51 ドア
モードは小道を戻っていくミリアムの姿を見ていた。
「確かに見えにくいわね」
愛の神殿の周囲にはビオラの花が植えられており、その部分は開けている。
しかし、愛の神殿とビオラの花壇を取り囲むように背の高い三角錐の形に刈り込まれた背の高いトピアリーがある。
それが壁のような役割を果たしており、小道を戻るミリアムの姿が見えにくかった。
「目隠しの効果が高そうだわ」
モードがそう呟いた時だった。
モードの後ろに位置するドアをノックする音が聞こえた。
「えっ?」
モードは驚くしかない。
ミリアムは小道の方を走っていった。
途中から見えにくくなったが、小道の方にいたのは確か。
そうなると、別の人物がドアをノックしているということになる。
「誰なの?」
咄嗟にモードは尋ねた。
すると、
「僕だよ」
リチャードの声が聞こえた。
「リチャード様!」
モードは突然のことに驚いた。
だが、すぐにわかった。
ミリアムが落とし物を探したいと言ってサウザンド公爵家の庭園に行く許可を取ったのも、愛の神殿まで自分を連れて来たのもこのためだったのだと。
「ミリアムが呼んだのね?」
「違う。僕が頼んだ。どうしてもモードに会いたかった」
リチャードはドアの向こう側から語りかけた。
「直接伝えたかった。モードは悪くない。僕がもっとしっかりすべきだったんだ」
「違うわ。私のせいよ!」
モードは言葉を返した。
「クッキーを落として泣いてしまうなんて……子どもみたいだわ。淑女失格よ。それどころか、チェスタット伯爵家とダートランダー公爵家の関係を悪くしてしまうなんて最悪だわ! リチャード様には心から謝罪しなければいけないって思っていたの」
「僕もモードに心から謝罪しないといけない。何もできなかった」
「いいえ。リチャード様の責任ではないわ。何かをできるような状況ではなかったもの」
「それは違う。僕はもっと早く伝えるべきだったんだ。でも、勇気が出なかった」
リチャードはドアの先にいるモードに伝えたかった。
「モードが好きだ。子どもの時からずっと。別々の学校になってしまってつらかった。でも、一人前の紳士になって、交際を申し込もうと思っていた」
モードは目を見開いた。
「でも、モードは人気がある。結婚相手は選び放題だ。次男で条件が悪い僕ではダメだと言われそうな気がした。だから、両親からそれとなくチェスタット伯爵に聞いてもらうことにした」
チェスタット伯爵はレイモンドとモードの縁談を望んでいた。
ダートランダー公爵家としてはやんわり断ったが、諦めてはいない。ダートランダー公爵家と縁続きになりたがっている。
それなら、リチャードとの縁談でも縁をつなげることができるため、悪くないと思うのではないかと予想した。
ところが、チェスタット伯爵は次男ということで良い顔をしなかった。
貴族の世界において、娘を嫁がせるなら爵位つきの長男というのが常識。
条件が悪い次男との縁談を歓迎できないのは当然のことだけに、無理そうだということになった。
しかし、モードの口から直接嫌だと言われたわけではない。
レイモンドの縁談にどうかと言われている相手の女性たちに紛れ込ませて招待し、モードがどう思っているのかを探ろうと思った。
そして、可能性がありそうなら、告白しようと思っていたことをリチャードは話した。
「モードは僕が花籠を渡そうとしたのに、受け取ってくれなかった」
「侍女がいないもの。受け取ったあとで困ってしまうわ! 友人のミリアムを侍女扱いするなんてできないし、ずっと持っているわけにもいかないでしょう? リチャード様がいるのに飾りに行くのもマナー違反だわ!」
「庭園に行くのも嬉しくなさそうだった」
「謎解きがあるし、ずっと屋敷で過ごすと思っていたのよ。だから、ヒールがそこそこある靴ばかりで、外を歩くのがつらかったの」
「そうだったのか」
リチャードは驚きながらも、謎が解けたと感じた。
「舞踏会の時も、僕とはあまり話してくれなかったから……」
「貴族の男性と女性が何人もいでしょう? しかも、女性のほうはレイモンド様やリチャード様と親しくなりたいと思っている者ばかりのはずよ。私がレイモンド様やリチャードと親しくしようとすれば、嫉妬されるわ。他の男性からも声をかけられていたら、いい気がしないわよね? 失言すれば揚げ足を取られるし、社交界で悪く言われないようにしないとって思ったのよ」
「じゃあ……僕のことをどう思っているのかな? 好き? それとも嫌いかな? 正直に教えてほしい」
モードはうつむいた。
「好きよ。でも、お父様はレイモンド様との縁談を望んでいるの。昔からずっと爵位付きの男性と結婚するように言われて来たわ。リチャード様は次男だから爵位がないし、絶対に反対されるのはわかっていたから……だから、告白されたら嬉しいけれど、でも、そのあとで困ってしまうから……」
「モード!」
リチャードは懇願するようにドアにすがった。
「愛している! 絶対に幸せにする! だから、僕と結婚を前提に付き合ってほしい! チェスタット伯爵を必ず説得する。何年かけてでも、認めてもらえるように頑張るから!」
「リチャード様……」
「僕の気持ちを受け入れてくれるなら、このドアを開けてほしい。このドアは内側に開く。モードの心が開かないと、このドアも開かない。僕が強引に開けるわけにはいかないよ」
モードはためらうことなくドアを開けた。
そこにはリチャードがいた。
「強引に開ける必要なんてないわ。リチャード様だけはね。私の心の中にずっといる素敵な男性だもの」
「モードに贈り物がある」
リチャードはポケットから指輪を取り出した。
「ハートのクッキーを贈ったけれど、あれはとても壊れやすい。だから、ハートの指輪を用意した。僕の気持ちと一緒に贈りたい」
リチャードは片膝をつくと、指輪を差し出した。
「僕と結婚を前提に交際してほしい。受け取ってもらえるかな?」
「受け取るわ。リチャード様と結婚したいの。そのためなら家を出るわ!」
「そこまで言ってくれるなんて思っていなかった。ありがとう。必ず迎えに行くよ!」
リチャードは立ち上がると、モードの手を取って指輪をはめた。
「嬉しいよ。幸せ過ぎて……夢のようだ」
「私もよ。夢のようだわ」
リチャードとモードは抱きしめ合った。
ここは愛の神殿。
愛する者と待ち合わせをする場所としても、愛を告白する場所としてもふさわしかった。




