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予想外と言うよりは緊急事態

 この日は、母の職場である自動車学校へついて行く事になった。


 と言うのも、学校の課題で、両親の職場見学をした感想を作文に書かなくちゃいけなくなったのだ。


 「椎名〜準備できた?」


 階段の下から、母親が声を掛けて来た。


 「もう終わる〜!」


 慌てて車に乗り込むと、やけに機嫌の良いあま姉が座席に座っていた。あま姉も丁度、教習所に通っているらしく、今日も教習だからついでに乗せて行って貰う事になったのだ。


 「今日のあま姉、なんかニヤニヤしてて気持ち悪いよ。」

 「そうかな?気のせいだよ。」


 こう言う時、女の勘は当たる。恐らくあま姉は、教習所に好きな人がいる。


 私と同じで教官に恋しちゃった?それとも、同じ教習生?気になるけど、男の私が恋バナがしたいなんてバレたら、恥ずかしくて死にそうだ。

 

 教習所の近辺になると、教習車が沢山走っているのが見えた。


 「うわぁ〜懐か...んんッ...」


 危うく、懐かしいと言いそうになったけど、何とか耐えた。


 「椎名も、姉ちゃんと同じ年になったら乗れるよ。」


 やっと取れた免許は、死んだ事で一からやり直しになってしまったけど、それはそれでなんか楽しそうだ。あわよくば、彼にもう一度教習して欲しいと思っている自分がいる。


 「着いたよ〜道狭いから、車が来たら避けてね。」

 「はぁ〜い。」


 教習所に着くと、私はあま姉と別れて母親について行った。


 母親の仕事は、教習所の教官...ではなく、事務員をている。入校手続きや試験の予約受付、高速教習の予約受付など、様々な事務仕事をこなすベテランらしい。


 1時間の見学が終わり、他の事務員さんにお礼をした後、母親からジュース代を手渡された。


 「これで好きな飲み物買って、大人しくしてて。お母さんはこのまま仕事するから、帰りはお姉ちゃんと帰ってね。」

 「はーい。」


 母親と別れた後、私は学科授業を終えたばかりのあま姉と合流した。


 「椎名〜!お母さんのお仕事どうだった?」

 「難しくて良く分かんないや(笑)」

 「そっか。まだ椎名は小学生だから分かんなくて当たり前だよ。」


 あま姉は、優しく笑いながら頭を撫でてくれた。

 

 その後、あま姉と外のベンチに座って、ジュースを飲んでいると、突然あま姉が肩をトンと叩いて来た。

 

 「あ、椎名。あの人、私の担当の先生なんだ。」

 「ふーん...そうなんだ...」


 あまり興味はなかったけど、何となくであま姉の担当教官を見た時、自分の目を疑った。


 東京の教習所で働いていたはずの彼が、何故か福岡県の端っこにある田舎の教習所にいたのだ。


 「椎名?固まってるけど、どうかした?」

 「ううん、何でもない。」


 何でもない事はない。むしろ、緊急事態だ。


 彼に会う為に、お小遣いを貯めていたけど、まさかこんなにも早く再開できるとは思わなかった。


 どんな顔をして会えば良いんだろう...って、何で私、彼と会う前提で考えてるの?


 「椎名?顔真っ赤だけど、風邪でもひいた?」


 あま姉に顔を覗き込まれ、咄嗟に隠した。


 「なっ何でもない...コーンスープ飲んだら体があったまっただけ。」

 「そっか。お姉ちゃん、あと少しで教習だから、預かり所で大人しく待っててね。」

 「はーい。」


 あま姉と分かれた後、私は預かり所の窓から、仕事をする彼の姿を見つめていた。


 サラサラな黒髪としっかりした二重と眠そうな目は、30を過ぎても尚、健在していたけど、大人びていた彼が、歳を重ねて更に大人になっている姿も、堪らなく素敵だった。


 「やばい...涎が出そう...」

 「ん?椎名くん、なんか言った?」


 預かり所に偶々一緒にいた子に、危うく独り言を聞かれる所だった。周りにこの事がバレれば、頭がヤバい奴だと思われて精神科に連れて行かれるかも知れないので、他人の前では大人しくしておこう。


