34 見取り図
図書室に入ってすぐの部屋、六角形の吹き抜けのホールにモードとリチャードはいた。
モードはレイモンドが残していった図書室の二階と三階の地図を見ていた。
「お茶を用意させようか?」
真剣な表情で見取り図を眺めるモードにリチャードが声をかけた。
「今はそれどころじゃないでしょう?」
「こういう時こそ、お茶でも飲んで落ち着かないといけないよ」
「リチャード様は本当に優しい方ね。でも……」
友人のミリアムが行方不明。その父親も行方不明。
レイモンドは危険を承知でミリアムを救出に向かった。
そういった状況を考えると、美味しいお茶を飲んでいるわけにはいかないとモードは思った。
「おかしいのよ」
モードは図書室の二階と三階の地図を見ていた。
「何がおかしいのかな?」
「ここの図書室はとても広いわ。図書館と言えるほどにね」
「そうだね」
「王都にあるダートランダー公爵家の屋敷は、一つの屋敷のようで実際は二つの屋敷でしょう?」
「そうだね」
王都にあるダートランダー公爵邸は本邸と別邸がつながっている。
両方でダートランダー公爵邸だが、単純に一つの屋敷を増築していったわけではなく、別に作った屋敷をあとからつないでいる。
だからこそ、全てが本邸ではなく、別邸とつながっているという感覚になる。
「このお屋敷も相当広いわよね?」
「そうだね」
「少しずつ増改築していったというよりも、二つの建物をくっつけたのかもしれないわよね?」
「その可能性はある。でも、わからない。兄上が子どもの頃に買った屋敷だから」
「こういう見取り図は結構見たことがあるの。建物を修繕する時に見るでしょう? お父様やお母様が見ていたから、なんとなく私も見る機会があったのよ」
「そうなのか」
「絶対に壊せない壁は太く書くの。その部分がないと建物が崩れてしまうから、なくしてはいけないのよ。穴をあけたり、一部をへこませたりすることもできないわ。強度が減ってしまうから」
「わかるよ。外壁とかはそういう壁だ。見取り図でも太い線になっている」
「内側にある壁も同じよ。しっかりと支えるための柱や壁が必要になるわ。そういう部分は見取り図を見ると太い線になるわけ」
「ここもそうだね」
リチャードは自分たちがいる六角形のホールを示した。
「二階と三階は吹き抜けだ。バルコニーがあって、本棚もある。重量があるのに中央に柱がないから、周囲の壁を厚くしたんだよ」
「こっちの壁を見て。かなり厚いわ」
「そうだね」
「あまりにも厚くない?」
「図書室だからたくさんの本がある。部屋が重くなるよね? だから、壁を厚くしてしっかり作ったんだと思う」
「こっちを見て」
モードは図書室の右側の部屋を見た。
「一階は小さな書庫がたくさんあるけれど、二階は広い書庫になっているようね。ソファやテーブルを置いて読書スペースにできそうだわ」
「実際に読書スペースだよ。ソファやテーブルがある」
「同じような部屋がつながるように続いているわ。パーティースペースにもなりそうね?」
「そうだね。図書室パーティーができるね」
「三階は吹き抜けの部分みたいね」
「そうだよ。書庫の上にある二階は吹き抜けで天井が高い」
「そのせいか、部屋と部屋の間にある壁がとても厚いわ」
「広い空間を支える柱は太くないとだし、壁も厚くした方がいい」
「でも、手前が凹んでいて、細い線があるわね?」
「ここは埋め込み式の本棚になっている」
リチャードは説明した。
「見に行けばわかるけれど、壁沿いにすごく高い本棚があって、古い本がずらりと並んでいる。いかにも本を自慢したい図書室って感じがするよ」
「暖炉もあるようね?」
「そうだね。真ん中の柱というか壁のところだ。ここは凹んでいるけれど、本棚ではなくて暖炉がある」
「こっちもそうね?」
「そうだよ」
「図書室だけの見取り図としてはバランスがいいわ。だけど、どうして窓側とは逆にある方の壁も厚いの? 外壁ではないわ。内側なのよ? ここには描かれていないけれど、別の部屋とか廊下とかがあるはずよね?」
「そうだね」
リチャードも屋敷の内側にある壁が外壁のように太く描かれていることに気づいた。
「ここの壁沿いにも高い本棚がある。重量があるだろうし、建物や天井を支えるために厚い壁にしたんだと思う」
「わかるわ。普通に考えるとそうよね。だけど、ここの壁は埋め込み式の本棚になっていないわ」
「そうだね」
「つまり、屋敷側にある本棚は埋め込み式じゃなくて、分厚い壁の前に作った本棚ということよね?」
「そういうことになるね」
「どうして埋め込み式の本棚にしないの?」
埋め込み式の本棚にできない理由がある。
リチャードはぼんやりとわかったような気がした。
「私なりに考えたの。一つ目の可能性は、単純に書く時に外壁に合わせるようにして書いただけ」
片側だけ外壁用の太い線で片方だけ細い線にすると見た目のバランスが悪い。
図書室だけの見取り図ということで、本物の壁の厚さに関係なく、一番外側の壁の部分と揃えるように太く書いた。
「二つ目の可能性は、図書室は別の建物で、元々はここが外壁だったから」
増改築で屋敷とつなげたため、外壁が内壁になった。
だからといって、建物の構造を維持するためには削れない。そのせいで壁は厚いまま、太い線のまま残っている。
「三つ目の可能性は、ここに隠し通路があるから」
モードはリチャードを見つめた。
「どうかしら?」
「三つ目かな」
リチャードは答えた。
「ミリアムは右側の部屋から順番に見ていた。そして、あくまでも二階だけど、こっちに進んでいる」
リチャードは見取り図を指でなぞった。
「モードとミリアムが仕掛け本棚を見つけたのはこの辺だ。実際は一階だけどね」
「そうね」
「上階を支えるために、書庫を細かく区切って壁を厚めにしておくのはおかしくない。でも、厚い壁なら隠し通路を作ることもできる。壁を凹ませて作った通路を隠すために本棚がある。そして、ドアになる本棚を動かす装置をつけた」
隠しスペースがあるだけでは、ただの収納スペースに思える。
だが、人為的に作動させる装置があった。
壁の後ろ側に行って終わりではない。レイモンドは前に進むことを笛で伝えてきた。
先に同じ場所へ行ったミリアムもいないということは、隠し通路で先に進めるように作っている。
「兄上はこの辺にある壁の中を通って移動していって……図書室の地図の範囲外に向かうかもしれない」
「内側の壁なのに太い線で描かれている方よね」
「そうだ。ということは、この太い線の壁沿いにある部屋のどこかに、隠し通路と通じている場所があるかもしれない」
「探すわ!」
モードは立ち上がった。
「もしかすると、改装か何かで出口だった場所が塞がれてしまっているかもしれないでしょう? そのせいで脱出できないかもしれないわ!」
「脱出口は作っているけれど、人が通れるだけのサイズにできるかどうかはまだわからない。元々ある出口を探してみよう。案外、見つけやすいかもしれない」
「侍女や召使いも呼んで。全部の部屋を私たちだけで探すのは大変だわ。それぞれに指示して、ここの壁沿いにある部屋でおかしいところ、大型の家具、ドア、とにかく怪しいところを探して!」
「わかった!」
モードとリチャードは次の行動に取り掛かった。




