小学生も辛いよ。
女神の暇つぶしに付き合わされる事になった私は、前世の記憶を持ったまま赤ん坊からやり直した。
赤ちゃんの原始反射は避けられなかったけど、前世の記憶がある私は、他の子達よりも物覚えが早かったせいで、周りの大人達を驚かせてしまった。
「この子は天才だ!」とか「有名学者の生まれ変わりだ」とか言ってる大人がいたけど、中身は平凡な成人女性だ。
女神の言う通り、記憶のお陰で困る事は殆どなかったけど、知能で体の小ささはどうする事もできないので、結局は苦労した。
その後も、何度か改善策を練って見たけど、子供の体の不便さは解決されなかったので、こうなったら、前世で経験できなかった楽しい子供時代を送ろってやろうじゃないか!と言う考えに至った。
そんな感じで、赤ちゃんの内にしかできないイタズラや遊びを楽しみながら、私はすくすくと成長していった。
そして、月日は流れて行き、気付けば私は小学一年生になっていた。
「椎名〜!朝ごはん出来たよ〜!」
階段下から母親が名前を呼ぶ。騒がしい朝は、生まれ変わっても変わらないようだ。
しかし、7歳児が此処で素直に起きれば、怪しまれるかも知れないので、二度寝をかます。
「椎名!早く起きなさい!」
「うわっ!」
中々起きて来ない私に怒った母親が、布団をひっくり返した。
「もう小学生になったんやけ、ちゃんと一回で起きれるようにならんとダメよ。」
「はーい...」
因みに、中身は21歳なので、一人で起きるどころか、実際は働いていないとおかしい。
「全く...いつまでもお母さんに甘えられると思ったら大間違いなんやけんね。」
それにしても、母親とは全国共通でこんな感じなんだろうか?前世では、母親を早くに亡くしていたから、母親に対しての接し方が未だ分からずにいる。
その後も、ガミガミと怒る母親を横目に、私は朝の支度をして家を出た。
「はぁ〜眠たい...」
朝の登校は、いくつになっても憂鬱だ。初めは歳のせいかと思ったけど、体質の問題なのだろう。
「椎名〜!」
1人でにため息を吐いていると、声を掛けられたと同時に、背後に衝撃を感じた。
「ゔッ!」
思わず、鈍い声が出る。
「椎名!おはよ!」
ゆっくり振り返ると、無組夢子と言う女の子が、こちらを見つめていた。
「はぁ〜またか。」
先程の背中の衝撃は、この女子児童が原因だ。
「背中にアタックするのはやめてくれって、いつも言ってるだろ。」
無組夢子は、事あるごとに自分にちょっかいを掛けて来る。アタックを除けば、とても良い子なんだけど...。
「今日は元気がないみたいやけど、何かあったと?」
「月曜日だからでしょ。」
夢子が自分の体調を心配してくれていると、横から声が聞こえた。
「うわっ!もう...脅かさないでよ〜」
突然現れたのは、友達の柚月流陽だ。
「椎名が勝手にビビっただけでしょ(笑)」
流陽は、小学生の割に落ち着き過ぎていて存在感がない。幼稚園の頃からの仲だけど、いまだに慣れない。
学校に着くと、下駄箱で靴と上履きを入れ替える。懐かしい教室のドアを開け、机にいる物だけを置いて、ロッカーにランドセルを戻す。今は流れ作業みたいになってしまったけど、初めの方は全ての作業が懐かしくて、感動していた。
「げっ...今日って算数あるやん...」
「夢子って算数苦手だったの?」
「苦手って言うより、眠たくなるじゃん。」
算数...中学からは数学になっちゃうから、その響きさえ懐かしい。
まぁ、大人の記憶がある私からすれば、小学校の授業なんて復習のようなものだ。
1年生の授業は聞かなくても楽勝だから、輪廻転生について考えていた。
死んだ時は、天国みたいな場所でゆっくりするつもりでいたのに、まさか、あんなすぐ生まれ変わるとは思ってなかった...いや、正確に言えば、生まれ変わらされたの方が正しいかも知らない。
そう言えば、こんな感じの生まれ変わりを、ラノベでは転生って言うんだっけ?『死んだら子供になりました』小説みたいで、何だか面白そうだけど、実際は、子供は小さいから何かと不便で仕方ない。
まぁ、子供に生まれ変わった事だけが問題なんじゃないけど...私が困ってるのは、他にも理由が沢山ある。
そんな事を考えていると、自分の世界にのめり込み過ぎて、先生に気付かれてしまった。
「白雪君?ちゃんと授業は聞こうね。」
「あっはい...すみません。」
君...。
子供に生まれ変わった事以外に困っている事...それは、前世は女だった私が、男の子に生まれ変わった事だ。
そして、それによって困る事がもう一つ発生している...
