?」
いかにも能天気な調子の念話に、返事のつもりもなくマコトが呟く。
『んふふー、誰だと思うー?』
念話ではない彼の言葉に、それは反応した。
マコトは咄嗟に、『ジェイン』達に視線を送る。
窓の外を警戒していた『彼』等は、それを受けるも返ってくるのは否定の仕草。
『あ、近くにあーしは居ないよー。コラキスの森の、西の出口にいるから悪しからずー』
「よく小生らの居場所を、特定できましたねっ!」
『んふふー、すごいでしょー?』
ジェインの誘導尋問には引っかからず、その声の主はただ自慢げだった。
「で、結局どちら様? 今こちらで話題沸騰中なのは、『星』のレラリンさんなんだけど?」
『あー、残念ー、違うねー』
試すように言うイオの言葉に、気安い響きの念話が応える。
『あーしはカーリン。『月』のカーリン・シュバルツシルトだよー、よろしくねー。ていうかマリりん、聞こえてるでしょー』
「……聞こえてるけど。誰だと思うー、にあたしがド正解しても興醒めでしょうよ」
『あー、確かにー。その気遣い、いいねー』
敵意も悪意もつかみどころもない、親指でも立てていそうな彼女……カーリンの言葉に一同は顔を見合わせた。
「我が妹が人違いを失礼した、カーリン殿」
『いいってことよー』
カリストの謝罪を、彼女は寛容に受け入れる。
当のイオは、理不尽な名指しに不服げではあったが。
「それで、カーリンさんに置かれましては、私達の疑問に答えて下さると?」
『うん、そだよー』
「ありがたいお話ですが……?」
『うん、懸念は、あるよねー? あーしも色々任された身だからさー、このことは顔を合わせて―、お互い目を見てお話しよーよー』
エウロパの探るような言動に、カーリンは尤もらしい事を言う。
「……話し合いなら、望むところだけど」
『あーたらも、あーしとお話したいってこと? いいねー。じゃあ、待ってるからねー』
マコトの言葉をどう取ったのか、彼女は嬉しそうにそう言い、そして念話が途絶えた。
「……」
嵐のようであり、けむに巻かれたようでもあり……
沈黙するほか、なかった。