38 負け組
サウザンド公爵家の園遊会の日になった。
ミリアムとモードはダートランダー公爵家で着替えや支度をすることになっていた。
「とても素敵よ! どこから見ても貴族の令嬢だわ!」
モードはミリアムの仕上がりに満足した。
「自分ではない気がします」
鏡に映るのは良家の令嬢らしい姿。
古本屋の娘には絶対に見えないとミリアムは思った。
「モードも素敵です。とても似合っていると思います」
ダートランダー伯爵夫人とミリアムの買い物に付き合うことになったモードは、お洒落が大好きだけに流行のドレスを見て心が躍った。
ミリアムのための買い物だと自分に言い聞かせようとしたが、一緒に園遊会に行くなら好きなドレスを買ってあげる、チェスタット伯爵にも自分から話すというダートランダー伯爵夫人の言葉に負けた。
「二人とも本当に素敵だわ! 一緒に買い物に行った甲斐があったわね!」
お洒落と買物が大好きなダートランダー伯爵夫人は、ミリアムやモードのドレス選びを心から楽しんでおり、その成果に満足していた。
「本当に悪いわね。でも、息子たちも喜ぶわ。パートナーがいないと大変になってしまうから」
ダートランダー公爵家の若き貴公子であるレイモントとリチャードは、貴族の令嬢から見ると恋人や結婚相手にしたい相手。
社交場に行くと女性たちに取り囲まれてしまい、友人たちと交流できなくなってしまうことが多い。
特にサウザンド公爵家の園遊会は若者ばかりの催しであるため、恋人や結婚相手を探そうと思う者が非常に多い。
毎年、猛烈なアピールを受けるのが恒例で困っていた。
本人たちとしては参加したくないが、貴族にとって社交は欠かせない。
公爵家同士の付き合いもあるため、サウザンド公爵家からの招待を断りにくいという事情があった。
女性を同伴すれば他の女性を牽制できるのではないかということで、モードやミリアムに白羽の矢が立った。
「それにしても、モードが十七歳だなんて……早いものだわ」
ダートランダー伯爵夫人は目を細めた。
「もうすぐ大人の仲間入りね」
「そうですね」
「恋人はいるの?」
さらりと聞いてくるダートランダー伯爵夫人に、思わずドキッとしたのはモードではなくミリアムの方だった。
「いいえ。両親に勝手な判断はしないようにと言われています」
「そうよね。貴族だもの。お付き合いする人は選ばないとね」
ダートランダー伯爵夫人はにっこりと微笑んだ。
「モードはどんな人と結婚したいの?」
「素敵な人と」
モードもにっこりと微笑んだ。
「ですが、両親の許可がないと交際も結婚もできません」
「まあそうね。自分が良ければとはならないわよね。それが貴族だもの」
「ですので、今はまだ考えたくありません。学生ですので、勉強を優先したいのです」
「勉強も大切よね」
微笑み合う二人。
これが貴族の女性の会話……つまり、社交。
モードのすすめで推理小説を読んだせいか、自白を引き出そうとする刑事とそれをかわそうとする犯人をミリアムは連想した。
ようするに、心理戦です。
ミリアムが二人の様子を観察していると、ドアがノックされた。
「母上、用意の方は?」
「入っていいわ」
ダートランダー伯爵夫人が許可すると、レイモンドとリチャードが部屋に入って来た。
いかにも貴族の兄弟……。
郊外にあるダートランダー公爵家の別邸で見た時よりも、お洒落で立派に見えるとミリアムは思った。
「とても綺麗だ!」
リチャードは感嘆した。
「モードは本当にセンスがいい。自分に何が似合うのかがわかっている。そして、ミリアムに何が似合うのかもわかっている。お洒落の達人だね!」
「貴族にお洒落は必須だもの」
モードはにっこりと微笑んだ。
「私もミリアムも初参加だけど、よろしくね!」
「二人が楽しめるように努めるつもりだよ」
「時間がある。出発する」
レイモンドはいつも通り冷静沈着、それていて公爵家の者らしい威厳ある態度だった。
「レイモンド、少しぐらい笑顔を見せてもいいのではなくて? モードもミリアムもせっかくお洒落をしたのに、褒め言葉を言っていないわ」
「あとで言う」
「礼儀作法を習ったでしょう? 女性と会ったら、まずは褒めるのが大事なのよ?」
「知っている。だが、私に褒められた女性が勘違いするのも知っている。身の安全を優先するためにも、勘違いされたくない。母上は女性たちに押しつぶされて跡継ぎが死んでもいいと思われるのか?」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
ダートランダー伯爵夫人は不毛な会話を続ける気はなかった。
「モードのことは僕がエスコートするよ」
リチャードが申し出た。
「手を」
「ありがとう」
モードが手を出すと、すぐにリチャードがその手を取って自分の腕に乗せた。
「行こうか」
「ええ」
モードとリチャードは優雅な笑みを浮かべながら颯爽と部屋を出ていく。
「レイモンド、まさかと思うけれど、ついて来いとは言わないわよね?」
ダートランダー伯爵夫人が予防線を張った。
「ミリアム、学校の授業でエスコートについて学んでいるか?」
「一応は。ですが、女性に合わせる気がない男性だと、歩く速度が早いので大変になります。注意するようにと教わりました」
ミリアムも予防線を張った。
「わかっているようだ」
レイモンドが手を出す。
「エスコートする。手を」
ミリアムが出した手を取ると、レイモンドは自分の腕に乗せた。
「ミリアムの歩幅でいい。急ぐ時でなければ合わせる」
「わかりました」
ミリアムが歩き出すと、それに合わせてレイモンドも歩き出す。
冷静沈着な表情とすまし顔の二人が部屋を退出すると、ダートランダー伯爵夫人は大きなため息をついた。
「季節感があるわね」
リチャードとモードは春と夏。
レイモンドとミリアムは冬と秋。
見方によっては真逆の雰囲気を漂わせるペアだと、ダートランダー伯爵夫人は感じていた。