「椎名は将来、私と結婚するんだよね。」
「やだぁ〜!椎名君は私と結婚するの〜!」
女の子達から異常にモテる事だ。
休み時間になると、定期的にこうして、女子児童達に囲まれている。
どうやら、生まれ変わった自分の容姿は、イケメンの分類に含まれるらしく、性格も大人っぽくてかっこいいんだとか。
まぁ、中身が本物の大人なので、大人っぽい性格なのは当たり前なんだけど。
「みっ皆んな落ち着いて。結婚なんて、まだ早いから...」
「早くないよ!時間なんて、あっという間に過ぎちゃうんだから!」
こう言う時だけ大人になるのは何故なんだ...(泣)
「椎名は誰と結婚したいの?!」
やめて〜!矛先を私に向けないでくれ... 不快感はないけど、精神的に疲れるので、とりあえずゆっくりする時間と結婚させて下さい。
「えっえっと...その気持ちは嬉しいけど、大人になったら、きっと僕が好きだった事も忘れるよ。」
我ながら、大人の回答ができたと思う。
「じゃあ、忘れなかったら結婚してくれるの?」
何だと...?!話が違うッ!
「えっと...それは〜」
この場合は何と返せば...
私の脳内会議
私A:「大人なら、否定的な言葉は使わないはずです。まずは肯定しましょう。」
私B:「いやいや!大人だからこそ、そう言うのは正直に言わないと!」
私C:「でっでも、本当の事を言って、痛い目に遭わないと良いのですが...」
私D:「私Cの言う通りだ!良いかい?馬鹿正直という言葉があるように、正直すぎるのは馬鹿だと言う証拠だ!よって、嘘も方便!ホラ吹いて、適当に遇らおうじゃないか!」
私A:「では、初めに肯定して、あとは適当に遇らう。で宜しいでしょうか?」
全私:「御意!」
脳内会議の結果、私は適当に遇らう事にした。
「いっ良いけど、絶対忘れるよ。僕も忘れてるかも知れないし。」
やれやれ、何て罪な小学生だ...親が聞いたら泣くだろうな。
女神は、前世の未練を解消する事が、来世で課す課題とは言ってたけど...心当たりがあるとすれば、貯金と彼氏の事だろうか。
前世の私は働き者で、毎日二つの仕事を掛け持ちしていた程だ。そのお陰で、貯金はあり得ないほど貯まり、目標まで後一歩という所だった。
そしてもう一つ。私には、彼氏がいた。
彼氏は、私が通っていた自動車学校の教官で、私の一目惚れだった。何度もアプローチしては振られてを繰り返し、やっと付き合えた大切な人なんだけど...正直、人気No.1だったから、もう他に彼女がいるかも知れない。いや、結婚しててもおかしくないくらいだ。
久しぶりに彼に会いたかったけど、彼は東京にいる。残念ながら、私の住む福岡からはだいぶ離れていた。
飛行機を使いたかったけど、7歳の私にそんなお金は無い。
「はぁ〜せめて、前世で貯めてた貯金が下ろせたら...いや、あのクソ親父に使われてるんだろうな...こうなるって分かってたなら、遺言書ぐらい用意してたのに...」
せっかく貯めたお金は、たった一度の死で全てを無駄にした。
「あ〜!こうなったら、お小遣いでも何でも貯めて、会いに行ってやる!」
幸い、私の特技は貯金だ。前世では、貯蓄の豪さんと呼ばれていたぐらいだ。
「そうと決まれば、早速お手伝いだ!」
その日から、私の小遣い稼ぎが始まった。
「お母さん!お手伝いするからお小遣いちょうだい!」
「そうね〜じゃあ、お使いお願いしても良い?」
「はーい!」
言い方は生々しいが、仕事と家業を両立している母にとっては、とても助かっているようで、文句は言われなかった。
「えっと〜人参、じゃが芋、玉ねぎ、牛肉...家にカレーのルーがあったから、晩ご飯はカレーで決まりだな。」
私の母は、いつも商店街で買い物をしている。
母以外にも、毎日買い物に訪れるお客さんで賑わっている。そのお陰で繁盛しているのか、品揃えも食材の質も最高だ。
「おやじさん!」
八百屋に着くと、店主のおじさんが売り込みをしていた。
「あれ?坊主じゃないか!今日は1人でお使いか?」
「うん。」
八百屋のおじさんは強面だけど、子供好きの優しい人だ。
「偉いな〜!よし!じゃが芋もう一つ付けといてやる!」
「うわ〜!ありがとう!」
これだから、子供はやめられない。
買い物を済ませて家に帰ると、姉の白雪周が学校から帰っていた。
「おっ!椎名おかえり〜!」
「あま姉もおかえり。」
私は、姉の事をあま姉と呼んでいる。
「何々?最近、小銭稼ぎしてるらしいじゃん。何か欲しい物でもあるの?」
「何も物ないよ。」
私がそう言うと、あま姉は首を傾げた。
「でも、お金貰ってすぐ使うのが小学生でしょ?」
「それは、あま姉が小学生の頃の話でしょ。」
私が欲しいのは、物なんかじゃなくて、彼との再会だ。
「そっか〜じゃあ、お姉ちゃんからもお小遣いあげちゃう!」
あま姉はそう言って、財布から五千円札を取り出した。
「そんなにいらないよ。あま姉が稼いだお金でしょ?」
「別に無駄遣いする訳じゃないし、貯金するなら持っときな。」
あま姉は重度のブラコンだ。物が欲しい場合は、あま姉が買ってくれるから、その分のお金はいらないのだ。
「あま姉...ありがとう!大切に貯めるね。」
いつか、お金が貯まったら、東京にいる彼の所まで会いに行こう。
こうして、小学生になった私は、新しくできた目標の為の貯蓄生活が始まったのだった。