 教習は残り20分。彼が教習車から出てくるのにはまだ時間がある。


 「ちょっとトイレに行ってくる。」

 「場所は分かる?」

 「うん。」


 子供はトイレが近いから、余裕があるうちに行く事が大切だ。取り敢えず、早くトイレを済ませて、ゆっくり仕事中の彼を拝もう。


 しかし、予想もしていなかったトイレ待ちの行列に、大切な時間を削ってしまった。結局、トイレから解放された時は、もう教習が終わる頃だった。


 「はぁ〜スッキリしt...ん?」


 トイレから出た時、懐かしい香りを纏う人物とすれ違った。


 間違いない、これは彼の香りだ。


 「治樹(はるき)!」


 彼の名前は、明智治樹(あけちはるき)。 


 咄嗟に名前を呼ぶと、彼はピタリと立ち止まり、こちらの方へ振り向いた。


 一瞬気付いてくれたかと期待したけど、帰って来た彼の言葉に愕然とした。


 「君、此処は車が通って危ないから、一緒に安全な所に行こっか。お母さんかお父さんは?」


 仕方ない。前世の私が彼に使っていた呼び方だったけど、流石に子供の姿では、気付いて貰うには無理があったらしい。


 「行かない...」


 仕方ない事だとは分かっていても、腑に落ちない所くらいはある。


 「行ってくれないと困るな〜此処に居ても良いけど、車止めれる?」


 無理だと分かっていてその質問をするのは、半分脅しているようなものだ。


 「とっ止められる...」


 此処まで来たら、気づいてくれなかった事に対しての悔しさよりも、意地の方が勝ってしまう。


 「いや、無理やろ(笑)俺この後も教習があってあまり構ってあげられんけ、無理矢理になるけどごめんね。」


 彼はそう言うと、私の手を握った。


 「えっ?」


 不覚にもドキッとした。何故なら、彼の握る手は、あの時のまま優しかったからだ。


 「手ちっちゃ(笑)潰さんように気を付けんと。」


 彼は、そんな冗談を言いながら、預かり所まで連れて行ってくれた。


 「名前は何て言うの?」

 「えっと...」


 此処で前世の名前を言えば、彼は私だと気付いてくれるだろうか?いや、この姿じゃ無理だと思う...だって、私は男の子だから。


 「...白雪椎名。」

 「へぇ〜珍しい名前やね。そう言えば、何で俺の名前知っとると?」 


 あーそう言えば、あの時呼んでしまったんだっけ...何て言おうか。貴方の元カノだから?それとも、前世の記憶があるから?いや、彼は現実主義だから信じて貰える訳がない。それは、彼女だった私が1番知っている事だ。


 「お姉ちゃんの先生だから...」 

 「えっ?お姉ちゃんの名前は?」  


 驚いた様子も、相変わらず可愛い。


 「白雪周。」

 「えっ?本当やん。君達姉弟なんやね。」

 「あっあの...」


 実は私には、彼に会って一つ確かめたい事があった。


 「どうした?」

 「お兄さんは、その...かっ彼女は居ますか?」


 緊張する。居ても居なくても、今の私では、彼と付き合う事は出来ない。ただ、知りたかった。彼の心に、私がまだ居るのかを。


 すると彼は、優しくはにかんで言った。


 「姉弟揃って、同じ質問するんやね。」


 嫌な事を聞いた...これは女の勘だけど、恐らく、あま姉の好きな人は彼なのだろう。血のつながった姉が、前世の私の彼氏に気があるなんて、複雑な気持ちになる。


 「でも、それは大人の秘密やね(笑)」


 ()()...彼のその言葉に、沢山の記憶が蘇る。


 前世の私も、今と似たような質問を彼にした事がある。


 「じゃあ...大人になったら、教えてくれますか?」

 

 この質問に、彼は慣れた様子で答えた。


 「良いけど、大人になったら、きっとそんな約束した事も忘れとるよ。」

 「つれないな〜私は先生の事大好きなのに...」

 「えっ...?」


 思わず、前世の私が彼によく使っていた言葉を言ってしまい、彼は固まった。


 「どっどうしたんですか?(汗)」

 「いや、ちょっと懐かしく感じて...」


 焦ったけど、私の言葉を懐かしく感じてくれていたのは嬉しかった。


 「椎名〜」


 思い出に耽る彼を見つめていると、あま姉から呼ばれた。


 「あっ、お姉さん来たみたいやね。」

 「先生!お疲れ様〜」

 「お疲れ様じゃないよ...俺この後も教習あるんよ。」


 彼は、面倒そうに言った。


 「そうだった(笑)弟の相手ありがとね。」

 「いや、久しぶりに楽しかったから良いよ。」


 前世でも彼は、私といるのは疲れるけど楽しいと言ってくれた。


 「もしかして先生、子供好き?」

 「好きよ。貴方みたいに面倒な質問とかしないから。」

 「酷いな〜私は先生を楽しませようとしてるだけなのに。」


 前世の私に対する好きと子供に対する好きは、全く違うんだろうな。


 「椎名、お母さんまだ此処で仕事するみたいやけ、お姉ちゃんと一緒に帰ろうか。」


 あま姉がそう言うと、彼は驚いた様子で質問した。


 「えっ?お母さん此処の人?」

 「あっ、知らなかった?私のお母さん、此処の事務員してる。」


 彼の表情を見るに、本気で知らなかった様子だ。


 「あーそう言えば、受付に白雪さんって人いた気がする。何も言われんけ気付かんやった。」


 次の教習までの時間は15分。時間に追われているのに、こうやって教習生と親身に話してくれる所は、何年経っても変わらない。


 ずる賢くて天然たらしだけど、こう言う優しいところも含めて、私は好きになった。


 「ごめん、もう休み時間終わるけ戻るね。」


 彼は、腕時計で時間を確認した。

 

 「じゃあ、私達もそろそろ帰ろっか。」


 あま姉が手を繋いで来た。


 「先生...また会いに来ても良い?」  


 咄嗟にそう言うと、彼は優しい笑みで頭を撫でてくれた。


 「いつでもおいで、待ってるから。お姉さんの方も、いい加減学科終わらせてね。」


 姑のように小言を言いながらも、彼が時々使う甘い言葉やたらし込む言葉は、私の心を懐かしく感じさせる。


 「先生、またね。」

 「次は、俺の時間がゆっくりある時においで。」


 別れ際、先生は手を振ってくれた。前世の私の時は、教習が終わるや否や、見向きもせず、すぐに何処かへ行ってしまったのに、子供には最後まで手振るんだ...。


 「椎名も先生の事気に入った?」


 帰り際、あま姉が質問した。


 「うん。」


 正確には、気に入ったのではなく、生まれる前から好きなのだ。


 「イタズラせんでお利口に待ってたみたいやし、ご褒美にアイス買って帰ろっか。」


 「本当!?やった〜!」


 夕暮れ時の茜空は、私の彼に対する恋しさと虚しさをそのまま映し出しているようだった。


 また彼に会う日まで、もっとカッコよくて強い小学生になってやる!そう心に決めた。

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