29 レイモンドの推理
「どうして!」
モードは信じられなかった。
「ミリアム! なぜいないのよ!」
「落ち着いて」
リチャードがモードを抑えるように抱きしめた。
「大丈夫だよ。ミリアムがここにいたのはわかっている。でも、何かあったんだ。何かが……」
「消えてしまったわ! ミリアムが!」
モードは混乱し、動揺していた。
「やっぱり! 嫌な予感がしたのよ! ダメだったのに!」
「ごめん。僕が行くべきだった。止めるべきだった」
「ミリアム! ミリアム……」
モードは泣き出してしまった。
リチャードはモードを支えるように抱きしめ、兄のレイモンドに視線を向けた。
「どうする?」
「……同じようにすれば、また同じことが起きる気がする」
「僕もそう思う」
「ここは灯りが少ない。できるだけ明るくする。それからどうなっているのかを調べる。恐らく仕掛け本棚以外にも別の仕掛けがある」
ミリアムが勝手に動くわけがない。
不可抗力な事態が起きたのだとレイモンドは予想した。
「扉を閉めた後、次の仕掛けが作動するようになっているのかもしれない。ミリアムがいた位置が動いてしまうのではないか? そのせいでミリアムはいなくなった」
「かもしれないね」
「動くとすれば、後ろだ」
レイモンドは冷静だった。
前面には仕掛け本棚があるために動けない。
上下左右後ろのどこかにミリアムが移動したと仮定すると、最も可能性が高いのが後ろだと判断した。
「奥行きが少なかった。横になる壁も動くようには見えないほど厚みがあった。となると、本当は奥行きがあった可能性がある」
横にある厚い壁は動きようがない。
だが、ミリアムの後ろについては奥行きが浅いため、奥の部分に余裕が残っているのかもしれない。
そこに人が立てるだけのスペースを作れる可能性があった。
「ランプと水のビンが必要だ」
「わかった。モード、大丈夫だよ。兄上に任せておけば、必ずミリアムを救出できる!」
すぐに小部屋の方にいた侍従が呼ばれ、仕掛け本棚がある場所の部屋を明るくするように複数のランプが置かれた。
レイモンドは仕掛け本棚の後ろにあるスペースの壁を叩いた。
「木材だ。石材ではない」
薄暗い状態だと石か漆喰のように見えるが、そうではなかった。
木の板であれば軽い。何らかの仕掛けで動かすことができる。
「ミリアム! 私の声が聞こえるか? 聞こえるなら返事をしろ! 壁を叩いてもいい!」
レイモンドは壁の奥にミリアムがいるのかどうかを確認しようとした。
だが、返事がない。壁を叩く音もしない。
「いないのかな?」
「レイモンド様の声が聞こえていないのかもしれないわ!」
「水のビンを床に置け。一旦、閉める」
最初は誰も注意を払っていなかったが、足元には切れ目のような線があった。
装置で床が動くようになっている。
そして、床の下に回転盤が取り付けられており、仕掛け本棚を閉めると回転盤が回るのではないかとレイモンドは予想した。
そうであれば、水のビンを置いた床が回転盤によって動くため、水のビンがなくなる。
運がよければ、水のビンの代わりにミリアムがあらわれる可能性もあった。
「試す」
一旦仕掛け本棚を閉めたあと、再度偽物の本の操作が行われた。
レイモンドの予想では床に置いた水のビンがなくなっているはずだったが、水のビンはそのままの状態で消えていない。
ミリアムもいない。
「なぜだ?」
レイモンドは考え直さなくてはならなかった。




